ふわふわ21 次の街へ
結論から言うと、信じられないほど怒られた。
獣車を一旦止めたジェシカさんに、私だけ降りるように言われ、初めて大声で怒鳴られた。
あんなタイミングで魔法をぶっ放すなんて、何を考えてるのかと。もしHPの低いミオちゃんを巻き込んでいたら、殺してしまっていたかもしれないと。
他にもたくさん言われたが、もうおっしゃる通り過ぎて私は額を地面にこすりつけることしかできなかった。
前回、道中で口論してたせいで盗賊に襲われたからということで、お説教自体は早めに切り上げてもらったけど……。
「あたしは反省したよ。サーシャに今まで甘すぎた。記憶がないから、常識に欠けるのは仕方ないし、大目に見てあげなきゃって。けど、それじゃサーシャのためにならない。二人ともそう思うよね?」
「うん……私も、さっきのはさすがにダメだと思う……」
「魔王軍に残忍な性格の魔物は多くいましたが……それでも、仲間のそばでいきなり攻撃魔法を使うような者はいませんでした……」
憤慨しながら獣車を走らせるジェシカさんの言葉に、二人がとても気まずそうに同意する。
肩身が狭い……昨日から私、怒られてばっかり……前世を思い出しちゃうよ。
私って生まれ変わってもそういう運命なのかな……。
居心地が悪すぎるので、私はココアを抱きしめてその背中を吸っていた。魔法の練習はもちろん全面禁止されてしまったので、他にすることがない。
ちなみに、私がこっそり魔法を使わないよう、フィアナが監視役をジェシカさんから命じられている。もし、見逃したりしたら監督責任を取らされるらしい。
フィアナがこの世の終わりみたいな顔をしていたので、私は絶対許可なく魔法は使わないことにした。っていうか、これ以上やらかしたら私、今度こそ見放されちゃうよ。
「サーシャもさ、昨日、私怒ったばっかりだよね? 昨日の今日なんだからさ。一日くらい大人しくしてようとかそういうのないの?」
「ごめんなさい……」
返す言葉もございません。ココアを吸いながら、心の中でそう付け足す。
今度こそ、ちゃんと反省しよう。余計なことは絶対にしない。木だ。私は木になる。ただそこにいるだけ。
「あの、ハイルブロント様。勇者様がしたことは確かに……大問題だと思います。けど、魔王打倒という使命のために、気がはやってしまったのではないでしょうか?」
私が自分にそう言い聞かせていると、フィアナが不意にそう言ってかばってくれた。
「も、もちろん、同じことがないように私がしっかりと見ておきます。ただ、勇者様なりに自分の課題と向き合った結果かと……結果的に、オリジナル魔法も身に着けられたようですし……」
「そういうのが甘やかしになっちゃうんだってば」
「ですが、勇者様の向上心については認めるべきかと思います。エルフは魔法に精通した種族だと自負していましたが、勇者様ほどの速度で成長する者はおりませんでした。正直、さすがは世界を救う勇者様だと、私は感心しました」
フィアナ……ジェシカさんに言い返すなんて、怖くて仕方ないだろうに。あ、いや、ジェシカさんが本当は優しいお姉さんなのはわかってるんだけど。ただ、私たちがあまりにも怒らせてるだけで……。
けど、そこまで言ってくれると、嬉しくて涙が出ちゃうよ。結果的にただのやらかしになっちゃったけど、フィアナは私の努力をわかってくれるんだね……。
「……確かに、私は魔法のことわからないけどさ」
すると、御者台でガービーを走らせていたジェシカさんの語気が弱まる。
あ、ありがとぉ~、フィアナぁ~。このまま、ずっとジェシカさんに小言言われ続けると思ったよぉ~。
「けど、そのオリジナル魔法って本当に役に立つの? あたし、直撃したけど全然ダメージ受けてないよ?」
今までとは違う理由で、私はジェシカさんの言葉にうなだれた。
そうなのだ。私があのとき放ったオリジナル魔法は、全然威力がなかったのだ。
どれくらい弱いかと言うと、ウォーターバレットを普通に当てた方がずっと強いってくらい弱い。ジェシカさんのHPは70くらいしか減ってなかった。
いや、威力がしっかり出てたらやばかったんだけどね? けど、まあ、あれじゃあ……。
「あれなら、あたしとフィアナが普通に剣で斬った方がいいよね?」
はい……その通りです……。
「確かに、あの魔法は実戦的ではないと思います。ですが、勇者様ならすぐにもっと強力なオリジナル魔法を開発されると思います」
私でさえ全面的に認めたジェシカさんの意見に、フィアナがすかさず反論してくれる。
フィアナ……。
「確かに、サーシャならそういうこともありそうだけどさぁ。でも、しばらく魔法の練習は禁止だからね?」
「そのことですが、今日は仕方ないとしても、早めに解禁してもらえないでしょうか? 勇者様を狙う魔王の刺客は多く、そして強力です。対抗するためにできるだけ早く力を身につけた方が――」
「もういいよ、フィアナ! フィアナだってまた舌を引っ張られるの怖いでしょ!?」
「もうそんなことしないってば!」
たまらず私がフィアナを止めると、ジェシカさんがすかさずそう言い返してきた。
ほ、本当かな……フィアナには優しくできないってジェシカさん言ってたから……てっきり……。
「ええと、次はどこに行くの?」
すると、急にミオちゃんが会話に割って入って来た。
そういえば、出発してから目的地を聞いてなかったな。魔法の練習して、そのあとしこたまお説教されてたから、聞くタイミングがなかった。
「ディオゲネイルの街。ローズクレスタの賤民街みたいな雰囲気の街だよ。ハイルブロントではかなり大きい街の一つで、冒険者もいっぱいいるし、お店も結構あるよ。もちろん、冒険者ギルドの支部もあるし」
「ジェシカ、そこで買い物ってする?」
「するよー? 最低でも食料と水は常に買い足しとかないと。あと、魔物の素材から作ったアイテムは、その街でしか扱ってなかったりもするしね」
「私も、その買い物ついていきたい」
「いいの? サーシャと遊びに行ってもいいんだよ?」
「私だって、観光旅行してるんじゃないもん。魔王を倒す旅してるんだから」
ジェシカさんの質問に、ミオちゃんが頼もしい返事をする。ミオちゃんも、ミオちゃんなりに頑張ろうとしてるんだな。ミオちゃんアイテムに詳しいし、戦うために役に立ちそうなものを、自分で集めておきたいんだろう。
ミオちゃんが戦わないといけないような状況にしちゃダメなんだけどね。そのためにも、私がもっと強いオリジナル魔法を覚えて、どんな相手とでも戦えるようにならなきゃ。
……まずは、ジェシカさんにお許しをいただくところからだね。次の街では、ちゃんといい子にしよう。
「ディオゲネイルの街……ですか?」
すると、今度はフィアナが口を開いた。なんか、ちょっと驚いたような顔をしてる。
「どうかしたの? フィアナ?」
「あ、いえ……その」
私が聞き返すと、フィアナはちょっと戸惑って、
「ここからだと、随分距離があると思うのですが」
「あー、そうだね。5日くらいかかるなー」
さらりと、ジェシカさんがとんでもないことを言った。
「5日って、それまでずっと野宿するの、ジェシカさん!?」
「何言ってんのさ、サーシャ。冒険者してたら、それくらい普通だって」
「だって、無理なく普通のコースで行くって言ったよ!?」
「だから、無理なく普通に街に立ち寄るじゃん?」
「5日も野宿するなんて思ってないもん! 近くに泊まれる村ないの!?」
「いちいちそんなところに立ち寄ってたら、いつまで経ってもガルバルディアにつかないから」
「……確かに、ここからディオゲネイルまでの進路上に村はありませんね。どうしても立ち寄るなら、どこに寄るとしても、かなり回り道になります」
ジェシカさんの言葉に、フィアナがとても嬉しくない補足をしてくれる。
「……それなら、大急ぎで行って10日でもあんまり変わらないじゃん」
「大急ぎで10日? それは何の話ですか?」
「ジェシカさんが、大急ぎで休憩せずに行ったら、ガルバルディアまで10日で行けるって」
「いえ、不可能だと思いますが……」
「え?」
困惑するフィアナの言葉に、私はきょとんとする。
いや、だって、ジェシカさん行けるって言ってたよね?
「行けるよ? ガービーを夜通し走らせ続けて、街とか村に着くたびに買い替えるの。帰って来るとき、グリフィーネが手に入らなくてさ。そうやって帰って来たんだよね」
なに、そのブルジョアジー全開かつ動物虐待な強行軍。この人怖い。
っていうか、そんなことした後で、この人メフィスと戦ったの? バカなの? かしこさが68なの?
「フィアナ……普通、ローズクレスタからガルバルディアってどれくらいかかるの……?」
「獣車だと、通常一ヶ月と言われてます」
なるほどね……ジェシカさん20日で行くって言ってたね……つまり強行軍なんだね……。
いやいや、けどそこまで急ぐ理由ってないんじゃないかな? 無理せず万全の体調で行った方が……っていうか野宿したくない。
よし、味方を増やそう。
「ミオちゃん、しばらく野宿しないといけないみたいなんだけど……」
「野宿って、キャンプのことだよね? 私、したことないんだ! 楽しみ!」
ダメだ、目がキラキラしてる。そんなにいいものじゃないんだけど。
「フィアナは野宿辛いよね?」
「いえ、魔王軍にいる間は、ベッドで寝ることの方が稀でした」
「ダメだよ! フィアナみたいな綺麗な人が、そんな不健康な生活したら!」
「え? すいません、ありがとうございます……」
「あはは、辛いのはずーっと王宮暮らしだったサーシャだけだね」
御者台でジェシカさんがケラケラと笑う。
おかしいよ……女だらけの旅で、なんでみんな野宿に抵抗ないの? お風呂だって入れないんだよ? それも5日もだよ?
けど、結局進路が変更されることなんてなく……私たちは野宿しながら、ディオゲネイルの街を目指すことが決定したのだった。
***
「サーシャ! サーシャ!!」
ジェシカさんの声で、私はハッと目を覚ます。どうやら、獣車に揺られている間に居眠りをしてしまったらしい。
目をこすりながら前を見ると、ジェシカさんが笑って言った。
「着いたよ。ディオゲネイルの街」
ボーっとしながら、ジェシカさんの言葉を反芻する。
ディオゲネイルの街……。
「――やったぁぁぁぁぁぁっ!!」
即座に眠気が吹っ飛んで、私は歓喜の声を上げながら万歳した。
「うわっ!?」
隣でミオちゃんが驚いて飛びのく。ココアが、迷惑そうに私の膝から飛び降りる。
けど、私にはこの気持ちを抑えられない!
「やっと街だぁ! お風呂入れる! ベッドで眠れる! 嬉しいよぉ!」
「えー? これだけ野宿続いたら、もう慣れたでしょ?」
「慣れないよ! 髪はベタベタだし、虫に刺されて痛いし! 寝袋で寝るのは、地面が固くて体痛くなるし!」
「え? サーシャはふわふわだから平気なんじゃないの?」
「ふわふわなのは私だけだからね!? 地面は固いまんまだからね!? 私を交代で枕に使ったみんなはいいかもしれないけどさ!」
結局、ここに来るまで四回野宿したわけだけど、なんか枕として私はみんなの間を回された。
添い寝って名目だったけど、別に頼んでもないし、みんな私の体の上に頭置いて来たし。
ちなみに、枕にされた内訳はジェシカさんとフィアナが一回ずつで、ミオちゃんが二回。ミオちゃんの回数が多いのは、別に大人組が遠慮したわけではなく、じゃんけんの結果だった。
いや、あのさ。一日余ったんだったら、私に休憩を与えてくれる選択肢とかなかったのかな?
「けど、ほら、一昨日お風呂は入れたでしょ?」
「お風呂じゃなかったじゃん! 川で水浴びだったじゃん! お湯沸かさせてくれなかったじゃん!」
「いや……ダメだよ……だってサーシャ、川ごと沸騰させようとしてたし……」
「……それはちょっとダメだったかなって思ってる」
川の水をロックバリスタの岩でせき止めて、ファイアボールで簡易のお風呂を作りたいって言ったら、バカを見る目で見られた。
そんなことをしたらせき止められた川の水は氾濫するし、私のファイアボールの火力だと川の水は温まる前に蒸発して水蒸気になってしまうし、魚とかも死んでしまうというフィアナの冷静な説得がなければ、私はまたやらかしていたかもしれない。
あ、そうだ……フィアナにお風呂といえば……。
「なにか?」
私が視線を向けると、フィアナが不思議そうな顔をする。
何を隠そう、この人、脱ぐとすごいのである。普段は胴当てやゆったりしたローブのせいでわからないのだが、すごくでかかった。初めて見たとき、思わずうめいてしまったほどだ。
お風呂に入れるのは嬉しいけど、今日もまたあれを見せつけられるのだろうか。宿の風呂は大抵共用の大浴場だし、ジェシカさんはみんな一緒に入りたがるタイプだし。
つるぺたーんとした自分の胸元を見下ろす。いや、別に張り合わなくていいし、張り合うつもりもないんだけどさ。この体じゃ、張る胸もないし。
「あの、勇者様?」
「何でもない。フィアナはすごいねって思っただけ」
「え? ええと……ありがとうございます?」
まさか思っていた通りのことを言うわけにもいかず、私は愛想笑いで誤魔化した。
とりあえず、そんなこんなで、私たちはディオゲネイルの街に到着したのである