ふわふわ19 旅立ちの朝
「ナァーオ……」
朝、切なげに鳴くココアの声で、私は目を覚ました。
しかし、目を開けても目の前は真っ暗だった。また、顔中にもふもふの毛が当たっている。
……鑑定発動。
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名前:サーシャ・アルフヘイム
種族:人間
年齢:10歳
職業:勇者/ビーストテイマー/冒険者
Lv:38
HP:214/214
MP:4870/4870
攻撃力:84
防御力:68
素早さ:173
かしこさ:2824
【スキル】
ふわふわ(Lv5)
魔獣使い(Lv4)
鑑定(Lv3)
子猫吸引(Lv-)
【備考】
鑑定スキルLv2以上のため、クリックでスキル詳細表示可能
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よし、睡眠学習成功。昨夜も寝ながら子猫吸引は成功したらしい。
健康的に、ココアを吸ったままぐっすり8時間寝れば、MPは48、かしこさは24増えるのだ。
動物虐待? 違います。これは世界を救うためなんです。
というわけでココア、あと五分だけ……。
「ナァーオ!」
「わぷっ! わかった! わかったよ!」
ジタバタとココアが暴れ出したので、私は仕方なく体を起こす。
寝苦しいのと、好きなだけ寝られないのが難点だね、これは。
「ナァーオ」
私が目をこすりながら体を起こすと、ココアが朝食の催促をしてきた。
はいはい、今あげるからね……カバンに干し肉を入れてたはず……。
カバンを探そうとして、ふとミオちゃんが隣にいないことに気づく。昨日、同じベッドで寝たはずだけど、もう起きちゃったのかな。
結構、朝寝坊しちゃったのかも。と、それよりもカバンカバン。
「はい、ココア」
カバンの中から干し肉を取り出して差し出すと、すぐ夢中になって食べ始めた。
えへへ、ご飯を食べてるところもかわいいんだよね。
微笑ましくココアの食事を見ながら、大きくあくびをする。
昨日夜更かししちゃったからなぁ、まだ眠いよ。けど、魔王を倒す旅の途中なんだから。王宮で暮らしてたときみたいに、朝寝坊はできないよね。
干し肉を食べ終わったココアが二つ目を催促してきたので、準備しつつ、部屋の中を見渡してみる。
ミオちゃんだけじゃなくて、ジェシカさんとフィアナもいない。私が一番お寝坊さんかぁ。
とりあえず、食堂に降りて朝ごはんかな。その後はどうしよう? ジェシカさんたちを探しに行きたいけど、勝手に宿を出るとまた怒られそうで怖い。
よし、部屋で大人しく待つことにしよう。二つ目の干し肉を食べ終えて、三つ目を催促してくるココアに「ダメだよ」と言って、私はようやくベッドから立ち上がった。
どうせ、私の朝ごはんもねだって来るからね。ちょっと物足りないくらいでちょうどいいのだ。
というわけで、とりあえず姿見の前に立ち、身だしなみを整える。髪をといて、顔を洗って、歯磨きするくらいだけど。
着替えはしない。私は起きてるときも寝てるときもワンピース。だから、着替えるのはお風呂のときだけだ。面倒くさがりじゃないよ? 旅の荷物とか洗い物を減らすためだよ?
と、自分に言い訳をしている間に準備が整う。ココアを抱きかかえて、いざ食堂へ。
「うわっ!」
「わっ!?」
と思ってドアを開けようとしたら、ミオちゃんと鉢合わせた。
「びっくりしたー! おはよう、サーシャちゃん。起きたんだね」
「うん、おはようミオちゃん」
危ない危ない。もし、もう一歩ドアに近づいてたら、ドアに顔をぶつけるところだった。いや、私の場合はふわってして終わるんだけどさ。
「ミオちゃんどこ行ってたの?」
「え? う、うーん、まだ内緒」
サイドテールにまとめた黒髪を揺らしながら、ミオちゃんが愛想笑いする。
まだ内緒ってどういうことだろ。まあ、いいや。それよりご飯だ。
「ミオちゃん朝ごはんもう食べた?」
「ううん、まだだよ?」
「じゃあ、一緒に食堂行かない?」
「いいよ。行こ」
しっかりと部屋に鍵をかけて、ミオちゃんと一緒に、一階にある食堂へ。
あれ? でも、ご飯も食べずにミオちゃん、今まで何してたんだろ?
ふと気になりつつも、さっき内緒って言われたしまあいっかと思い直し、結局尋ねることはしない私だった。
***
「あれー? 二人とも部屋で待ってたんだ?」
食事を食べ終わって、ミオちゃんと部屋で待っていると、ジェシカさんとフィアナが帰って来た。
だって、もう怒られたくないし、とはもちろん言わない。ヤブヘビになったら大変だ。
「てっきり遊びに行ってると思ってたけど、ちょうどいいや。そろそろチェックアウトするから、荷物の準備して」
「わかった。けど、ジェシカさんたち、どこに行ってたの?」
「んー? 冒険者ギルドで預けてた獣車引き取ったり、道具と食料買い足したり、後は軽く情報収集かなぁ」
荷物(と言っても時計やら魔法大全やらギルドカードやらを入れてるカバンしかない)をまとめつつ尋ねると、ジェシカさんも出発の準備をしながらそう答えた。
早起きして色々やってくれてたんだなぁ。その間、たぶん爆睡してた私。なんか罪悪感。実年齢は私の方が上なのに、完全にお世話になってる。
なんて自己嫌悪は置いといて、もう一つ気になっていたことを尋ねた。
「フィアナはどうしてそんな恰好してるの?」
と言いつつ、全身をローブですっぽりと覆い、フードを目深にかぶったフィアナを見る。
昨日のフィアナは、布の服の上に金属製の胴当てと籠手をつけるという剣士らしい服装だった。
なんでこんな、見るからに怪しい恰好をしてるんだろう。私が困惑していると、ジェシカさんが笑いながら、
「あはは、サーシャは知らないもんね。ダークエルフって、世間的にいい印象ないのよ。人と共存してるダークエルフもいるけど、基本的には魔物側だからさ。だから、わからないようにしてるってわけ」
「……ということです」
「えぇ……かえって目立つし怪しくない?」
「ちっちっちっ、わかってないなぁ、サーシャは」
かしこさ68が小バカにしてくる。私のかしこさは2824なんだよ。昨日のことがトラウマになってるから、絶対に言い返さないけど。
「いい、サーシャ? これぐらいあからさまに怪しいとね、かえって声はかけづらいものなのよ」
うん、所詮かしこさ68の知恵だね。
「フィアナ、実際はどうだったの?」
「大勢に見られてすごく恥ずかしかったです……」
「えー? そんなことなかったと思うけどなぁ? 普通だったよ?」
普通なわけないじゃん。全身黒づくめが朝から往来歩いてて普通なわけないじゃん。
なんてツッコミを入れている間に、みんなの準備ができたようだ。私たちは忘れ物がないことを確認してから、宿を出る。
すぐ外で獣車が待っていた。ガービーのどことなくボーっとした顔も、ちょっとだけ懐かしいなぁ。一日見なかっただけなのに。
「さて、出発する前になんだけど。フィアナからサーシャに話があるってさ」
「え?」
獣車に早速乗り込もうとした私を、ジェシカさんが呼び止めた。
フィアナから話ってなんだろ……昨日のことかな? もう謝ってもらったし、事情も聞いちゃったから気にしてないんだけど……。
私が困惑していると、突然、フィアナは深々と頭を下げた。
「勇者様、お願いします。私も、魔王を倒す旅に同行させてください」
「えぇ!?」
いきなりの申し出に驚く私。仲間にして欲しいってこと? 気にしてないとは言ったけど、昨日命がけで戦ったばっかりだよ?
「なんで急に?」
「……復讐です」
噛みしめるように口にしたフィアナの言葉に、私はびくっと体を震わせてしまう。
「里の仲間たちの仇……そして、私を騙して利用していた魔王軍に対する恨み……魔王を倒すことで晴らしたいんです」
昨日はショックで泣いていただけだったフィアナの目に、はっきりと怒りの色が見て取れた。
でも、あんな目に遭ったなら、恨んで当たり前だよね……。
「それに、昨晩勇者様にかけたご迷惑の分を、お返ししたいと思っています。ですから、お願いします。私を仲間に加えてください」
私に向かって真剣に頭を下げるフィアナ。うん……ええと、とりあえず……ね。
「ジェシカさん、これ決めるの、私なの?」
「そりゃそうだよ。サーシャが勇者なんだから。これはサーシャが魔王を倒すための旅なんだよ?」
うー、それはそうなんだけどぉ……。
「ジェシカさんはいいの?」
「良くないよ。サーシャの命を狙ったんだからさ。昨日の話は全部ウソで、本当はまだサーシャのこと狙ってるかもしれないし」
「それは、大丈夫だと思うけど……昨日だって、同じ部屋で寝てたのに何もなかったし」
「わかってる。だから、あたしはサーシャがフィアナを信じるのがダメとは言ってないよ。ただ、あたしはまだ疑ってるってだけ。そうでないと、もしものことがあったら、サーシャを守れないし」
私を守るため……そう言われてしまうと、私は何も言えない。実際に、昨日助けてもらったばっかりだ。ジェシカさんが助けに来られたのも、もしものことを考えて、私たちを必死に探してくれたからだし。
「サーシャがどっちを選んでも、あたしはサーシャを守るためにできることを精一杯するよ。約束は絶対に守るから。だから、サーシャが選んで欲しい。その方が、フィアナも納得すると思うしさ」
「私は……」
フィアナを見る。昨日、フィアナは私を本気で殺そうとしていたと思う。けど、それは騙されていたからで、里の仲間を守るために仕方なくで。
ジェシカさんから本当のことを聞いたとき、フィアナは本当に辛そうだった。あれが嘘だとは思えない。たぶん、私が仲間になることを断わっても、フィアナは一人で魔王に挑もうとするだろう。
それでも仲間にして欲しいって言ってるのは、たぶん、勇者でないと魔王は倒せないと言われてるからで……それなら……。
「いいよ。一緒に行こう。よろしくね、フィアナ」
「――っ!? あ、ありがとうございます!」
私が手を差し出すと、フィアナは嬉しそうに、両手で私の手を握りしめた。
「ふわぁ……」
あ、またやっちゃった。
「ちょっと! サーシャは渡さないからね!」
「うぐっ! ジェシカさん、く、苦しいよ……」
フィアナから引きはがすようにして私を抱きしめ、頬ずりしてくるジェシカさん。
「えへへぇ、ふわふわ……」
「苦しい……」
往来なのも構わず、ジェシカさんは私をガッチリホールドして、思いっきりすりすりしてくる。
魅惑を解きたいのに抜け出せない……ステータス見てわかってたけど、ジェシカさんすっごく力強くなってる。
結局、私はジェシカさんの気が済むまですりすりされた。フィアナはずっと困惑した様子で私たちを見てた。
なんか、若干羨ましそうに見てたように思うのは気のせいだ。気のせいということにしよう。
「サーシャちゃん」
私がようやくジェシカさんから解放されたところで、ミオちゃんが近づいて来た。
両手に、大事そうに何かを持っている。
「これ、プレゼント。今朝作ったの」
サーシャちゃんが差し出したのは、しおりだった。エミルルモガニアの押し花をあしらったしおり。
これを作ってたから、朝いなかったんだ。私が知らないうちにこんなものを作ってくれていたことも、エミルルモガニアの花をミオちゃんが持ち帰っていたことにも驚いた。
「サーシャちゃんが持ってる本に挟んで欲しいの」
寂しそうな顔をしながら、ミオちゃんは言った。
一緒についていけないということは、昨日の一件でもう悟ったんだろう。だから、こんなプレゼントを用意してくれたんだ。
二人だけの、大事な思い出を象徴する花でつくった押し花しおりを。
「ありがとう。絶対大事にするね」
しおりを受け取り、私はすぐに、魔法大全のメギドの呪文が書かれたページに挟む。メギドは私にとって最後の切り札で、ライオネットくんから託された特別な魔法。
この大切なしおりを挟むなら、このページしかないと思った。
「そろそろ、ミオのことも話さないとね」
私がしおりを本に挟んで、カバンにしまうと、ジェシカさんが口を開いた。
ミオちゃんに視線を向けると、観念したようにうつむいている。
やっぱり、ついてくるのは諦めたみたいだ。寂しいけど、仕方ない。これでいい。
「それで、ミオはどうしたいの?」
しかし、ジェシカさんの言葉に、え? と思ってしまった。
なんで、そんなこと聞くんだろう。連れて行けないって話をするんじゃないの?
ミオちゃんも戸惑っている。そりゃそうだよね。昨日、エミルの村に着く前、散々ついてきちゃダメって言われてたのに。
もしかして……ジェシカさん、自分からミオちゃんに、帰るって言わせようとしてる? この後に及んでついて来たいって言ったら怒るつもりとか?
やだ、もう怒ったジェシカさんを見たくない。お願い、ミオちゃん。ここは下手なこと言わないで。
私は祈るようにしてミオちゃんを見る。ミオちゃんはしばらく考え込んでから、顔を上げて、
「私も、サーシャちゃんの旅についていきたい」
私の祈りってことごとく届かないよね。
ビクビクしながらジェシカさんを見る。やばい……おトイレ行っとけばよかった。
「サーシャ、どうするの?」
「え?」
意外な言葉に、私はまた目を丸くしてしまう。
「どうするって……私が決めるの?」
「同じ会話さっきしたじゃん。サーシャの旅なんだからさ」
私がポカンとしていると、ジェシカさんはそう言って苦笑した。
したけど……ミオちゃんの件は違うような……。
「だって、昨日ジェシカさん、ミオちゃんに怒ってたし」
「サーシャにも怒ったでしょ?」
「そ、そっちじゃなくて! 盗賊と戦ったときの話!」
「あぁ」
話が変な方に行きそうだったので、必死に軌道修正する。
もう二度と、ジェシカさんに怒られたくない。特に、フィアナがされてたようなことは絶対されたくない。
「あれはミオが勝手に危ないことしたから怒ったんだよ。私に任せてくれれば簡単に勝てたのにさ。あそこでミオが人質に取られたリしたら、やばかったでしょ? もちろんミオがそのまま殺されちゃうかもしれなかったし」
「あと、ミオちゃんが謝った時、ローズクレスタに帰れって……」
「あそこで謝るくらいの気持ちだったら、そうした方がいいって思っただけだよ?」
ジェシカさんは何気なく口にしているんだろう言葉を聞くたびに、どんどんミオちゃんの顔が曇っていく。
ジェシカさんって思ってることをズバッと言っちゃうから、言われた方はダメージ大きいんだよね……。
最初に会った頃は優しくて愛嬌のあるお姉さんだと思ってたけど、修行を通して色々変わったのかな、やっぱり。
「でもジェシカさん、ミオちゃんについてきちゃダメって言ってたよね?」
「それ言ったの、サーシャだよ?」
「え?」
「サーシャがついてきちゃダメって言うから、あたしは説得を手伝っただけだよ?」
そ、そうだっけ? うーん……そういえば、私からミオちゃんにそういうこと言ってたような……。
「ジェシカさんはどう思うの? ミオちゃんを連れて行くこと」
「そりゃ、賛成はできないよ? あたし、ミオに言ったことで嘘はついてないからさ。サーシャは絶対に守るけど、ミオまでは守り切れない。もちろん、フィアナもね。けど、フィアナの方は覚悟してるみたいだし」
「もちろんです。守ってもらおうとは思っていません。私は勇者様と一緒に、魔王と戦って倒したいんです」
ジェシカさんに話を振られて、フィアナは力強く頷く。
けど……覚悟って言ったら……。
「私も、自分の身は自分で守る!」
盗賊を追い払ったときと同じように、ミオちゃんは宣言する。
「どうする、サーシャ?」
ジェシカさんに改めて尋ねられて、私はしばらく考え込んだ。
この旅は本当に危ない。ちょっと村を抜け出して花畑を見に行っただけで、魔王の刺客に襲われた。考えてみれば、ローズクレスタにいるときでさえ、外出する度に強い魔物と戦うハメになっていた。
昨日の戦いだって、私にはミオちゃんを守る余裕なんてなかった。それどころか、ミオちゃんの援護でやっと戦えてたような状態だ。
ミオちゃんと出会ってから、今までのことを思い返す。これから先のことに思いを馳せる。
じっくり考えて、悩んで、私は決めた。
「ミオちゃんについてきて欲しい」
「サーシャちゃん……」
私が意を決して口を開くと、ミオちゃんが嬉しそうに顔を輝かせた。
「一応、理由を聞いてもいい? サーシャ」
「ミオちゃんは色んなことを知ってるから。それに、機転も利くし、昨日も私は助けてもらった。これからどんな戦いが待ってるかわからないから、私はミオちゃんにも助けて欲しい」
そう、これはミオちゃんのためじゃない。私のための決断。でも、ただのわがままを言ったつもりはない。
最初はヘルメスくんから押しつけられただけの使命だった。しかも、すっごくくだらない理由。けど、この世界の人たちと今まで関わってきて、今の私は、魔王を絶対に倒さないといけないと思っている。
ミオちゃんのパパを奪った魔王。フィアナの仲間を奪い、騙して人殺しをさせていた魔王。私が魔王を倒さないと、この先も同じことが起きてしまう。
魔王を倒すために、ミオちゃんの力は必要だと思ったんだ。こんな小さい女の子に頼るなんておかしくて、情けない話かもしれないけど。それでも、私はミオちゃんの助けを借りたい。
私の目と同じ色の、翡翠色の目がじっと私を見つめる。
しばらくして、ジェシカさんは頷いた。
「わかった。じゃあ、ミオも一緒だね」
「ありがとう、サーシャちゃん! これからもよろしくね!」
本当に嬉しそうに、息を弾ませながら、ミオちゃんが私の手を取る。
あっ、これさっきもあった気が――
「ふわぁ……」
「あー、ちょっとミオ! ミオにもサーシャのふわふわは渡さないからね!」
「く、苦しい……」
しばらくの間、さっきと同じように私はジェシカさんにもみくちゃにされて……。
改めて、四人のパーティになった私たちは、エミルの村を出発したのだった。