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ふわふわ1 転生

なんだか体が温かいな。朦朧とする意識の中、私はうっすらと目を開いた。

 真っ白な光が全身を撫でている。なんだか、柔らかいものに包み込まれているようで心地がいい。

 もう一度、私は目を閉じ、意識を手放そうとして――


「やばい!! 今、何時!?」


 がばぁっと勢いよく跳ね起きた。


「あはは、死んでもまだ仕事の心配かい? 社畜は悲しいね」

「えっ!? だ、誰!?」


 突然、頭上から声が聞こえて、私は弾かれるように立ち上がる。

 見ると、私のすぐ側に、小学生くらいの男の子が立っていた。肌は透き通るように白く、髪はサラサラした金髪で、目は綺麗な緑色をしている。

 服装は清潔感のある白いローブで、何というか神々しいオーラをまとっていた。

 誰、この子!? めちゃくちゃかわいい――じゃなくて! 本当に誰!?


「初めまして、愛川美優さん。僕の名前はヘルメス。神様だよ」


 ヘルメスと名乗った男の子は、私に向かって優しく微笑んだ。

 か、可愛い……お人形さんみたい! 弟にしたいっ! あ、いや、私はショタコンではないよ?

 でも何だか、最後に変な単語が聞こえた気がする。


「えと……初めまして……っていうか、え? なんて?」

「まずはあなたにお礼が言いたい。あなたのおがけで、僕は賭けに勝つことができたんだ」

「賭け?」

「他の神様と賭けをしたんだよ。あなたが黒猫を命懸けで助けるか、助けないか。僕は助ける方に賭けて、一人勝ちだった」


 ヘルメスくんは嬉しそうにニコニコと笑っている。

 何を言っているのか全然わからない。けど……黒猫……。


「そうだ……私、黒猫を助けようとして、トラックに……」

「立派だったよ、あなたは。餌をやっただけの黒猫のために、命をかけてトラックの前に飛び込むなんて。僕は嬉しくて感動したよ。賭けにも勝てたし」

「私、どうなったの!? ここどこ!?」


 ようやく私は状況が異常なのを認識して、辺りを見渡した。

 どこまでも真っ白だった。床も壁もない。ただただ真っ白な空間がどこまでも広がっている。


「ここはどこでもないどこか。世界の隙間のようなところかな。死んだ人の魂が、一時的にとどまるところだよ」

「し、死んだ!? え……私……死んだ?」

「実感はないんだね。即死だったみたいだし。ちなみに、黒猫の方は無事だったみたいだよ。君が盾になったおかげだね」


 ヘルメスくんの言葉に、私は脱力して座り込む。夢なんじゃないだろうか、という思いが頭をかすめる一方、妙に自分が死んだということに説得力を感じた。

 そんな私の肩に、ヘルメスくんが優しく手を添える。


「悲しむことはないよ。何度も言ったけど、君のおかげで僕は賭けに勝つことができた。そのお礼に、君を生き返らせてあげよう」

「え!?」


 生き返れるの、私!? ちょっと信じられないけど、よ、よかったぁ!

 びっくりしている私に、ヘルメスくんはほほ笑みかけて、


「そもそも、あのタイミングで黒猫がトラックの前に飛び出すように、運命をいじったのは僕だから。君が死んだのは、僕のせいでもあるからね」


 全然よくなかった。


「ちょっと待って、あなたが私を殺したってこと?」

「人聞きの悪いことを言わないでよ。トラックに飛び込んだのは君の意思じゃないか」

「私が飛び込まなかったら、猫ちゃん死んでたでしょ!」

「そして君が飛び込んだおかげで猫は助かった。僕は賭けに勝って、他の神々からたくさんの宝具を巻き上げた。そして君は生き返ることができる。ウィンウィンだよね」


 平然と笑顔でそんなことをいうヘルメスくん。

 いや、ウィンウィンじゃないでしょ! この人殺し! まず謝ってよ! いや、謝っても許さないけど悪びれろよ!


「おや、不満そうだね?」

「当たり前でしょ! 知らない人に理由もなく殺されたんだよ!」

「人じゃなくて神だし、理由も「賭けを成立させるため」っていう立派なものがあったんだけど……」

「そんな理由で殺されてたまるかぁ!」

「まあまあ、落ち着いて。ほら、ハーブティーでも飲んで」


 ヘルメスくんはそう言うと、指を軽く振った。すると、ティーポットとティーカップが空中に出現する。

 ポットはひとりでに傾いて、カップに紅茶を注ぎ入れた。

 いや……お茶飲む気分とかじゃ全然ないんだけど……。


「どうぞ?」

「……いただきます……って、おいしい!?」


 渋々一口飲んで、驚嘆する。すごくいい香りがするし、口当たりがすごくいい。やさしい甘さが舌に残って、体もぽかぽかに温まった。

 あぁ……い、癒し……。


「それにさ、愛川美優さん。ううん、親しみを込めて美優と呼ばせてもらおうかな。君、あのまま人生を続けていて幸せだった?」

「それって、ど、どういう意味?」

「朝早くから仕事が始まって、帰りはいつも深夜。家は帰ってきても寝るだけの場所で、休日出勤も多いから掃除洗濯すら満足にできない。その仕事だって、失敗続きで怒られてばかり」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私は頭を抱えてうずくまる。やめて! 客観的に私の生活を分析しないで! というかなんで知ってるの!?


「神様は何でも知ってるんだよ」

「心まで読めるの!?」

「それから、もうしばらく我慢すれば、こんな日々も改善されるはず……なんて思ってるみたいだけど。残念ながら、一年以上は今の生活が続くかな」

「一年我慢したら解放されるんだね!?」

「いいや、一年我慢した結果、君は精神疾患を患って退職する運命なんだ」

「う、嘘だ! だって、そんなふうに未来がわかるなら、賭け事なんて成立しないじゃん!」

「おや、結構鋭いんだね。でも、神が意図的に運命をいじった場合に限って、神にも未来はわからないんだ。だから、人間を使って賭け事をするときは、神の力で運命を捻じ曲げるんだよ」

「あんたたちなんて神様じゃない! 悪魔だ!」


 この少年、可愛い顔してさっきからえげつないことばっかり言う!!


「話を戻そう。美優、あなたは本当にあの人生を続けたいと思っているの? 本当に、生き返りたい?」

「うっ……」


 ヘルメスくんの質問に、私はうろたえてしまう。あの地獄みたいな日々に自分からもう一度戻るのは、すごく……本当にすごく勇気がいる。

 でも、死ぬのも嫌だ。特に、ずーっとこの何もない場所で、ヘルメスくんと二人きりなんて絶対嫌だ。

 まあ、ヘルメスくん……顔はちょっと好みなんだけど……。


「ちなみに美優は僕の好みとはかけ離れているよ」

「心を読まないでよ!!」

「勘違いさせたら悪いから、こういうことははっきり言わないとね。話を戻すと、僕はね美優。あなたに新しい人生をプレゼントしようと思っているんだ」


 憤慨する私に、ヘルメスくんは穏やかな笑顔のまま、そんなことを言った。


「新しい人生……?」

「メディオクリス――という名前の世界がある。早い話が、異世界だね。君を、その世界に転生させてあげよう。特別に、記憶を持ったままね」


 ヘルメスくんの言葉に、私はポカンとする。すると、ヘルメスくんは始めて、怪訝な顔をして、


「喜ばないの? 日本人は、異世界転生と聞いたら喜ぶのが普通だって聞いてるんだけど?」

「そ……そうなのかな……ちょっとわからないけど……」

「魔法とかもある世界なんだよ? あと、色々なモンスターがいたり」

「そういう危険なのは嫌かなぁ……」


 私、ゲームとかしないし、そういうのよくわからないし……。

 ヘルメスくんは私の反応を見て、残念そうにため息をついた。


「じゃあ、やめておこうか。可愛い動物とか、妖精とかもたくさんいる世界なんだけど、確かに女の子が生きるには危険な世界かも――」

「行きたい!!」

「あ、そう?」


 ヘルメスくんが私の勢いにきょとんとしている。

 これはちょっと恥ずかしい。けど、かわいい動物! 異世界のかわいい動物! このチャンスを逃したら、すごく後悔する気がする!

 あ……でも、ココアと会えないのは寂しい……。


「あ、あの、やっぱり――」

「そうと決まれば、早速転生しよう。詳しい説明は、あっちに着いてから。習うより慣れろっていうんだろう? 人間は?」

「え!? ちょっ、ちょっと待――」

「さあ、異世界の冒険の始まりだよ」


 私の制止は届くことなく、ヘルメスくんは私の顔に向けて手のひらを突き出した。

 手のひらからはまばゆい光が放たれて、私の意識は、トラックにはねられたときと同じように遠のいていく。


「ああ、そうそう」


 遠のく意識の中で、ヘルメスくんが付け加える。


「圧倒的なふわふわに包み込まれた人生だったね。大丈夫、ちゃんと約束は守っておいたから」



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