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ふわふわ17 エミルルモガニアの花畑

 結論から言うと、夕食を食べ終えた後、私とミオちゃんは村の外に出た。

 要するに私がミオちゃんに屈したわけである。子どもって強いよね。

 ココアは宿の部屋に置いて来た。ドアも窓も閉めといたから、勝手にどっかに行っちゃうってことはないと思う。

 堂々と門から外に出るのははばかられたので、私はミオちゃんを抱きかかえて、ふわふわのスキルで柵を飛び越えた。

 元々、背中から抱きかかえるつもりだったんだけど、魅惑チャームにかかったミオちゃんは正面から抱きついてきた。

 お互いに抱き合いながら空を飛ぶのは、何だかとてもイケナイ気分になってしまった。妙に意識してしまったというか……。

 とにかく、私は着地と同時にすぐミオちゃんを引きはがし、ディスペルの魔法を使って魅惑チャームを解いた。

 そして今、裏山へと続く道の真ん中に経っている。


「サーシャちゃん、行こ!」

「ま、待って、ミオちゃん! 走らないで!」


 走り出すミオちゃんを、慌てて追いかける。いつジェシカさんが戻ってくるかわからないから、急ぐのはわかるんだけど。

 でも、もう日が落ちているから、辺りは真っ暗だ。足元もよく見えないから、つまづいて転んでしまいそう。

 しかし、ふと私は、裏山の方にぼわっと明るくなっている一帯があることに気がついた。一か所じゃない。近いところから中腹にかけてまで、ほのかな灯はあちこちに点在している。


「サーシャちゃん、あれがエミルルモガニアかな?」


 進むペースを落としてくれたミオちゃんが、目をキラキラさせながら私の方を振り返る。

 一番近いところなら、ここからそんなに距離もない。宿屋のお姉さんが言ってた通り、10分くらいで着けそうだ。


「たぶん、そうなんじゃないかな?」

「どんな花なのかな。すごく楽しみ。サーシャちゃんにお花の冠つくってあげるね」

「えぇ!? とっちゃダメだよ!?」

「え? なんで?」

「だって、ここにしかない貴重な花みたいだし……たぶん怒られちゃうよ」

「えー? でもいっぱいあるよー?」

「でも、みんなが摘んで帰ったら無くなっちゃうよ」

「んー、じゃあ、一本だけにする!」


 いや、とっちゃダメって言ったんだけど……まあ、いっか。一本くらいなら。摘んじゃダメとは言われてないしね……。

 我ながらダメな大人だなぁと思いつつ、エミルルモガニアの花畑目指して、私はミオちゃんと並んで歩く。

 花畑は本当に近くにあったようで、二人で他愛ないやり取りをしている間についてしまった。


「うわぁー! サーシャちゃん、すごいね、これ!」


 ミオちゃんが花畑の前に、声を弾ませる。

 ミオちゃんがそうなるのもわかるほど、幻想的な光景だった。

 目の前にはラベンダーに似た青紫の花が咲き乱れており、そこから淡い光の粒子をがこぼれている。

 光の粒子はまるで泡のように、少し空中に浮かび上がると、ポツポツと消えていく。明滅する青紫の光で包まれた花畑。

 その上を、青い羽に黒いまだら模様の入ったチョウが何匹もひらひらと飛んでいる。

 私が呆然として花畑に見とれていると、突然、ミオちゃんが走り出した。


「とうっ!」


 そして、そのままミオちゃんは、花畑にダイブする。


「ミオちゃん!? だ、ダメだよ!?」

「えへへ、ふかふかー♪」


 無邪気にゴロゴロと花の絨毯の上を転がるミオちゃん。

 微笑ましいんだけど、エミルルモガニアが貴重な花だと聞いてるから、ヒヤヒヤしてしまう。誰か来たら、怒られるかも。

 すると、たっぷり転がって髪の毛を花びらまみれにしたミオちゃんが起き上がり、こっちを見る。


「サーシャちゃんも来て!」

「ダメだよ、花畑に入ったら。怒られちゃうよ?」

「大丈夫だよ。来てー」


 ぽふぽふと地面を両手でたたくミオちゃん。今日のミオちゃんは随分わがままだ。

 まあ、どうせすぐ帰るし……ちょっとくらいいいか。ここで断るくらいなら、そもそもここにミオちゃんを連れて来ちゃダメだよね。

 心の中で言い訳しつつ、私は光る花畑の中に足を踏み入れる。ふわっと、足元からたくさんの光の粒が沸き上がって、散る。

 

「ここに座って?」

「う、うん」


 ミオちゃんに催促されて、すぐ隣に腰を下ろす。露に濡れた葉や茎が肌に当たって、少し冷たい。

 ここからだと、エミルの村が良く見えた。私たちが泊まる宿や、ジェシカさんが向かった冒険者ギルド、その他の建物にもまだ煌々と明かりがついている。

 私たちは、それを光の粒に包まれながら見下ろしている。向こう側が、何だか遠い世界のように感じた。まあ、実際、ここは私にとって異世界なんだけど。

 しばらく、何も言わず、ミオちゃんと並んで景色を眺める。すると、先にミオちゃんが口を開いた。


「わがまま言ってごめんね」


 ジェシカさんは、あのとき突き放した。ミオちゃんのことを考えると、私もそうするべきなんだろうけど、それができたらミオちゃんをここに連れてきていない。

 かといって、いいよ、とも言うわけにはいかない気がして。だから、別のことを言った。


「本当に綺麗だね」

「……うん。サーシャちゃんと一緒に見られてよかった」

「私もミオちゃんと一緒に見られてよかったよ」

「……ありがとう」


 口をついて出た返事に、しまったなと思いつつ、嬉しそうにするミオちゃんを見てよかったなとも思ってしまう。

 でも、これでミオちゃんがローズクレスタに帰ることを納得してくれるなら、いいかな。私にとっても、いい思い出ができた。

 私だって、ミオちゃんと一緒にいたい。会えなくなるのは寂しい。けど、ミオちゃんが死んじゃうのはもっと嫌だから。これからの旅は、本当に危ない旅だから。

 エミルルモガニアの花に囲まれながら、私たちは残されたかけがえのない時間を過ごす。お互い、言葉はない。でも、不思議と居心地はよかった。

 だけど、いつまでもいられないよね。帰らないと。そんなことを思ったとき、首に、ふわっとした感触があった。


「え?」


 私の首筋に、ロングソードの刃が押し当てられていた。


「チッ……」


 背後で舌打ち。私は慌てて、立ち上がりながら振り返る。

 ロングソードを握りしめていたのは、浅黒い肌の、銀髪の女性。ただ、両耳の先が鋭くとがっており、明らかに人間ではない。そして、その目は私に敵意を向けている。

 私は慌てて、手のひらを突き出して、アイスニードルの構成を練る。しかし、構成ができあがるより、相手の動きは速かった。


「動くな」


 ロングソードの刃を返し、その女性はミオちゃんにその先端を突きつける。

 一気に血の気が引いた。私はできかかっていたアイスニードルの構成を放棄する。


「やめて、お願い……」

「勇者だな?」


 ミオちゃんに剣を突きつけたまま、女性は冷たい声で尋ねる。

 私は鑑定のスキルを発動させた。


______________________


名前:フィアナ・ノーラン

種族:ダークエルフ

年齢:26歳

職業:魔王のしもべ/魔法剣士

Lv:45

HP:920/920

MP:850/850

攻撃力:586

防御力:425

素早さ:442

かしこさ:521


【スキル】

 剣術(Lv6)

 火属性魔法(Lv9 Max)

 光属性魔法(Lv6)

 闇属性魔法(Lv6)

 魔法適正(Lv-)

 詠唱破棄(Lv-)

______________________


 魔王のしもべ……こんなところにまで。

 いや、冒険者ギルドにも忍び込んでたんだから、そこまで不思議じゃない。むしろ、私が迂闊すぎた。

 正直、今の私にとってはそんなに強い敵だと思えないけど、ミオちゃんを人質に取られてるのはまずすぎるよ。


「お願い、ミオちゃんに手を出さないで」

「両手を上げてゆっくりと立て」


 私は、フィアナというらしいその女性の指示に、素直に従う。

 攻撃手段が魔法しかない私に両手を上げさせる意味はあまりないと思われるかもしれないが、実はそんなことはない。

 魔法の構成は大抵、手のひらを使って練るので、両手を上げさせられるとこっそり構成を練って詠唱破棄で攻撃ということができない。

 いや、相手が魔法を使えなかったら関係ないんだけど、フィアナはばっちり魔法のスキルを持っている。それに、私がアイスニードルの構成を練った後、破棄したこともちゃんと気づいてるみたいだし。

 要するに、魔法を使って不意打ちというのは不可能になったわけで……。

 せめて、ココアがいれば何とかなったかもしれないのに。ココアは今、部屋の中で私たちの帰りを待ってる。

 私がなすすべもなく両手を上げてじっとしていると、フィアナはミオちゃんに剣を向けたまま、言葉を続けた。


「勇者。お前にはこのまま、私と一緒に来てもらう。この子どもの命が惜しければ、素直に従え」

「わかったよ! 従うから! 何もしないから!」


 両手を上げたまま、私は必死に訴える。

 ミオちゃんのわがままを聞いてあげるんじゃなかった。しっかり断わればよかった。ジェシカさんとの約束を守ればよかった。

 どんなに後悔しても、時間が巻き戻ることはない。私はただ、フィアナの機嫌を損ねないようにすることしかできない。

 フィアナは視線を私からミオちゃんに移して、言う。


「お前も両手を上げて立て。妙な動きはするな」


 ミオちゃんも、ゆっくりと腰をあげる。そして、私と同じように両手を頭上にあげた。

 その時、その手から、何かが宙へ放られた。

 直後、目の焼けるような閃光が視界を覆いつくす。


「サーシャちゃんこっち!!」


 たまらず、私が両目を手でおおっていると、その腕をぐいっと引っ張られた。

 思わず転びそうになりながら、私は引きずられるように足を動かす。わけもわからずしばらく走ると、私は突然押し倒された。

 必死に何度も瞬きして、徐々に視界を取り戻していく。やがて、ぼんやりと、私を覗き込むミオちゃんの輪郭が見えてきた。


「ミオちゃん、今の……なに?」

「閃光玉。デンジボタルっていう昆虫型の魔物が持ってる発光器官から作るの。スイッチを押してから、3秒後くらいで爆発して、さっきみたいに光をまき散らすの。あいつがサーシャちゃんと話してる間にこっそり取り出して、スイッチ押してから、両手上げる振りして投げたんだ。投げてすぐ爆発するように、頭の中で時間測りながら」


 あの状況でそんなことやってたの!? ミオちゃん……お、恐ろしい子……。


「それより、静かにして、サーシャちゃん。今は森の中に逃げ込んで隠れてるんだけど、さっきの人、もうじき目が見えるようになると思うの」


 森の中……そういえば、花畑の裏側に森があったような。エミルの村側ばっかり見てたから、全然意識してなかった。

 改めてミオちゃんに感心していると、私の背後から怒声が響いて来た。


「出てこい、勇者! どこに隠れた!」

「サーシャちゃん、顔出しちゃダメ」


 思わず振り向きそうになった私の両肩を、ミオちゃんが強く押さえる。

 どうやら、私は大きな木を背にして座っているようだ。木の幹が邪魔になって、向こう側からはどうやら見えないらしい。

 ん? そういえば、さっきからミオちゃん、私の腕を掴んだり肩を掴んだりしてるけど……。


「ミオちゃん、魅惑チャームは大丈夫なの?」

「……大丈夫。抱き着いて……ちゅ、ちゅーとかしたいけど……我慢できるから……」


 それは全然大丈夫じゃないと思う。今すぐ解かなきゃいけない気がするけど、魔法を使うとフィアナに感づかれるかもしれない。

 それに、今は二人で密着することで木の幹に隠れてる状態だから、魅惑チャームを解くために離れると向こうから見えちゃう可能性もあるし……。

 あれ? これ別の意味で危ない状態なのでは? い、いや、大丈夫! 女の子同士だし! 相手10歳だし!


「今すぐ出てこい、勇者! 出てこないなら、魔法でこのあたり一帯を焼き払うぞ!!」


 フィアナの怒鳴り声を聞いて、私は現実に引き戻された。

 まずい。そんなことされたら、私もミオちゃんも焼け死んじゃう。それどころか、エミルの村の人たちまで巻き込んでしまうかもしれない。

 それに……エミルルモガニアの花畑も全部燃えてしまう。あんなに綺麗な花畑が。私とミオちゃんの大事な思い出が。


「ミオちゃん、ここに隠れてて。私、行かないと」

「ダメだよ。危ないよ」

「このまま隠れてる方が危ないよ。ミオちゃんの居場所がわからないように、ちょっと大回りして別の場所から出るから」

「けど……」

「すぐ行かないと。あの人本気だよ。火属性の魔法の構成を練ってる」


 木の幹から慎重に顔を出して、フィアナの様子をうかがいながら、ミオちゃんに告げる。

 私も知ってる魔法の構成だ。完成には少し時間がかかりそうだけど、あれを森に向かって撃たれら、本当に一面火の海になってしまう。

 だから、それをされないように止めないと。大丈夫。きっと、一対一なら私、あの人には勝てる。


「……ごめんね、サーシャちゃん。私のせいで」


 私の体から手を離して、ミオちゃんが肩を落とした。

 私は返事をせずに、素早く森の中を移動する。ミオちゃんだけのせいじゃない。私だって甘かったんだ。むしろ、ミオちゃんが機転を利かせてくれなかったら、今より状況はずっと悪くなってたはずだ。

 だから、ここからは私が責任を取る。フィアナを倒して、ミオちゃんと一緒に帰る。


「出てくる気はないようだな! いいだろう! 今すぐこの魔法であぶり出してやる!」

「そんな必要はないし、させない!!」


 フィアナが魔法の構成を完成させた直後、ギリギリのタイミングで、私は森の中から飛び出した。

 同時に、走りながら手の中で練り上げていた構成に魔力を注ぎ込む。


「ウォーターバレット!!」


 巨大な水球が正面に出現して、フィアナに襲い掛かる。水属性で最下級の魔法だけど、私のかしこさなら中級魔法程度の威力が出せる。

 火属性の魔法に対して、水属性が相性良いのは言うまでもないし、フィアナが相殺を狙ってきても押し勝てるはず。

 しかし、フィアナは私が予想していたのとは全く違う行動をとった。

 フィアナは完成させていた火属性魔法の構成を破棄。代わりに素早く手の中で別の構成を練り上げて、水球に向けて放つ。

 フィアナの放った構成は、水球の核である私の構成と衝突。直後、お互いの構成は解けるように消えていき、同時に水球も霧散した。

 それは、ライオネットくんに、そしてメフィスにも散々やられたこと。相手が使った魔法の構成に、それを分解する構成をぶつけて魔法を無効化する技術。

 けど……それは、かなり熟達した魔術師やよっぽど高レベルでしかも魔法に特化した魔物にしかできないことのはずなのに。

 私が驚いていると、フィアナはそれを見て、鼻で笑う。


「魔法に秀でたエルフに、そんな低級の魔法が通用すると思ったか?」


 つまり、エルフは魔法が得意ってこと? そういえば、スキルに魔法適正っていうのがあったけど、それのせいなのかな。

 じゃあ、もっと強い魔法を……けど、エミルルモガニアの花畑をあんまり荒らしたくない。できるだけ周りに影響を与えない魔法なら……これ、かな?


「フォトン・レイ!」


 私の手のひらから光線が放たれて、フィアナの右肩目掛けて突き進む。

 とりあえず、肩を撃ちぬけば、剣は握れなくなる。もしかしたら、それだけで逃げてくれるかもしれない。

 しかし、フィアナはまた剣を持っていない左手で構成を練ると、私が放った光線に向けてぶつけて来た。私の構成はまたもあっさり分解され、光線は消滅する。

 今の魔法もダメなの!? この状況で使える詠唱破棄可能な魔法の中で、一番強い魔法だったのに!


「諦めろ、勇者。大人しくついて来れば、手荒なマネはしない」

「ウィンドスラッシュ!」


 返事の代わりに、真空の刃を生み出す魔法で、フィアナを攻撃する。

 するとフィアナは、さっきと同じように私の魔法を無効化しながら、こっちへ向けて走り出して来た。

 ロングソードが突き出した私の腕に振り下ろされる。ふわふわのスキルが発動し、ふわっとした感触だけが私の腕に伝わる。


「大地よ! 強靭なるアギトと化して、彼のものを噛み砕け! 汝、土に還り、輪廻転生の輪へと戻らん! グランド・バニッシュ!!」


 まだ詠唱破棄できない、複雑で高度な構成を持つ、土属性の上級魔法。その構成を地面に放つと、突如として地割れが発生し、フィアナを挟み込むように地面が持ち上がる。

 そのまま、まるで持ち上がった岩盤が合掌するようにぶつかり合い、フィアナを押しつぶそうとした。しかし、フィアナは顔色一つ変えず、手の中で咄嗟に練り上げた構成を足元に投げる。

 すると、フィアナに迫っていた岩盤は砂となって崩れ、その隙にフィアナは何度も私の体を斬りつけて来た。

 ふわっとした感触と同時に、私のMPが削られていく。そんな……上級の魔法でもダメなんて。

 こうなったらもう、メギドに頼るしかない。使ったら確実に相手を殺しちゃうけど――そんなこと、言ってられない。

 私は魔法大全を取り出して、メギドのページを素早く開く。しかし、それを見たフィアナは、左手で強力な火属性魔法の構成を練り上げた。

 その手は、ミオちゃんが隠れている森の方へと向けられている。

 やばい! そう思った私は、咄嗟にフィアナへ体当たりする。


「えいっ!!」

「んぁぁ……っ」


 妙に色っぽい声出すな、この人……。

 と、とにかく、妨害はなんとか成功した。フィアナの手に生み出されていた構成が、維持できずに消失している。

 けど、これじゃメギドを使う余裕がないよ。私自身への攻撃ならふわふわのスキルで無効化できるけど、ミオちゃんを狙われたら無視できない。

 詠唱を中断して、作りかけの構成を維持することはできるんだけど、体当たりなんかしたらさすがに維持した構成が壊れちゃう。ただでさえ、メギドの構成は繊細だから維持が難しいのに。


「くっ! 何をする、貴様! 精神攻撃とは……ひ、卑劣な!」


 一方、フィアナは私から飛びのきながら、顔を真っ赤にして体をかばっていた。

 あ、魅惑チャーム効いちゃってるみたい。っていうか、10歳児を人質にしてくる人に卑劣とか言われたくない。

 けど、これはチャンスかも……と思っていたら、フィアナはディスペルの魔法で自分の魅惑チャームを解除していた。そういえば、スキルに光属性魔法あったな。


「しかし、これでわかっただろう。貴様にもはや打つ手はない。大人しく、降伏してついて来い」


 平静を取り戻したらしいフィアナは、ロングソードをこちらに突きつけながら言った。

 それに、私は違和感を覚える。この人、今まで私を襲ってきた魔物とは違う。だって、カーミラもメフィスも、私を殺そうとしていた。降伏勧告なんてしなかった。

 この人、ここまでして私をどこに連れて行きたいんだろう。魔王のしもべなんだから、たぶん魔王のところだとは思うんだけど……生け捕りにこだわるのはなんで?

 聞いてみようかな……いや、答えてくれないかぁ……でも、聞くだけなら聞いてみても……。


「私をどこに連れて行くの?」

「来ればわかる。貴様が今知る必要はない」

「お、教えてくれたらついていくかも」

「貴様にそんな選択権はない」


 うっ……まあ、教えてくれないとは思ってたけどさ。

 けど、今はそんなこと実際どうでもいい。それより、これからどうするかだ。

 どうするかって言っても、隙を見てメギドの詠唱を完成させるしかないよね。けど、森を燃やされちゃうのは絶対に防がないといけない。

 メギドを唱えながら、フィアナの火属性魔法は体を張って受けに行く……とか? さすがに、当たりに行き続けるのは厳しいかな? メギドの構成を維持できるレベルでしか動けないし……。あと魔法大全燃えそう。

 けど、そうするくらいしか手が……なんて悩んでいると、すぐそばでヒュン! と風を切る音がした。


「ぐあっ!?」


 突然、フィアナが肩を押さえてうめく。後ろから何かが飛んできて、フィアナの肩にぶつかったのだ。

 私は、その何かが飛んできた方向を振り向く。

 すると、そこには頭上でロープをヒュンヒュンと振り回しているミオちゃんがいた。


「ミオちゃん何してるの!? 出て来ちゃダメだよ!」

「いいから! サーシャちゃん、今のうちに!」

「クソ……なんだ、今のは……」


 フィアナにダメージはほとんどないようだったが、混乱しているようで、ミオちゃんをまだ狙う様子はない。

 ミオちゃん、何やったんだろう……。

 気になって、ついミオちゃんの様子を見てしまう。すると、ミオちゃんは頭上で振り回していたロープの軌道を不意に下げた。同時に、パァン! という空気を打つ音が響く。

 何かがものすごいスピードで飛んできて、それが今度は、フィアナの腰にぶつかった。


「つぅっ!?」


 フィアナは腰を押さえたが、ステータスを見るとダメージはほぼない。私はフィアナの足元に転がったものに視線を移す。

 石だ。握りこぶしくらいの大きさの石。ミオちゃんは、ロープを使ってこれを飛ばしているらしい。

 もう一度、ミオちゃんの様子を見る。ミオちゃんが持っているのは、布に二本のロープを結び付けたものらしい。今ちょうど、布の上に石をセットしているところだ。

 ミオちゃんは、布に石をセットした状態で、二本のロープの端をまとめて握る。そのまま、くるくると頭の上で振り回す。勢いがついてきたところで、サイドスロー気味にロープを振り回し、握り込んでいた二本のロープのうち一本を放す。

 パチィン! とムチのような音がして、布の上から石が放たれて――

 見事に私の背中に当たった。ぽふってした。


「ミオちゃん私に当たってるよ!? 誤射だよ!?」

「ちゃんと狙うの難しいの! そんなことより前見て! 戦って! サーシャちゃん!」


 人にこんなでっかい石ぶつけといて、そんなことは酷いと思うなぁ。ふわふわのおかげで痛くないんだけどさ。

 とはいえ、確かにそんな場合じゃないので、フィアナの方に向き直った。そしたら、ロングソードで肩を斬られた。

 なんかもう、あんまりじゃないかな? ふわってしただけで、痛くはないんだけど。

 すると、また私の顔をかすめるようにして、後ろから石が飛んでくる。


「ぐぁっ!?」


 今度は、フィアナの顔面に石が命中。い、いたそぉ……。

 ん、待てよ? これって――


「アイスニードル!!」


 咄嗟に魔法の構成を練って、即座に放つ。

 巨大な氷柱が、フィアナの腹目掛けて射出される。

 今までなら難なく防がれていたその攻撃。ただ、ソフィアは左手で顔を押さえている。

 私の攻撃が見えてない。その手には、私の魔法を無効化する構成は練られていない。

 そして氷の槍が、フィアナのみぞおちに突き刺さった。


「かはっ!?」


 鑑定スキル!!


______________________


名前:フィアナ・ノーラン

種族:ダークエルフ

年齢:26歳

職業:魔王のしもべ/魔法剣士

Lv:45

HP:716/920

MP:796/850

攻撃力:586

防御力:425

素早さ:442

かしこさ:521


【スキル】

 剣術(Lv6)

 火属性魔法(Lv9 Max)

 光属性魔法(Lv6)

 闇属性魔法(Lv6)

 魔法適正(Lv-)

 詠唱破棄(Lv-)

______________________


 やった! かなりダメージを与えられてる! 今ので200くらい削れたみたいだ。

 ちなみに、ミオちゃんが石で与えてるダメージは一発につき1だ。見た目はかなり痛そうなんだけど、そもそもミオちゃんの攻撃力がギリギリ二桁くらいだからね。仕方ないよね。

 でも、ミオちゃんの石が目くらましになってくれれば、私の魔法も当たる。これなら、フィアナを倒せるかも。

 ぽふっ。石が私の後頭部に当たった。いや……痛くはないんだけどさ。もうちょっと、誤射に気をつかってくれないかな……。


「グロリアスヒール!!」


 アイスニードルの直撃を受けたフィアナがそう叫ぶのを聞いて、私はハッとする。

 フィアナの左手が、神々しく光っている。その手を腹に押し付けると、それだけで、氷柱がつけた傷がみるみるうちに治癒していく。

 私は再びフィアナのステータスを確認した。


______________________


名前:フィアナ・ノーラン

種族:ダークエルフ

年齢:26歳

職業:魔王のしもべ/魔法剣士

Lv:45

HP:920/920

MP:786/850

攻撃力:586

防御力:425

素早さ:442

かしこさ:521


【スキル】

 剣術(Lv6)

 火属性魔法(Lv9 Max)

 光属性魔法(Lv6)

 闇属性魔法(Lv6)

 魔法適正(Lv-)

 詠唱破棄(Lv-)

______________________


 HPが完全に戻っている。MPは10しか減ってない。勝てそうだと思ったのに……こんなに簡単に回復されてしまうと、すごく気の長い戦いになりそうだ。

 もっと威力のある魔法を使えばHPをもっと減らせるんだろうけど、ミオちゃんの投石でできる隙はあまりにも短い。詠唱破棄ができる呪文でもっと高威力のものはあるけど、アイスニードルに比べれば構成を練るのに時間がかかる。

 あと、さっきみたいに顔に直撃すればいいけど、ミオちゃんの投石はそこまで安定感があるわけじゃない。石の数もあとどれくらい残ってるかわからない。

 けど……だからこそ、賭けに出た方がいいのかな? アイスニードルのダメージじゃ簡単に回復されちゃうのは確実なんだし。よし、次に隙ができたら、フォトン・レイで一気に決めよう。

 私が、そんな決意をした矢先だった。


「そんな小賢しい手が通用すると思うな! 後ろを潰せばそれまでだ!」


 フィアナが、目の前の私を無視して、ミオちゃんの方へ走り出した。

 フォトン・レイの構成を練るのに気を取られていた私は、大きく反応が遅れる。フィアナの動きは速い。追いかけても、私の足ではとても追いつけない。

 でも、このまま行かせるわけにはいかない。私は、フォトン・レイをフィアナの背中に向けて撃ち出す。


「通用しないと何度も言ったはずだ!」


 振り向きざまに、フィアナが左手で構成を投げ、私のフォトン・レイを打ち消す。

 後ろに目がついているのかと思ったが、よく考えたら、フィアナが走り出す前に構成を練るのを見られていた。

 ミオちゃんとフィアナの距離が近い。貫通力の高いフォトン・レイは使えない。私は急いでアイスニードルの構成を練る。

 ミオちゃんが、接近してきたフィアナに石をぶつけた。その衝撃で、フィアナの足が止まる。その背中に、私が放ったアイスニードルが突き刺さる。

 けど、それまでだった。


「大人しく従っていれば、命までは取らなかったものを!!」


 フィアナの足は止まらない。ミオちゃんとの距離が詰まっていく。ミオちゃんは次の石をセットしようとするけど、とても間に合わない。私も魔法を用意するけど、ミオちゃんの援護なしだとまた無効化されてしまう。

 フィアナは剣を振り上げている。ミオちゃんを殺す気だ。やめて! やめてやめて! お願い! 誰か! 誰でもいいから!


「お願い! ミオちゃんを助けて!」

「わかってる」


 私のすぐそばを駆け抜けた誰かが、耳元でそう言い残した。

 エミルルモガニアが散らす光の中で、束ねたプラチナブロンドの髪が揺れている。マントをはためかせながら、一人だけ世界から切り離されたように、止まった時の中を駆けていく。

 そんな錯覚を覚えるほど、彼女は圧倒的に速かった。

 ミオちゃんのそばに到達したフィアナが、ロングソードを振り上げる。まるでスローモーション。その剣が頂点に達するより遥か前に、彼女は地面を蹴って飛び上がる。

 そして、フィアナがようやく剣を振り上げ切ったとき、彼女は空を蹴った。


流星剣シューティングスター!」


 甲高い金属音が鳴り響く。月明かりに照らされたロングソードの刀身が、くるくると宙を舞う。

 ソフィアは、自分の剣を斬られたことに気づかなかったらしい。もはや鍔と柄しか残っていないそれを、ミオちゃんに振り下ろした。

 何の手ごたえもないことで、ようやくソフィアは異変を悟る。けど、その頃にはとっくに、彼女は剣を納めている。

 うろたえる猶予すら与えず、彼女はソフィアに歩み寄る。


 ドスっ!!


「お……げぇぇぇ……」


 およそ女性の口から漏れるものではない、醜いうめき声とともに、ソフィアは膝を折った。

 彼女は深々とソフィアの腹に拳をめり込ませたまま、つぶやく。


「この程度では許さないからね?」


 距離があるのに、はっきりと声がここまで聞こえてきた。

 やっぱり、ジェシカさんは絶対に怒らせちゃいけないな、と私は思った。


「サーシャ、ミオ。帰ったら、話あるから」


 そして、脱力したソフィアを肩に担ぎあげながら言うジェシカさんの言葉を聞いて、私は絶対に怒らせてはいけない人を怒らせたことを悟ったのだった。

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