ふわふわ22 念願のお風呂~そして歴史は繰り返す~
街に入ってすぐ、私はまず宿を取ることを強く主張した。
部屋に荷物を置き、次に私が提案したのはもちろん、
「お風呂だー!」
「サーシャちゃん、お風呂で叫んじゃダメだよ」
大浴場の入り口に立ち、全裸で万歳する私に、後ろから来たミオちゃんが眉をひそめる。
しかし、5日振りの――いや、実はエミルの村では色々あって入り損ねてたから6日振りのお風呂なのだ。もう私は嬉しくて仕方ない。
それに、まだ昼前なので、大浴場は貸し切りだ。思いっきり叫んでも迷惑はかからない。
「叫ぶのもだけど、走って転んだりしないでよ、サーシャ?」
さらに遅れて、ジェシカさんも苦笑しながら追いついてきた。レザーメイルを着ているから、私やミオちゃんより脱ぐのに時間がかかるのだ。
私は勢いよく振り返り、サムズアップする。
「大丈夫! 転んでもダメージないから、私!」
「あはは、テンション高いね。そんなに嬉しかった?」
「もち!!」
体も髪もベッタベタで気持ち悪くて仕方なかったのだ。今すぐにでも私は湯船に飛び込みたい。
ただ、私は大和なでしこである。和の作法に乗っ取り、そんなことはできない。というわけで、私は衝動を抑えて洗い場へと移動する。
ん? 大声で叫ぶのはいいのかって? うるさい知らん。
「あっはぁー♪ 気持ちいー♪」
ざぱーん、と後ろでジェシカさんが湯船に体を沈めている。くっ、うらやましい。あんなの気持ちいいに決まってるじゃん。
けど、確実に垢まみれの体をみんなで入る湯に突っ込むことなんて、良識ある日本人としてできない。
同レベルに垢まみれのジェシカさんが躊躇なく入っちゃったから意味ないかもだけど、そういう問題ではないのだ、そういう問題では。
別にジェシカさんを批判する気はない。きっと文化の違いだし。私は私の生まれ育った文化を貫くだけなのだ。
私が自分で持ちこんだ洗浄石を泡立てていると、ミオちゃんが私の隣に腰を下ろした。
「サーシャちゃん、それ、後で借りてもいい?」
ミオちゃん、君も体の垢をしっかり落としてから入浴するつもりなんだね。ようこそ、ワビサビの世界へ。
「いいよ。ちょっと待ってね」
しっかりと泡立ててから、洗浄石をミオちゃんに手渡す。ミオちゃんはありがとうと言ってから、私と同じように手で洗浄石を泡立て始めた。
ちょっとぎこちないのは、前に私が洗ってあげて以来、使ったことがないからだろうね。水浴びのときは、石鹸より泡立ちにくい洗浄石は残念ながら使えなかったのだ。
ミオちゃんが一生懸命手で洗浄石をこすっているのが、なんか微笑ましい。なんて思っていると、視界の端で大きな影がプルンと揺れた。
「お二人は、何をしているのですか?」
前かがみになりながら、不思議そうに私たちのことを覗き込んで来たのは、脱衣に一番手間取っていたフィアナだった。ローブの下に胴当てと服を着こんでいるから、脱ぐのが大変なのだ。
いや、今はそんなことどうでもいい。それより、そのポーズはやばい。ただでさえやばいものが強調されてさらにやばくなってるし、位置が私の視線の高さとぴったりなのだ。
圧倒的な存在感に、息が詰まる。同族としての格の違いをむざむざと見せつけられているというか……いや、フィアナはダークエルフなんだけども。
「か、体、洗ってる」
若干、カタコトっぽくなりながらも、何とか私は答えた。いや、だって威圧感がさ……。
すると、フィアナは不思議そうな顔をしたまま、ついでに言うと豊満なそれを強調したまま、
「その、白い塊はなんですか?」
「洗浄石のこと?」
「洗浄石、というのですか?」
私が聞き返すと、フィアナが重ねて尋ねて来た。ミオちゃんもだったけど、フィアナも洗浄石を知らないのか。
「エルフは原始的な生活してるから、そもそも入浴する文化もないんだよ。水浴びくらいしかしないみたい」
「で、伝統的と言ってください」
ジェシカさんの説明に、フィアナが眉をしかめながら、頬を膨らませる。
へぇ、あんな子どもっぽい顔もするんだ? と今は子どもな私が言ってみる。心の中でだけど。
「じゃあ、私が体洗ってあげようか? フィアナ」
「「「えっ?」」」
三人の声が重なった。いや、フィアナはわかるよ? ジェシカさんとミオちゃんのそれは何かな?
「サーシャちゃん、フィアナにも……す、するんだね……」
「フィアナ、その……サーシャすごいから、心の準備はしといた方がいいよ……」
「ちょっと、誤解されるような言い方しないでよ!」
赤面する二人に、私は思わず抗議の声をあげる。私はごく普通に体を洗ったことしかないよ!
あと、なんでミオちゃんはさりげなく胸を隠してるのかな! その歳で色気を出さないで欲しい!
「ハイルブロント様、すごいとはその、どういう意味ですか?」
「そ、そんなの……とても口では言えないよ……」
「ジェシカさんは黙ってて! 別に何もないから! フィアナ、ここ座って!」
私は自分の体を洗うのを切り上げ、隣の洗い場に置かれている椅子を指さした。
何度でも言うが、私はただ普通に体を洗っているだけで、変なことは何もしていない。ミオちゃんのときも変な感じになったけど、三度目の正直。フィアナに、別に普通だったと証言してもらうんだ。
フィアナは私の剣幕に戸惑いつつも、椅子に腰を下ろす。
「よろしくお願いします……」
「うん、じゃあ、背中から洗うから」
しっかりと洗浄石で手を泡立てて、準備を終わらせる。今日で風評被害とはおさらばだ。
今までのようなことが起きないよう、私は両手をそっとフィアナの背中に乗せる。
「ひゃぁうっ!」
おかしいな、初手から雲行きが怪しいぞ?
「サーシャ……他の客だって入って来るかもしれないんだからさぁ……」
「サーシャちゃんの……えっち」
ええい、うるさいよ外野! あと10歳児がえっちとか言うんじゃありません!
まあ待て、落ち着くんだ私。ファーストタッチは失敗だったけど、ここから十分取り返せるはずだから。
「フィアナ、ごめん。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと、慣れない感覚でしたから」
「続けてもいい?」
「は、はい……つ、続けてください」
何だろう。ごく自然な会話をしてるつもりなんだけど、すごく危ないやり取りをしてる気がしてしまう。
い、いや、こういうことを考えてるから変なふうに思われちゃうんだよ、私。大丈夫、焦ることは何もないし、おかしなことも何もない。
ミオちゃんのときとジェシカさんのときは、無心になろうとしすぎて、ちょっと扱いが雑っていうか力を入れ過ぎてたのがダメだったんだ。
だから、リラックスして優しく、丁寧に洗ってあげれば……。
「んぁ……ふぁ……あっ……」
フィアナが少し背中をのけぞらせながら、鼻にかかる声を漏らした。
うん、作戦は大失敗だ。
「く、くすぐったかったかな!?」
「あ……いい、です……続けてください」
「そう!? 変な感じだったらすぐに言ってね!? 私すぐに改めるから!」
「はい……あ……あぁ……」
やっぱり、大人の女性ってすごいよね。今までで一番、反応が色っぽいよ。
っていうかさ! 変な感じだったら言ってって言ったじゃん!? 今完全に変な感じだよね!? 言ってよ!? 私、普通に背中洗ってるだけだからどうしたらいいかわかんないよ!?
ミオちゃんとジェシカさんの間で会話は一切なく、ただフィアナの艶っぽい声が漏れる、私にとって地獄のような時間が過ぎていく。
今すぐ投げ出したいけど、ここで急にやめたら私が本当にいかがわしいことをしてたみたいだし、フィアナは洗浄石の使い方を知らない。
最後まで洗ってあげたら、今のミオちゃんみたいに自分で洗えるようになると思うし、ここは歯を食いしばってやり遂げなければ。
そのミオちゃんはさっきから手が止まってる気がするけど、それは気にしないこととする。
「次、肩と腕洗うから、少し腕上げて?」
「ん……はぁ……は、はい……」
甘い吐息を漏らしながら、少し熱っぽい表情で返事をし、フィアナは言われた通りに脇を開ける。
何度でも、本当に何度でも言うけど普通に体洗ってるだけだからね?
「んっ……すごいです……ふわふわの指先が、私の肌を何度も撫でて……」
「脇は汚れがたまりやすいから! 洗浄石を使ってしっかりケアしないとダメなんだよ!」
「そ、そうなんですね……ありがとうございます……ふぁ……」
おかしい。今までで一番丁寧に扱ってるのに、今までで一番反応が変だ。
いや、だからって今まで通りに戻したら同じ結果になっちゃうし……でもどうだろう、今まで通りの方がマシ、なのか?
「あぁっ! 急に、は、激しい、ですっ!」
これ絶対にダメなやつだ。
「サーシャ、そんなの見せられると、あたし今日は体洗ってもらうのためらっちゃいそう……」
「ジェシカさんは自分で洗えばいいと思うよ!?」
「え……そんなに、フィアナの体が気に入ったの?」
「違うからね!?」
なんでみんなそっち方面にもっていこうとするの!? 私がこんなにもそうならないように頑張ってるのに!
とりあえず、洗い方は優しく丁寧にして……うん、鼻にかかる声が漏れるのは仕方ない。もう諦めた。多くを求めすぎないよ、私は。
何とか、背中と脇、それに両腕と首回りは洗い終わる。ここまで長い道のりだった……とりあえず、次は髪を洗おう。順番的にどうなんだとは思うけど、なんかもう疲れたから、一回休みたい。
髪なら変な感じになる恐れはないしね……サラサラとした長い銀髪を、泡立てた手ですくうようにして洗っていく。
基本水浴びだけで、よくこの髪質を保てるなぁ。前世の私は、手入れする時間なくてキューティクル死んでたのに。エルフってそういう種族なのかな? エルフずるい。
とか考えつつ、髪を手繰るようにして少しずつ手を頭に向かって動かしていく私。そして、両手で頭を包み込むようにして、ぐにぐにと頭皮を揉みこむように髪を洗っていく。
時折、フィアナの声は漏れているけど、さっきまでに比べれば平和な時間だ。私は安心しながら、もみあげのあたりを洗うために、側頭部へ手を回して――
「んぁっ! 耳はだめぇ!」
……いや、こんなところに地雷が仕掛けてあるとか聞いてないんですけど。
弛緩しかけていた空気が再び凍りつく。いや、私は髪を洗うついでに、ちょっと耳の裏も洗おうとしただけですよ? 何も変なことしてないですよ?
ミオちゃんもジェシカさんも、何も言わないが、視線だけはバッチリとこちらに向けている。
私は思った。ここで引いたら負けだ。
「やぁっ! ダメって、言ってるの、にぃっ! あぁっ!」
フィアナがなんかあえいでるけど、私は心を殺す。耳の裏は汚れがたまりやすいんだよ。綺麗にするのは当たり前じゃないか。特に、フィアナの耳は尖ってて大きいんだから。
ミオちゃん、こっちをガン見しながら唾を飲むんじゃありません。見世物じゃないんですからね。あなたは早く自分の体を洗いなさい。
「はぁ……はぁ……」
髪を洗い終わり、耳の裏もきっちり綺麗にしてあげると、フィアナはくてっと脱力して息を荒げていた。うん、美容院とかで髪洗ってもらうの気持ちいいもんね。力も抜けるよね。
息が荒くなってるのは知らない。
「フィアナ、次、前洗うから」
「はぁ……はぁ……前……ですか……?」
さて、ついに来るときが来てしまった。こういう反応をされているとどうしても変に意識してしまうけど、そんな気持ちはシャットアウトしなくてはならない。
私が今からするのは、ごく当たり前かつ健全な行為である。何も恥じることはない。ただ無心に、速やかに遂行すればいいのである。
では、いざ。
ずしっ……。
「んっ……」
やばっ……何、この重量感。下から軽くすくっただけで、すごいずっしり来るんですけど。
洗おうとして手を動かすと、どこまでも指が沈み込んでいく。なにこれ、こんな感覚初めて。
こんなに強い手ごたえがあるのに、ふわふわしている。ココアを抱きしめたときとか、ガービーの羽毛クッションとはまるで異質なふわふわ。
そう――ふわふわとは本来、希薄なものなのだ。新雪とか、綿とか、ふわふわしているものには密度がない。
けど、今手の中にあるふわふわは――いや、手からはみ出しているこのふわふわは、圧倒的な存在感を持ってここにある。
こんなふわふわが、この世にあったのか――
「ん……ゆ……うしゃ……様……」
私が新たなふわふわとの出会いに衝撃を受けていると、耳元から、フィアナが私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「そこは……ん……そ、そんなに……念入りに洗う必要が……んぅ……あるのですか?」
やってしまった。私は慌てて、フィアナのそれから手を離すが、時すでに遅し。
ミオちゃんの、ジェシカさんの視線が突き刺さる。
今回は言い訳できない。けど、私は言う。
「言い訳させてください」
「うん、聞くよ?」
返事をしたのはジェシカさん。ミオちゃんは言い表せないような表情でこっちを見ている。
私は噛みしめるように、訴えた。
「ふわふわだったんです……っ!」
「わかった、許す」
やった、私許された。
「その代わり、あたしがサーシャのふわふわに夢中になったときも許してね?」
それは許さない。
心の中でだけ返事をして、私は再びフィアナの背中へ向き直る。
「続きするね?」
「は……はい……」
「さ、サーシャちゃん、まだ続けるの……?」
続けますが? 私は何も変なことはしてませんが? ちょびっとだけ事故はあったけど。
後、ミオちゃん顔が真っ赤だよ? この前みたいにのぼせる前に、早く体洗って、お風呂出た方がいいと思うな。私の精神衛生のためにも。
心を落ち着けて、私はフィアナの洗体を再開する。一番問題のあるところはクリアした。ここから先はスムーズなはずだ。あとはお腹と下半身だけだし。
「ひゃあっ! 勇者様! そ、そこはダメです! ひんっ!」
「ちょっとフィアナ、動かないで!」
「そんなに強く!? やっ! そ、そんなところまで!」
「今日のサーシャ、すごく大胆……」
「サーシャちゃん、さ、さすがに、良くないと思う……」
「ええい、外野は黙ってて!」
「待ってください! そんなところ、自分でも触ったことないのにぃっ!」
「今洗ったの膝の裏だからね!?」
ザパー……。
悪戦苦闘しつつも、最後にお湯をかけて泡を洗い流し、私は仕上げを終えた。
私はやり遂げたのだ。ただ、色々と何かを失った気がする。
「あ、ありがとうございました……勇者様……」
自分の体を抱きしめながら、褐色の頬を朱に染めて、うつむきがちにフィアナがつぶやいた。
腕の間からは、ふわふわがこぼれている。
「うぅ……サーシャちゃん……私、また鼻血出ちゃった……」
顔を押さえながら、赤い液体をぽたぽたと垂らし、うめくミオちゃん。どうやら、のぼせてしまったらしい。湯船に一回も浸かってないのにね。
「サーシャ……」
ザパーっと、お湯から上がって、ジェシカさんが近づいてくる。
私は鼻血まみれのミオちゃんを助け起こしつつ、そっちを見た。
「……あたし、フィアナみたいにおっきくないけど、い、いいかな?」
「どうでもいいよ! 関係ないから!!」
結局、とても楽しみにしていた久しぶりのお風呂は、全然ゆっくりできなかった。
***
「よし、まずはみんなで冒険者ギルドに行くよ」
入浴を済ませ、食事も取った私たちは、宿の外に集合していた。
ジェシカさんが出かけるというので、全員ついてきたのだ。
ミオちゃんは買い物に付き合いたいという理由。私はそれならついていこうかな、という理由。フィアナは、私の御目付け役である。
一応、この街に着くまでの間に、魔法の練習自体は解禁してもらったのだが、フィアナ監視の下でという条件をつけられている。なので、必然的に私とフィアナはセットなのだ。
ただ、あんなことの後で二人きりになるのも気まずい、というのも私が同行を決意した大きな理由ではある。余談だが、あの後洗体をねだってきたジェシカさんは、わざと乱暴に洗ってあげた。すごくよかった、と言われた。
「買い物は後?」
「そうだね。荷物になっちゃうし」
ミオちゃんはよっぽど買い物が楽しみらしい。ジェシカさんの答えに、ちょっと残念そうにしていた。
買いに行くのがお洋服とかだったら女の子らしいんだけど、欲しがっているのは毒蛾の鱗粉とか、サソリの毒針とかなんだよね、きっと。
「ジェシカさん、冒険者ギルドに行って何するの? 獣車はもう置いてきたよね?」
「前の村と同じだよ。情報収集」
「なんの情報集めるの?」
「何でもだよ。どこそこにこんな魔物が出るとか。どこそこでこういうことが起きてるから、依頼が出てるとか。どこそこの関所が通れなくなってるとか。そういう情報を集めて、目的地までのルートを決めるんだよ」
「最新の情報が集まる場所があるのは便利ですね。私は、上から伝えられた情報が古かったり足りなかったりして、苦労したことがよくありました」
ローブをかぶって素肌と顔を隠したフィアナが、しみじみといった感じでつぶやく。
上、というのは魔王軍のことだろう。魔王軍のフィアナは冒険者ギルドに出入りなんてできなかっただろうし。
「そうだ。フィアナはギルドカード作れないの? ジェシカさん」
「うーん、冒険者ギルドも完全に誰でもOKってわけじゃないからなぁ。ダークエルフだと素性も結構細かく聞かれるし、フィアナもいくつかは仕事しちゃったんでしょ?」
「は、はい……」
仕事っていうのは、魔王軍での仕事のことか。魔王軍に協力したってことは、人間に敵対したってことだもんね。
「けど、フィアナの場合はちゃんと事情があるよ? それでもダメ?」
「どうかなー。信じてもらえれば大丈夫だと思うけど、厳しいかなぁ。よっぽど信用できる証人がいれば別かもしれないけど。っていうかサーシャ、なんで急にそんなこと言い出したの?」
「だって、フィアナだけこんな格好しないといけないのかわいそう。堂々と街を歩かせてあげたいよ」
「勇者様……」
「サーシャ……」
「サーシャちゃん……」
三人が一緒に、私のことをじっと見つめる。な、なんだか照れちゃうな、この状況。
何となくソワソワして、私が視線のやり場に困っていると、まず最初にジェシカさんが口を開いた。
「そんなに、フィアナの体がよかったんだね」
「違うからね!? 関係ないからね!?」
「そ、そうなのですか? 勇者様がそう言うなら、その、私は……」
「違うって言ったよね!?」
「サーシャちゃん、その、気持ちはわかったけど……ほ、ほどほどにした方がいいよ?」
「もうこの際だからぶっちゃけて言うけど、私ミオちゃんのことも結構色っぽいと思ってるから!」
「「「えっ!?」」」
なんでぶっちゃけちゃったんだろうな、私。
「サーシャ、あたしにだけ興味ないんだね……」
「残念そうにしないで! それより、信用できる人が言えば、フィアナもギルドカードもらえるんだよね!?」
「え? いや、かもって話だよ? 結構厳しいと思うし、そもそも証人になってもらう人のあてもないしさ」
「勇者じゃダメ?」
「え?」
私の言葉に、ジェシカさんが面食らったような顔をする。私はさらに続けた。
「勇者が証人じゃ、信用ない? ジェシカさんでもダメ? ジェシカさん、王女様だし」
「え? 王女?」
「ふーん、なるほどねー」
驚いて振り向くフィアナの視線の先で、ジェシカさんが楽し気に笑った。
あ、そっか。フィアナにはジェシカさんが王女様だって伝えてないもんね。後で説明してあげよ。
「サーシャも随分ワガママになったっていうか、厚かましくなったっていうか? 勇者の立場を利用するようになりましたか」
「うぐ……そういうの……よ、良くない?」
「いや、いいと思うよ。別に悪いことするわけじゃないしさ。それにまあ、さっきの話は冗談として、フィアナも同じ目的を持った仲間だしね。サーシャの言いたいこともわかるよ」
さっきの冗談だったんだ……真面目に言ってるんだと思ってた。
「いいの? ジェシカさん、前、フィアナには優しくできないって言ってたけど……」
「それはあの時の話でしょ? そりゃ、完全に全部なかったことにはしてないけどさ。あたしだって、今はフィアナのこと、大事な仲間だと思ってるよ。当たり前だけど、ミオのこともね」
「ハイルブロント様……」
「ジェシカ……」
「あ、でも、もし裏切ったりしたら今度こそ舌引っこ抜くよ、フィアナ?」
いい笑顔で言われ、フィアナは青ざめながら口元を押さえた。冗談なんだろうけどさ……や、やめてあげてよジェシカさん……この人、たぶん自分がどれだけ怖いか自覚ないんだろうな……。
「よし、それじゃあ、情報収集も兼ねて、フィアナのギルドカードを作りに行こっか。サーシャとあたしの立場でゴリ押ししたら、まあいけるでしょ。二人とも冒険者としてもS級だしね」
「ありがとうございます。私のために、そこまでしてもらって……」
「だったら、私もギルドカード欲しい!」
フィアナが恐縮して頭を下げると、その隣で、ミオちゃんが勢いよく手を挙げた。
それを見て、ジェシカさんは少し困った顔をする。
「ミオ、ギルドカードって、欲しいって言ってすぐもらえるわけじゃないよ? そんなに難しくないけど、試験も受けないといけないし」
「私、レベル結構上がったよ?」
「ミオって商人だから、レベルが上がっても戦闘能力はあんまり上がらないんだよ。かしこさが高いから、筆記試験は大丈夫だと思うんだけどねぇ。実技が厳しいかなぁ」
「え? でも、ジェシカさん。私、ミオちゃんよりずっと弱いときにギルドカード取る予定だったよね? カーミラのせいで取り損ねたけど」
「あれはぶっちゃけ、私のコネで何とかする予定だったから。しかも、サーシャ勇者だし」
ぶっちゃけ過ぎじゃないかな? 今ここに、実力で頑張ってギルドカード取ろうとしてる人いるんだけど……。
「っていうか、それならミオちゃんもコネでいけないの……?」
「そんなことしたら、フィアナの方が通せなくなっちゃうよ。ミオにギルドカード発行する代わりに、フィアナの方は勘弁してくれって、たぶん言われる」
むぅ……勇者と王女だからって、何でもかんでも言うこと聞いてくれるわけではないのか……。
なにか手はないかな……と私が考えこんでいると、同じように何か思案していたらしいミオちゃんが、ゆっくりと口を開いた。
「……でも、試験受けて受かったら、ギルドカードもらえるんだよね?」
「そりゃ大丈夫だよ。ミオは人間だし、経歴にも問題あるところはないし」
「じゃあ、私も試験受けたい。フィアナも受けるんでしょ? 一緒に受ける」
「もしかしたら、ミオだけ落ちちゃうかもしれないよ?」
「それでもいいの! 受けたい!」
ミオちゃんの決意は固いようだ。冒険者ギルドの試験なら、命の危険とかもないだろうし、受けるくらいならいいと思うけど……。
すると、ジェシカさんも同じように考えたのか、大きく頷いてみせた。
「わかった。全員カード持ってた方が、この先便利なのは間違いないしね。じゃあ、改めて、冒険者ギルドに出発だよ!」
マントを翻し、プラチナブロンドのポニーテールを揺らしながら、ジェシカさんが前を歩きだす。
心なしか表情を引き締めて、ミオちゃんとフィアナが後に続く。
そんな三人の後ろ姿を見つめながら、私は思った。
……なんか、一人だけ試験も受けずにカードもらっちゃってごめんなさい、と。