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ふわふわ20 ふわふわ幼女、ダークエルフに魔法を習う

「フィアナ! そっち任せたわよ! 逃がさないように!」

「はい!」


 ジェシカさんとフィアナが、同時に走り出して、敵を挟み撃ちにする。

 赤い肌に、妙に大きい頭に生えたナメクジのような触覚。尖った鷲鼻に鋭い目。頭に比べて随分小さい、人間の子ども程度の体からは先端がスペード型に尖った尻尾が生えている。

 インプ、という名前の魔物だ。力は決して強くないが、すばしっこくて魔法も使えるのが少し厄介。

 ただ、レベル10程度のモンスターなので、ジェシカさんとフィアナの敵ではない。


「そこぉっ!!」

「ぐぎゃぁぁぁ!?」


 ジェシカさんが鋭く踏み込んで、インプの体を斬りつける。インプのHPが急激に減少して、残りは1になる。

 剣術スキルで獲得できる、みねうちという剣技らしい。この技で攻撃すると、相手のHPは必ず1残るらしい。技の威力も弱いので、格下相手に手加減するための技だ。


「サーシャ!!」

「冥府より来たれ、死者の腕! 彼の者をとらえよ! シャドウ・ハンズ!!」


 練り上げた構成を投げると、そこから黒っぽい靄が生じて、無数の腕を形作る。

 ライオネットくんが私を拷問するときに使った魔法のオリジナルバージョンだ。魔法大全に載っている魔法なので、ライオネットくんの使う魔法に比べると作り出せる腕の本数が少なく、射程も短い。

 けど、インプ程度を拘束するには不自由しない。闇の腕はインプの四肢を掴んで空中に釣り上げた。

 直後、私のすぐ後ろで、パチィン!! という、空気を打つ音が響く。


「ぎゃっ!?」


 短い悲鳴と同時に、インプの頭部がザクロのようにはじけ飛んだ。

 私が魔法を解除すると、頭部を失った肉塊が地面に落ちる。う……グロい。


「やった! 一発で当たったよ!」


 弾んだ声を聞いて、私はこの惨状を生み出したミオちゃんの方を振り返った。

 フィアナとの戦いで使ったロープ――スリングという名前の武器らしい――を握りしめて、無邪気にはしゃいでいる。あの光景を見て素直に喜べるんだから、この子本当に強いよね……。


「サーシャ、ミオのステータス、どんな感じ?」

「あ、うん。ちょっと待って」


 戻ってきたジェシカさんに声をかけられ、私は鑑定のスキルを発動する。


______________________


名前:サーシャ・アルフヘイム

種族:人間

年齢:10歳

職業:商人


Lv:11

HP:120/120

MP:0/0

攻撃力:62

防御力:55

素早さ:68

かしこさ:228


【スキル】

 算術(Lv2)

 話術(Lv2)

 射撃術(Lv1)

【備考】

 魅惑

______________________ 


 やばい。魅惑チャーム解くの忘れてた。


「レベル11だって、今。あと、射撃術っていうスキルを覚えてるよ」

「もう11かぁ。子どもが成長するのって早いね」

「えへへへ」


 ジェシカさんが感心すると、ミオちゃんが嬉しそうに、サイドテールを揺らした。

 ミオちゃんを鍛えよう。出発してすぐ、そう提案したのはジェシカさんだった。

 エミルの村からそう遠くない場所にある岩場に出る魔物が、このあたりでは比較的高レベルで経験値をたくさん持っているから、初心者のレベル上げに最適らしい。

 もちろん、ミオちゃん一人で挑むと危険極まりないのだが、今みたいにジェシカさんとフィアナで弱らせた魔物にスリングでトドメを刺すだけなら安全だ。

 もしものときのために、私がボディーガードとしてミオちゃんのすぐそばにいる。あとは、誤射防止のため、標的を味方から離れた場所に拘束するのも私の仕事だ。

 ……なぜか、私だけ背中に何回か石をぶつけられたけど。謝ってくれたし、わざとじゃないのわかってるし、痛くもないからいいんだけどさ。


「じゃあ、そろそろ切り上げよっか。これ以上はここだと効率悪いしね」

「そうですね。目につくところに魔物の姿も見えませんし」


 ジェシカさんの提案に、戻って来たフィアナが同意する。

 確かに、さっきまでちょっと探せば見つかった魔物の姿が、今はない。20匹くらいはやっつけたからなぁ。 

 私は足元のココアを抱っこして、近くに置いてある獣車の方へ移動を始めた。


「みんな、ありがとうございました」


 礼儀正しく、ミオちゃんが頭を下げる。ぴょこん、とサイドテールが跳ねて可愛い。


「どういたしまして。けど、レベルが上がったからって、油断しちゃダメだよ? ミオは商人だから元々戦闘に向いてないし、あくまでもしものときに生き残りやすいように鍛えてるだけだからね?」

「うん、わかってる。ちゃんと気をつけるから」


 ジェシカさんの忠告に対して、ミオちゃんは素直に返事をする。ここで拗ねたり反発したりしないのが、ミオちゃんの偉いところだね。

 私たちは獣車に乗り込み、岩場を出発した。御者の席にはジェシカさん、座席には真ん中に私、左右にミオちゃんとフィアナが並んで座っている。ココアは私の膝の上だ。

 あ、そうだ。ミオちゃんの魅惑チャーム解いてあげなきゃ。けど、隣に座ってるから、肩とか当たるとすぐ再発しちゃうんだよね……。

 あと、レベル上げの最中はずっとかかってたと思うんだけど、特に変な様子もなかったし。


「あの、ミオちゃん。魅惑チャームかかってるみたいだけど、大丈夫?」

「え? 大丈夫だよ? サーシャちゃんが私のこと抱きしめてなでなでしてくれたら嬉しいなってずっと考えてるくらいで」


 大丈夫じゃないのでディスペルしておいた。御者席からジェシカさんがいつもみたいに「サーシャは渡さないからねー」と文句を言っていたがそれも無視。

 ミオちゃん、そんな雑念だらけでよく魔物に石当てられたね。いや、もしかして、雑念のせいで私にだけ誤射してたのかな……。

 ふるふると首を振って、嫌な予想を振り払い、気持ちを切り替えるためにフィアナの方を見る。


「? なにか?」


 すると、フィアナが怪訝そうな顔をして、私を見返した。うん、そりゃいきなり顔を向けられたら戸惑うよね。

 それにしても……今まで明るいところではっきり見ることがなかったから気づかなかったけど……フィアナって綺麗な目してるな。

 明るいブラウンの瞳。私やジェシカさんの碧眼も綺麗だと思うんだけど、元日本人としては、フィアナの目の方が親近感があっていい。

 アイドルより、身近なクラスメイトの方が可愛く見える……みたいな心理? いや、フィアナって肌褐色だし耳は尖ってるし、鎧つけてるしで見た目は完全にファンタジーなんだけど。褐色肌は別にファンタジーでもないか。

 って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。ちょうど、フィアナに聞きたいことがあったんだ。


「フィアナって、魔法のこと詳しいんだよね? オリジナルの魔法とか使える? スキルにないやつ」

「いえ、私は専門の魔術師ではないので……」


 私が期待を込めて尋ねると、フィアナは申し訳なさそうにそう言った。

 あれ? 使えないんだ……けど……。


「でも、私の魔法は消せるよね?」

「あ、はい。攻撃系の魔法だけですけど、対抗できる構成は覚えてます。私は魔法剣士ですから、敵の魔法攻撃を防げると、戦いが楽なんです」


 魔法を使ってくる相手の魔法は無効化して接近戦、相手が剣士系なら剣で応戦しながら魔法メインで戦う、とフィアナは続けた。

 つまり、魔術師相手なら剣で攻撃するから、オリジナル魔法とかは必要ないってことかな。剣士相手なら、普通の魔法で事足りるしね。


「あのね、フィアナ。私にも、相手の魔法を消すやり方、教えて欲しい」

「私が勇者様に、ですか?」


 私の申し出に、フィアナは少し驚いた様子だった。


「私は専門の魔術師じゃないですし、私よりそういう方に習った方がいいと思いますが……」

「ううん、フィアナの方がいい。絶対にいい」


 力強く、確信を持って私は答える。専門の魔術師にろくな人いなかったから。

 灼熱地獄に閉じ込めようとする人、急に全裸になる人、ふとももを刺し合おうとか言ってくる人、急に全裸になる人、急に全裸になる人……。

 急に全裸になる人多すぎる。ライオネットくんがまだマシに感じるんだから異常過ぎるよ。そのライオネットくんだって、魔法のことまともに教えてくれなかったし。気が向いた時に知ってることを勝手にしゃべるくらいで。

 とにかく、あのラインナップに比べれば、フィアナの方が全然信頼できる。一応フォローすると、みんな変態だけどいい人たちだったよ!


「しかし……そもそも、勇者様に魔法は効きませんよね? 魔法の無効化ができるようになる必要があるのですか?」

「え? だって、覚えたらみんなのこと、魔法から守れるし」

「魔法の無効化は自分の身を守るのにしか使えませんよ? 耐魔法の構成は不安定なので、射程距離がないんです」

「そ、そうなんだ……」

「自分のそばにいる人に向かって飛んできた魔法ならギリギリ届きますが、勇者様なら直接魔法の前に飛び出した方が早いかと。耐魔法の構成は、少なめですがMPも消費しますし」


 フィアナの言葉に、ちょっとがっくりする。やっとまともな人から、しっかり魔法のこと教われると思ったんだけどな。

 けど、私はこのままじゃいけない気と思う。フィアナとの戦いで、私はほとんど何もできなかった。魔法大全に載っている魔法が通用しない相手には、私は敵わないんだ。

 少しでもステップアップしないといけない。ミオちゃんのレベルアップに付き合いながら、私は強くそう思っていた。


「フィアナ、それでもいいから、やっぱり教えてくれないかな? 耐魔法の構成。私、魔法のことがもっとわかるようになりたいんだ。魔王を倒すために」

「……わかりました。勇者様がそうおっしゃるなら、私に断る理由はありません」


 フィアナは頷くと、私の方に体を向けて、両手の手のひらを差し出して見せた。


「まず、ファイアボールを打ち消す構成からお見せしますね」


 フィアナの手の上に、構成が練り上げられていく。私は、その様子をじっと観察した。

 他人が練る構成をこんなに間近で、じっくりと見たのは初めてだ。ファイヤボールの構成が単純だからか、フィアナの練っていた構成はすぐに完成した。

 フィアナは構成を維持して私に見せたまま、説明を続ける。


「こんな感じですね。原理としては、ファイアボールの構成と対になるものを作って相殺させるという感じなので、構成の規模はファイアボールとほぼ同じです。威力を高めるために魔力を多く注ぐ必要はないので、ファイアボールにファイアボールを直接ぶつけて相殺するより、こちらの消費は少なくて済みます。じゃあ、今から何度か同じものを作って見せますので、まずは見て覚え――」

「あ、できた。これでいい?」


 フィアナの構成を見ながら、自分の手のひらに見よう見まねで同じものを作り出し、フィアナの差し出す。


「え……?」


 すると、なぜかフィアナが固まった。同時に、フィアナの手のひらに載っていた構成が消失する。

 あれ? なにか私、まずいことした?


「え、えっと、な、なにか間違えちゃった? 構成を練っただけだから、魔力は流してないし、危ないことはないと思うんだけど……」

「あ……い、いえ……か、完璧です……」


 そういうフィアナの顔はなぜか引きつっている。完璧ってことは、構成はこれでいいんだよね?

 どうしたんだろう、フィアナ。怪訝に思いつつ、一度手の中の構成を破棄して、もう一度同じものを練る。


「これは大丈夫?」

「はい……大丈夫です……」


 そう答えながら、なぜか落ち込んだ様子のフィアナ。

 何なんだろうと思いつつ、私は何度も手の中で構成を破棄しては練りなおす。

 結構簡単だね。ファイアボールの構成と、かっちり噛みあうような立体パズルを作ってる感じ。といっても、ファイアボールの構成が単純だから、噛みあう構成もすごく単純。

 戦いの間は相手の作る構成をじっくり見る余裕なんてないから、ライオネットくんもメフィスもフィアナも、すごく難しいことしてるんだと思ってた。けど、ちゃんと習うと思ってたよりずっとあっさり。

 やっぱりフィアナに教わることにしてよかったな。っていうか、ライオネットくんがちゃんと教えてくれてたら、もっと早くできるようになってたと思うんだけど、これ。

 なんて心の中で恨み言を言いつつ、私が隣で練習していると、ずっとうつむいていたフィアナがぽつり。


「私……それできるようになるのに、二ヶ月かかったんです……」


 私は手をお膝に置いた。

 だ、だから表情が暗かったのか……結構簡単だね、とか思ってたこと口に出さなくてよかった。


「さすが、勇者様ですね……」

「フィアナの教え方が上手いんだよ!」


 寂し気に笑うフィアナに、私は全力のフォローを入れる。っていうか、嘘じゃないし。実際上手いし。宮廷魔術師の人たち、誰も目の前で構成を練るところ見せてくれたことなかったし。


「いや、あの、私構成を見せただけ……」

「すごくわかりやすかった! ありがとう!」

「ど、どういたしまして……」


 なんかフィアナが言おうとしたけど、私は押し切った。繰り返すけど、嘘はついてない。フィアナは今世史上最高の先生だ。

 よし、ここはフィアナの……えっと、そう、自尊感情を高めてあげよう。フィアナの教え方がすごくわかりやすいことを証明すれば、きっと自信を持って元気を出してくれるはずだ。

 えっとぉ、ファイアボールに対抗する構成がああだったから、アイスニードルだったら……。


「じゃ、じゃあ、次はアイスニードルを打ち消す構成をお見せしますね」

「これでいい?」


 たまたま、試しに予想で練り上げてみたそれをフィアナに差し出す。これでたぶん合ってると思うんだけど、正解だったらいいな。

 

「……完璧です」


 なぜかフィアナは両手を座席についてうなだれた。あれ、おかしいな。自信をつけて元気になってくれる予定だったんだけどな。

 いや、生徒の成長が先生は一番嬉しいはずだ。私が好きだった、高校のときの担任の先生も、卒業式の後でそう言ってたし。

 私は、手のひらの中で色々構成を作って試しつつ、フィアナにそれを見せた。


「これ、ウインドスラッシュ……ロックバリスタ……フォトン・レイ」

「もう許してください……」


 おかしいな。期待してた反応と違い過ぎる。


「サーシャちゃん、いじめちゃだめだよ」

「いじめてないよ!?」


 ミオちゃんに咎められて、私は慌てて反論する。私はむしろ、フィアナに喜んで欲しかっただけなのに。


「私が十何年もかけて覚えた構成を次々に……」

「フィアナの教え方が上手いんだよ!」

「私、さっきから何も教えてません……」

「原理は、その魔法の構成と対になるものを作って相殺させる感じって教えてくれたよ?」

「そんなの教えたうちに入りません……耐魔法の構成を覚えるときは……普通何度も見本を見せてもらいながら……再現できるまで何回も指導者に見てもらいながら繰り返して……一つ覚えるのに何ヶ月もかけて……ぐす」

「サーシャちゃん、いじめちゃダメだって言ったのに。酷いと思う」

「だからいじめてないよ!?」


 ジトっと私をにらみながら、頬を膨らませるミオちゃん。私は褒めたつもりだったのに、なんでフィアナは涙まで流してるんだろう。

 とりあえず、フォローしなければ。


「えっとね、フィアナ! 私、本当にフィアナはすごいと思うよ! フィアナは私のグランド・バニッシュも消しちゃったよね? 私、まだあの魔法の構成しっかり覚えてなくて、詠唱破棄できないんだ! あんなに複雑な魔法も無効化できるなんてすごいよ!」

「え? 勇者様は詠唱破棄のスキルを持ってるんですよね?」

「持ってないよ?」

「へ?」


 フィアナが目を丸くする。んん? なんでそんなに驚いてるんだろう? そんなスキル持ってたら、フィアナとの戦いで、もっと強力な魔法を詠唱破棄で使えたんだから、持ってるわけないのに。


「でも……勇者様は、詠唱破棄、できてますよね?」

「構成をちゃんと覚えてる魔法だけだよ? フィアナだって、魔法を無効化する構成は覚えてるんでしょ? それと同じだよ?」

「詠唱破棄は呪文に頼らずに魔法の構成を練る前提スキルです! エルフは生まれつき、魔法適正のスキルに付随して詠唱破棄を持ってるんです! 詠唱破棄のスキルなしじゃ、魔法の構成をはっきりと知覚することすら普通できないんですよ!?」

「え? 魔法のスキルを取ったら、見えるようになるんじゃないの?」

「なりません! 勇者様だって、スキルをお持ちなんだからわかるでしょう!?」

「ええと……私、魔法のスキルも持ってないんだ……」

「は? いやいや、だって色んな属性の魔法を詠唱破棄して使ってましたよね?」

「それは、この本に全部の魔法の呪文が載ってるから、それで練習して、構成を覚えただけだよ?」


 魔法大全を取り出して見せながら、フィアナに説明する。


「つまり……勇者様は、魔法のスキルも詠唱破棄のスキルも持たずに……魔法をあれだけ使いこなして、今もあっという間に耐魔法用の構成まで覚えてしまったということですか?」

「三ヶ月必死に頑張ったからね」

「たった三ヶ月で!?」


 たった三ヶ月って……結構辛くて大変な日々だと思うんだけど。ライオネットくんにいじめられて、ココアを吸って、魔法大全を読んで、ライオネットくんにいじめられて、またココアを吸って……。


「フィアナ、気にしちゃダメだよ。サーシャだからさ」


 すると、ジェシカさんがこちらを振り向いて、いい笑顔で言った。いや、私だからってどういう意味かな。

 っていうか、ジェシカさんの方が大概だよね? 強くなってる幅異常だよね? 私、三ヶ月でレベルは1つも上がらなかったからね?


「私はとんでもない人を相手にしていたんですね……四天王のメフィスを倒したという話を聞いてはいたんですけど……想像をはるかに越えていました……」


 フィアナは力なくうなだれている。そんなに大げさなことだったのかな……あ、でも、ライオネットくんが魔法のスキルなしで詠唱破棄ができるようになった人は知らないって言ってたな。

 でも、ライオネットくんが不親切過ぎた結果みたいなもんだと思うし。いや、自分でも頑張ったとは思うけど、あの理不尽な三ヶ月。

 とりあえず、なぜか落ち込んでしまったフィアナを何とかしなくてはいけない。だって、さっきからじとーっとミオちゃんが私を見てるから。でもね、ミオちゃん。私はたぶん悪くないと思うんだ。


「あの、まあそれは置いといてね? グランド・バニッシュの魔法を打ち消せるフィアナはすごいって話でね。それに、フィアナは土属性魔法のスキルは持ってないでしょ? つまり、フィアナはスキルなしでグランド・バニッシュを詠唱破棄して使えるってことだよね? すごいよ!」

「使えません……」

「え?」

「使えないんです……ごめんなさい……」

「あ、謝らないで!? けど、なんで? 打ち消す構成が練れるなら、普通に使う方もできそうだけど……複雑さは同じなんだし」

「無能ですいません……うぅ……」

「だから謝らないで!?」


 ミオちゃんの視線が冷たくなるから! 違うんだよ、ミオちゃん! そんなつもりはないのに、なぜかフィアナが傷ついていくんだよ!


「……お見せした方が早いですね。これが、グランド・バニッシュを打ち消す魔法の構成です」


 フィアナが手のひらを開いて、構成を練り始めた。それは、グランド・バニッシュの構成を練るのに必要な時間に比べると、あまりにも短い時間で完成する。

 出来上がった構成を見て私が抱いた感想は、


「なんか、スカスカ?」

「強力な魔法は、構成の中を流れる魔力の量が多いので、その流れを少し変化させただけで自壊するんです。だから、対になる構成を練るんじゃなくて、構成を変質させる構成をぶつけて対抗するんです」

「なんか難しいね」

「魔術師が使う、対魔法用の構成は、こちらの仕組みで練られるものが多いそうです。オリジナル魔法の構成を初見で完全に把握するのは難しいので、急所を見極めてそこを狙うんだとか。私は本職じゃないので、スキルで誰でも覚えられるについてしか対策していませんが」


 元気のなかったフィアナがだんだん饒舌になってくる。

 よかった、調子を取り戻してくれて。おかげで、ミオちゃんの刺さるような視線も和らいだよ。


「見てもらったように、上級魔法に対抗する構成は簡単なんです。一番難しいのは中級魔法ですね。流される魔力に対して構成がしっかりしてるので、自壊を狙えないんですよ。だから、さっき勇者様が作ったような、完全な対になる構成を練らないといけません」

「じゃあ、中級魔法だったら、フィアナはスキルを持ってない属性の魔法も使えるんだ?」

「……私は勇者様のような天才ではないので……そんな高度な応用は効かないんです……丸暗記したものをそのまま使うのがやっとで……本当に無能ですいません……」

「私、今そんなこと一言も言ってなかったよね、ミオちゃん!?」

「ふわっ!? だ、ダメだよ、サーシャちゃん……い、いきなり、そんな……」


 ミオちゃんの視線が冷たくなる気配を感じた私は、力強くミオちゃんの肩を掴んだ。

 赤面して、軽く握った両手を胸の前で合わせるミオちゃんが妙に色っぽかったが、とりあえず非難されるのは防ぐことができたみたいだ。

 ジェシカさんが「ちょっとー、サーシャはあたしのだからねー?」と笑って言ってくるが、無視する。私は私のものだ。

 とりあえず、ミオちゃんの魅惑チャームはディスペルし、フィアナに向き直る。


「じゃあ、フィアナ。上級魔法に対抗する構成を順番に見せてくれないかな?」

「あのぅ……今、グランド・バニッシュのものは見せしましたし……勇者様なら他の構成も自分で作れるのでは……?」

「そ、それはさすがに無理だよ。魔力の流れを変えるとか、急所とか、よくわかんないし」

「本当ですか……?」

「ほ、本当だよ! なんで、そこ疑うの?」


 何度でも言うが、私はまともに魔法を教わったことなんてない。なのに、構成の中を流れる魔力の流れを変えて、構成を壊すとか、自力でできるわけないじゃん。

 しかし、フィアナは私のことを何だか恨めし気に見ながら、


「……じゃあ、一度やってみてください。私、ヘル・ファイアの構成を練りますから、それを打ち消す構成を」

「えぇー!? 無理だよ!?」


 ヘル・ファイアは火属性魔法の上級魔法――と見せかけて、闇属性の上級魔法である。

 水をかけても消えない地獄の業火を召喚し、相手を攻撃する魔法だ。という効果は知っているし使ったことはあるけど、いつもライオネットくんに消されていたので、ちゃんと発動したのを見たのは一回だけ。

 それはもちろん、ライオネットくんが私のお仕置きをするために発動したものを見たときで、私は地獄の業火でじっくりとあぶられた。魔法の植物のツタで天井から吊り下げられた私は、火傷しないように体をミノムシみたいにぴょこぴょこ必死に動かした。

 なんか涙出て来た……ともかく、ヘル・ファイアはそんな魔法である。水をかけても消せないから、こんなところで発動したらものすごく危ない。

 フィアナの闇属性魔法はLv6だったと思うけど、ヘル・ファイアってそのスキルレベルで使えるようになるんだね。けど、高度な魔法なのは確かで、私はまだヘル・ファイアの詠唱破棄はできない。


「試すだけです。構成を練るだけで魔力は流しません」

「うーん、そこまで言うならやってみるけど……」


 私がそう答えると、フィアナは手の上でヘル・ファイアの構成を練り始める。私もライオネットくん相手に何度も使ったから、上級魔法の中では比較的なじみのある構成だ。なんで何度も使ったかと言うと、ライオネットくんを私と同じ目に遭わせてやりたかったから。

 練りあがっていく構成をじーっと見る。構成が練りあがる過程を見るのは結構面白い。雪の結晶ができるのを早送りで見てるような、そんな感じ。

 透明のチューブみたいなものが伸びて、複雑に絡みあっていくイメージ。チューブを通った魔力が合流したり、ぶつかり合ったり、すれ違ってこすれ合ったりしながら、大きな魔法っていう流れを完成させるのだ。

 構成を覚えるときは、その流れを意識すると覚えやすい。流した魔力がどんな風に構成を通ったか、それを感覚的に覚えておくと、魔法の全体像がとらえやすくなる。構成を練るときも、その流れを追うようにつくるとうまく行く。

 そもそも、呪文がそういうふうに構成を練れるようにできてるんだけど。だから、呪文を唱えたときと同じ手順で構成を練るのが最適解だと思うし、私もそうやって練ってる。けど、ヘル・ファイアみたいに複雑な構成だと、その流れを全部覚えるのが難しい。

 だから、よどみなくフィアナが構成を練り上げるのを見て、私は素直に感心していた。私にはまだ、このレベルは無理だもんなぁ……。

 やがて、フィアナの手の中にヘル・ファイアの構成が完成する。

 いつも構成を練るのに必死だったから、こうやって人が練ってるのを見ると勉強になるなぁ。本当に何度でも言うけど、ライオネットくんはこんなことしてくれなかったし。

 じっくりと、フィアナの練った構成を眺め、私はふと思い立って手の中で構成を練り始める。

 この構成、魔力を吐き出す箇所が三か所で、取り込むところは一か所だけど……取り込み口と二か所の出口が近いところにある。これ、繋いじゃったらどうなるんだろ。

 私は、ヘル・ファイアの構成を包み込むようなネット状の構成を練ると魔力を流し、ぽいっとフィアナの手元に投げた。

 私の構成を通じ、例の取り込み口から流入した魔力がヘル・ファイアの構成の中を駆け巡る。吐き出されるはずの魔力の多くは、私の作った構成を経由して取り込み口に戻される。

 結果的に、全部の魔力が一か所だけ残された出口に集中し――


 パンッ! という擬音が聞こえてきそうな感じで、ヘル・ファイアの構成が破裂した。


「あ……できた……」

「う……うぅ……ぐす……」


 フィアナが顔を押さえて泣き出す。な、何も泣かなくても!

 

「サーシャちゃん……今のは本当にひどいよ」


 ミオちゃんも冷たい目を向けて来る。


「あんなに無理だって言ってたのに……」

「ほ、本当に無理だと思ったんだもん!」

「サーシャちゃんそこどいて」


 座席の真ん中に座っていた私は、ミオちゃんの座っていた端っこに移動させられる。


「私……まだ構成を見せてもないのに……何度も見せてもらって、覚えるのに何日も……」

「フィアナはすごいと思うよ? 私のパパ、昔言ってたもん。魔法は才能のある人しか覚えられなくて、しかもとっても難しいから、優秀な魔術師は冒険者の中でも特に尊敬されるんだって」

「そ、そうだよ! フィアナはすごいよ! 私はヘル・ファイアの詠唱破棄できな――」

「サーシャちゃん、しー」


 ミオちゃんににらまれる。おかしい。私だって、フィアナのこと褒めたのに。


「あはは、それくらいでへこたれてたら、サーシャと旅できないよ、フィアナ」

「私、ジェシカさんをへこたれさせたことないよっ!」

「いや、あたしだってカーミラと戦ったときとか、メフィスと戦ったときとか、結構へこんだんだけど……」

「どっちのときも、ジェシカさん、私を助けてくれたじゃん!」

「ほら、そういうところだよ、サーシャ」


 苦笑いして、ジェシカさんは前を向いてしまう。なぜだ、なぜ私はみんなから責められてるんだ。


「フィアナ、あの、まだ教えて欲しいことあるんだけど……」

「サーシャちゃんは、今日はもう質問禁止!」


 ミオちゃんが、フィアナの背中をさすりながら私を怒鳴る。フィアナはがっくりとうなだれて、落ち込んだままだ。

 みんな私のせいだって言うけど、私、そんな悪いことしてないと思うんだけど……。

 文句を言いたかったが、ミオちゃんは心配そうにフィアナの背中をさすっているし、ジェシカさんは我関せずと言った感じで前を向いている。ついでに言うと、ココアは足元で丸まって寝ていた。


 ちぇっ、いいもん。一人で魔法の練習するもん。……って言っても、対魔法用の構成はフィアナに答え合わせしてもらわないと合ってるかわかんないしなぁ。

 ……そういえば、さっきはじっくり構成を眺めて、構成の弱点に気づいたんだよね。じゃあ、パッと見てわからないように構成を練ったら、対策されないのでは?


 早速試してみる。下級の魔法だと単純すぎて構造を見破られるから、ベースにする魔法は上級でないといけない。けど、私は上級魔法の複雑な構成は覚えてないから、自力で構成を練れない。

 ――ということは、実はなかったりする。私は、詠唱破棄はできなくても、詠唱省略はできる。それは、大まかな構造は覚えているということだ。


 上級魔法は大体、三つの層でできている。ちなみに中級だと二層、下級だと一層しかない。そして構成を練るとき難しいのは、各層の接続なのだ。

 中級魔法だと層が二つしかないし、接続自体も単純だからまだ楽だ。けど、上級の魔法だと接続先がねじれていたり、複雑に絡まり合ってたり、一番内側の層から一足飛びに一番外側の層に接続しないといけない部分があったり、覚えないといけないことが多すぎる。

 そこの部分だけ、呪文で補助してもらってるのが私の詠唱省略だ。つまり、各層の接続ができないだけで、それぞれの層の構成はちゃんと覚えている。

 というわけで、私は水属性の上級魔法タイダルウェイブをベースにすることを決めた。この呪文なら水が出るだけだし、比較的安全だろう。


 私はタイダルウェイブの、一番外側の層の構成を練り始めた。普通、魔法の構成を練るときは内側から練る。家を建てるとき、二階から作り始めたりしないのと同じ理由だ。

 けど、今はこれでいい。しばらくして、私は構成を練り終わる。出来上がった構成は、本来真ん中や一番内側の層と接続すべき箇所が繋がれてないので、内側に無数の穴が開いたようになっている。


 さて、タイダルウェイブは大量の水を生み出し、広範囲を飲み込む水属性の魔法だ。そして、今、私が作った構成は流した魔力を水に変換する力を持っている。

 私は細かい構成の原理はわからないけど、タイダルウェイブを使うとき、魔力がこの部分を通って水に変わるのを感じている。内側の層は魔力を増幅したり、水を撃ち出す範囲や方向を決めたりするのが役割なんだろうと思う。

 つまり、今この構成に魔力を流しても、たぶん私の体がビシャビシャになっておしまいだ。

 だから、ここに手を加える。作り上げた水を押し込めて、前に飛ばす構成を内側に付け足す。

 そんなことが私にできるのか、と言われれば、できる。なぜなら、似た効果を持った下級魔法の構成を知っているから。

 ウォーターバレット。水球を前方に射出するだけのシンプルな魔法だ。その構成を今作っている構成の内側に練る。

 繋ぎ方は適当。ただ、とりあえず複雑にはしておいた。射出口が見えにくいようにするためだ。


 出来上がった構成は、魔力の取り込み口と出口が一か所ずつ。本来のタイダルウェイブの出口は目立つところにあるが、私はそれも内側にあるウォーターバレットの構成と接続してしまった。

 この構成の魔力の出口は、構成の中心部にある。ごちゃごちゃした配線に隙間を作り、ウォーターバレットの構成によって、その間を縫って魔力が放出されるように調整した。

 上手くいくだろうか? 緊張しながら、魔力を構成に流し込む。


 ブシュゥゥゥゥゥ!!


「うわっ!?」


 構成から、勢いよく水が飛び出した。ウォーターバレッドのような水球ではない。水鉄砲のような、直線的な水の噴射。

 こんな魔法は知らない。魔法大全にも載ってない。私が自分で作った――オリジナル魔法だ。


「み、見た!? 見た見た!? フィアナ、今の見た!? 私、魔法作れた!」


 興奮しながら、私は隣のフィアナとミオちゃんを見る。

 二人とも驚いて目を見開いていた。ミオちゃんはただ、いきなり水が出たからびっくりしただけだろうけど、フィアナなら意味をわかってくれるはずだ。

 わかってくれる……はずなのに、フィアナはなぜか私から目を背けた。


「フィアナ、見てなかったの? 今の魔法って、フィアナも見たことないよね? フィアナでも消せないよね?」

「サーシャちゃん……」


 繰り返し声をかける私に、フィアナではなく、サーシャちゃんが口を開いた。

 うっ、もしかして、またいじめとか言う気かな? けど、これはフィアナに確認しないとわからないことだし……。

 と、私は心配していたが、ミオちゃんはそれ以上何も言わなかった。

 代わりに、すっと獣車の前方を指さす。私はつられて、そちらへ視線を向けた。


「……これをやったのは、サーシャってことでいいんだね?」


 ずぶ濡れのジェシカさんがこっちを見ていた。

 私は生まれて初めて、土下座というものをした。

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