ふわふわ14 押し殺していたもの
「ふすぅー……ふすぅー……」
夜。私はベッドの上で目を閉じ、ココアを吸っていた。
三ヶ月、吸い続けられたココアはもう慣れたもの――というか諦めた様子で、枕の上で箱座りをしている。
ただ、今日の子猫吸引はいつもの子猫吸引とは違う。私は悟ったのだ。今までは時間がたっぷりあったが、これからは子猫吸引に費やす時間の確保が難しくなると。
子猫吸引は20分かけてようやくMPが2、かしこさが1上がる。たくさんの時間をかけないと、目に見える効果は期待できないのだ。そこで私は考えた。
睡眠時間を子猫吸引にあてようと。正確には、寝ながら子猫吸引をしようと。
だから、私は今、ココアの背中に顔を押し付けながらじっと目を閉じている。息苦しい。当然のように寝苦しい。でも顔はもふもふしてて気持ちいい。
このもふもふの心地よさの天秤が、息苦しさと寝苦しさの逆に傾いたとき、私は幸せな眠りに落ちることができるはずなのである。
寝ながら子猫吸引。寝ながらかしこさが上がる。まさに睡眠学習。
しかし、この寝ながら子猫吸引はかなり難易度が高い。必死に精神をもふもふに集中しているのに全然寝つけない。体感だと、もう2時間くらいココアを吸ってる気がする。
ちなみに、今、私とジェシカさんとミオちゃんは、三人並んで川の字で眠っている。一つのベッドの上で。さすが王女様のベッドというか、三人で並んで寝ても全然余裕があるほどに大きい。
まあ、私とミオちゃんは10歳の子どもだからっていうのもあるんだけど。なお、つい先日まで私はこの超でかいベッドを一人で占領していた。我ながらなんという贅沢。
っと、いけないいけない。集中して寝つかないと、寝不足になってしまう。
「ふすぅー……ふすぅー……ん?」
もぞもぞと、掛布団が動く感触がした。誰か起きたらしい。ジェシカさんは私のすぐ横でまだ寝ているから、違うとすぐにわかる。となるとミオちゃんか。
薄目を開けて、隣を見る。ジェシカさんがこっちを向いて寝ていた。長いまつげ。鼻筋の通った、端正な顔立ち。解いたプラチナブロンドの髪が、柔らかく顔にかかっている。
人形みたいに綺麗だなぁ……と思わず見とれてしまうが、そんな場合ではなかった。
視線をジェシカさんから奥へと移すと、ずっと寝つけなかったせいで暗闇に慣れていた目が、ベッドから抜け出そうとしているミオちゃんをとらえる。
ミオちゃんは音を立てないよう、そろそろとベッドを降りると、そのまま入口の方へ歩いていく。ちらちらと私たちの方を見たので、起きているのがバレないように、私は体を硬直させた。
ミオちゃんはこちらを見たまま、静かに扉を開けて、そっと閉めながら出て行った。
どうしたんだろう、ミオちゃん。私は心配になって、子猫吸引を中断。ベッドから這い出す。ジェシカさんはよく寝てるみたいで、起きる気配はなかった。
よかったよかった。疲れてるのに、起こしたら悪いもんね。
さて、どうするか。ミオちゃんは随分、私たちが起きるのを警戒してたみたいだった。起こしたら悪いと思ったのかもしれないけど、それならベッドを抜け出した後、あんなにしつこく確認することもないだろう。
心配だから追いかけたいけど、もしかしたらまだドアのすぐ向こうにいるかもしれない。かといって、しばらく待っていたらミオちゃんを見失ってしまう。
だけど、こういうときに便利な魔法が実はあるのだ。私は月明かりを頼りに魔法大全のページをめくる。便利な魔法なんだけど、ライオネットくんとの戦いには使わないから練習してないんだよね。
ジェシカさんを起こさないように、ボリュームを抑えて……と。
「天の目。それは万物を映し出す目。その力の一端を、我に貸し与えたまえ。サーチアイ」
呪文を唱え終わると同時に、私の目の前で練り上げられた構成に魔力が注がれ、魔法が発動する。
子猫吸引をしていたおかげでMPがちょびっとだけ回復していたのだ。私の目には通常の視界とは別に、ミオちゃんを俯瞰している画面が映し出される。
サーチアイ。一度でも目にしたことがある生物の現在位置を、俯瞰視点で見ることができる闇属性魔法。対象は一人で、補足できる距離はかしこさに依存する。
要するにストーカー魔法だ。いや、私はそういうつもりで使ったんじゃないけど! あと、この魔法はある程度のレベルの魔法使いに使うとバレる。でも、ミオちゃん相手なら大丈夫。
ミオちゃんは廊下を歩いているみたいだ。もう部屋からはかなり離れてる。私は、音を立てないようにゆっくりと部屋のドアを開けて、廊下に出る。
そのまま、やはり音を立てないようにそっとドアを閉めてから、サーチアイの視界でミオちゃんの位置を確認しつつ、後を追った。
どこに向かってるんだろう? そんな私の疑問は、ある場所に入っていくミオちゃんの姿を見て、すぐに氷解した。
「ああ……トイレね」
魔法まで使って追いかけてきたのに、トイレかぁ。私はすぐにサーチアイを解除する。このまま見続けたら、本当に変態ストーカーになっちゃうからね。
溜息をつき、踵を返して部屋に戻ろうとする私。しかし、次の瞬間、私の全身を悪寒のようなものが駆け抜けた。
あっ……おしっこしたい……。
今まで平気だったのに、トイレを見たら急におしっこしたくなることあるよね。あるのだ。あるったら、ある。
私はそのままもう半回転し、ミオちゃんが入って行ったトイレへと向かう。そこが部屋から一番近いトイレなのだから仕方ない。
それに、このお城のトイレはいくつもの個室トイレが並んでいるタイプだ。ミオちゃんと鉢合わせることもないだろう。鉢合わせちゃったとしても、おしっこしたくなったって言えばいいし。
私は一番手前のトイレに鍵がかかっているのを確認して、その隣の個室に入る。ふぅ……。
『……ぐすっ……ひぐっ……』
え?
『……お父さん……ひっく……うぅ……ふぐっ……』
薄い間仕切りの向こうから、ミオちゃんの嗚咽が響いてくる。
ミオちゃんが、泣いてる。
私がメフィスを倒して帰って来た時、思いっきり抱きしめてくれたミオちゃんが。
グリフィーネに乗っていたとき、あんなにはしゃいでいたミオちゃんが。
謁見の間に行ったとき、王様の前で緊張しながら、私に「みんな見てるよ? 恥ずかしいよ?」とフォローを入れてくれたミオちゃんが。
お風呂に入ったとき、私に洗われるのを恥ずかしがって真っ赤になった挙句、のぼせて鼻血を出してたミオちゃんが。
悲しい素振りなんて一つも見せなかったミオちゃんが、一人で泣いてる。
「ミオちゃん?」
口にした言葉は、思った以上に大きく響いた。
突然、壁の向こうの嗚咽が止む。
もう一度、私はミオちゃんのことを呼んだ。
「ミオちゃん」
「びっくりした! サーシャちゃん? もー、トイレで話しかけて来ないでよ」
笑いながら、ミオちゃんは言う。さっきまで泣いてたとは思えない態度で。なかったことにするみたいに。
「ミオちゃん、泣いてた?」
「泣いてないよ。なんでそんなこと言うの?」
「だって、泣いてるの聞こえたもん」
「だから、泣いてないよ。もー、怖いこと言わないでよ、サーシャちゃん。お化けかと思うでしょ?」
頑なに、泣いていたことを認めないミオちゃん。
なんで、誤魔化すの? なんで、嘘つくの?
「私、先に部屋に戻ってるね?」
ミオちゃんが個室のドアを開ける音がする。
私は思わず立ち上がって、ドアを開けた。
ミオちゃんがこっちを見る。
一目でわかる。目も顔も、真っ赤に泣きはらしていた。
ミオちゃんはすぐに背を向けて、手洗い場で手を洗い始めた。
顔を伏せたまま、笑った。
「そんなに慌ててどうしたの? お化けって言ったの怖かった? ごめんごめん。じゃあ、一緒に部屋に戻ろっか?」
「ずっと我慢してたの?」
私の言葉に、一瞬、ミオちゃんの動きが止まる。
蛇口から流れる水の音が、静かな夜のトイレに響く。
キュッと、少ししてからミオちゃんが蛇口を閉めた。
「ずっとずっと我慢して……私とジェシカさんが寝るまで待って……一人でトイレに、泣きに来たの?」
ミオちゃんは何も言わない。何も言わずに、うなだれている。
肩がわずかに震えているのが見えた。今も涙を必死にこらえているんだって、それだけでわかった。
私はミオちゃんに、とんでもなく自惚れた言葉を投げかける。
「私のため?」
ミオちゃんが泣くと、私が責任を感じるから。
私が辛い思いをしないように、自分の気持ちを押し殺して、ミオちゃんは今まで我慢していた。
世界が自分を中心に回っているとでも考えてなければ、出てこないような発想。
「だって……サーシャちゃん……街を……私を……守ってくれた」
でも、ミオちゃんが嗚咽とともに漏らした言葉は、それを否定しなかった。
胸がきつく締め付けられる。本当はずっと泣きたかった。でも私のために泣けなかった。
私はミオちゃんが今の今まで必死に涙をこらえていたことに、少しも気づくことができなかった。
辛いに決まってるのに。岩につぶされたパパさんにすがりついて、泣いているのを見ていたくせに。
ミオちゃんが、魔法でパパを助けてと、泣きながら言っていたことを知っているくせに。
私は今の今まで気づいてあげられなかった。
「サーシャちゃんに悲しい顔……して欲しくなかった……パパが死んじゃったのは……サーシャちゃんのせいじゃないもん……」
私が街にいなければ、ミオちゃんのパパはこんなことにならなかったんじゃないか。
実際考えた。自分を責めた。ジェシカさんに力強く否定されても、その考え自体は頭から消えなかった。
「私……魔法でパパを助けてなんて……無理なこと言っちゃったから……だから……サーシャちゃん……戦おうとしてくれたのかなって、思って……」
あのとき、私はミオちゃんのためにしてあげられることは、それだけだと思った。街の人を、ミオちゃんを巻き込まないために一人で行くしかなかった。
戦って、勝って、魔物を追い払うことだけが自分にできるせめてものことだった。
「サーシャちゃん死んじゃったら私のせいだと思って……帰ってきてくれたの本当にうれしくて……だから……これ以上困らせたら……ダメだからぁ……」
『ほら、こんなふうに言われたら困るでしょ? 悪くない人が、自分が悪い―って責めてたら、周りは困るんだよ?』
やっと、ジェシカさんの言ったことがわかった。身に染みて感じた。
私が責任を抱え込もうとしたせいで、私が自分を責めて楽になろうとしたせいで、一番辛い人が泣くこともできずにいる。
「泣いてよ、ミオちゃん」
愚かな私は、恥知らずなお願いを口にした。
「我慢しないで、悲しいなら泣いてよ。私、ミオちゃんが私のために、泣くの我慢してるなんて……それが一番辛いよ」
どこまでも自己中心的。自分の情けなさに泣けてくる。目の前に、私のために涙を堪えて来た人がいるのに、私の目からはだらしなく涙がこぼれた。
「パパさんが亡くなって、悲しくないわけないじゃん! 泣いたっていいじゃん! 私に気遣いとか、そんなのいらないよ!」
どれだけの思いでミオちゃんが涙を堪えてたかもわからないくせに、私は最低のことを言う。
でも……でも!
「ミオちゃんのこと、大事な人だって、思ってるから! ミオちゃんが泣きたいときは一緒に泣きたい! ミオちゃんを一人にしたくないよ!」
夜のトイレに、絶叫が響く。顔は鏡を見るまでもなくぐちゃぐちゃで、吐き出した言葉はあまりにも稚拙で、込められた思いはあまりにもわがまま。
そんな私の体を、ふわりとした感触が包んだ。
「うぐ……ふぐぅ……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私を抱きしめながら、ミオちゃんが泣いた。たぶん、私に負けないくらい顔をぐちゃぐちゃにして。
私もボロボロ涙をこぼしながら、ミオちゃんの背中に手を回して、強く抱き返す。
「パパ! パパぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ため込んでいたものの大きさを表すように、ミオちゃんの号泣は止まらない。
私にできることは、ただミオちゃんと抱き合うことだけ。あの時の悔しさを思い出して、一緒に泣くことだけ。
泣いて、泣いて、泣いて。これ以上ないくらい、泣きつくして。私の涙が止まっても、まだミオちゃんの涙は止まらなくて。
どれくらいの時間そうしていたのかなんて、とっくにわからなくなり、無心にミオちゃんを抱きしめるしかできなくなった頃。
緩やかに、ミオちゃんの嗚咽は止まった。
「…………」
すすり泣きの音すらしない。何も言わず、少しも動かず、かといってもちろん寝ているわけでもなく、ミオちゃんは私に体を預けている。
私も同じように、じっとミオちゃんの体を支えている。
そんな状態だったから、突然の来訪者に反応できなかった。
「落ち着いた? サーシャ。ミオ」
声を聞いただけで、誰かはすぐに判別できた。ただ、体がすぐには動かなくて、私とミオちゃんは示し合わせたように、お互いゆっくりとそちらへ顔を向ける。
トイレの入り口に、ネグリジェ姿のジェシカさんが立っていた。
「よく泣いてたね。城中の人がびっくりして起きて来たよ? あたしが追い返しておいたけど、明日謝らないとね」
ジェシカさんはそう言いながら、タオルで私とミオの顔をぬぐった。叫ぶように泣いてたから、城中に響いていたと言われても違和感はない。
恥ずかしいとか、申し訳ないとか、そういう気持ちは全然沸いてこなかった。それはよくないことだとは思うけど、何というか、心がからっぽになった感じで、すっきりしている。
「後でいいから、何があったのか、あたしにも教えてくれる? って言うところなんだけど、実はほとんど最初から聞いてたから、それはいいよ」
「え? き、聞いてた……の?」
「サーシャがベッドから抜け出したときに目が覚めてさ。そしたら、魔法使って出て行くし、何だろうと思ってついて来てたのよ。全然気づかなかったね?」
驚いて目を見開く私に、ジェシカさんが笑ってそう返した。ミオを追いかけることに夢中で、自分がつけられてることなんか全然気づかなかったよ……。
でも、ジェシカさんが全部聞いてたって言うなら……。
「ジェシカさん、あのね。私、ジェシカさんの言ってたことわかった。なんでも自分のせいだって思い込むのは、ダメだって」
「ん? そっか。それはよかった。けどね、サーシャ。それよりも大切なことがあるよ」
「それよりも、大切なこと?」
ミオちゃんを支えたまま、私はジェシカさんに聞き返す。
すると、ジェシカさんは私の足元に視線を落として、
「パンツをはくこと」
今、それ言わなくていいじゃん。
慌ててトイレから出たせいではき忘れ、足首に引っかかったままのしましまパンツを見下ろしながら、顔を真っ赤にする私だった。
***
翌日、私とジェシカさんは、再び謁見の間に呼び出された。
ミオちゃんはココアと部屋でお留守番をしてもらっている。
「勇者よ、よく来てくれた。改めて礼を言おう。ローズクレスタを守ってくれてありがとう」
謁見の間の大きな扉をくぐると、王様が玉座から立ち上がり、笑顔で出迎えてくれる。
「私だけじゃありません。ジェシカさんも、一緒に戦ってくれました」
「もちろんわかっておる。ジェシカよ。魔王軍の四天王を圧倒したお前の剣技、見事だった。三ヶ月の修行、大義であったな」
「うーん、その後、ボコボコにやられちゃったからなぁ。全然喜べないよ、お父さん」
苦笑しながら、ジェシカさんが頬をかく。確かに、最後はやられちゃったけど、助けに入ってくれた時のジェシカさんはすごくかっこよかったのにな。
「確かに、魔王を倒すという目的を考えれば、現状に満足しているわけにもいかないのかもしれん。ただ、お前たち二人がローズクレスタを救ったのは紛れもない事実。誇るべきことだ」
「大袈裟だなぁ、お父さんは」
「大袈裟なものか。というわけで、正当な報酬を用意した。受け取るがいい」
王様がそういうと、そばにいたメイドさんが二人近づいてきて、私とジェシカさんに大きな革袋を渡した。
開いてみると、ぎっしり金貨が詰まっている。うわ、これ何モースあるんだろ。金貨一枚で一万モースのはずなんだけど。百枚や二百枚じゃないよね、これ?
「こ、こんなにもらえません!」
「いいや、魔物の軍勢とそれを率いる四天王をたった二人で退けたのじゃ。決して多くはない」
私が慌てて革袋を返そうとするのを、王様は手で制した。
とはいっても、こんな大金……と私が戸惑っていると、ジェシカさんが私の肩をつついた。
「ふわぁ……」
何やってんだこの人。
私は即座にディスペル(魅惑を解除する呪文)を唱えて、ジェシカさんの魅惑を解く。
この魔法、これから使いまくる気がしたので、詠唱破棄できるレベルまで寝る前に練習していたのだ。もちろん、抜け目なくココアを吸いながら。
「あっ……えっとさ、もらっとこうよ、サーシャ。だって、これからの旅でお金は必要になると思うし。身を守るための装備とか、便利なアイテムとか、他にもご飯とか宿代とかさ」
ジェシカさんに諭されて、私はおずおずと突き出した手を引っ込める。確かに、お金が足りなかったせいで魔王を倒せませんでした、なんてことにはなりたくないもんね。
「さて、今回の件についての報酬は今渡させてもらったわけじゃが……どうじゃ、勇者よ。何か、聞きたいことや頼みごとなどないかのう?」
「あ、じゃあ、賎民街のことが聞きたいです」
「賎民街か。外壁の中に避難した住民については、避難所を設けてそこで生活させておる。破壊された施設等の復旧や瓦礫の除去については、今、兵を動かして対応しておるところじゃ」
「その……亡くなった人たちは?」
「遺体の回収も兵が行っておる。一か所に集めて火葬し、共同墓地に埋葬することになるじゃろう。遺品については、できる限り遺族の元に渡るようにする予定じゃ」
「……ミオちゃんのパパも、亡くなったんです」
「把握しておる。もうしばらくすれば、回収した遺品が届けられるじゃろう」
届けられるのは遺品だけ……遺体は燃やされて、埋められちゃうのか。
ミオちゃんは、どう思うだろう。嫌……なのかな。でも、もう一度パパさんの遺体を見るのだってショックだよね。
けど、知らない間にパパさんの遺体が燃やされて埋められるのも、同じくらいショックなんじゃないかな。
わかんない。どうしてあげればいいんだろう。
「サーシャ、一緒にいてあげようよ。昨日みたいにさ」
私が思い悩んでいると、ジェシカさんがそう声をかけてくれた。
そう……だね。今、ここで悩んでもわかんない。このこと、後でミオちゃんに話して……必要なら、昨日みたいに抱きしめてあげよう。
私は、切り替えて別のことを王様に質問した。
「ミオちゃんは、このあとどうなりますか?」
「ふむ、報告によると、あの子には父以外に身よりがいないようじゃ。母はすでに亡くなっているようじゃな。祖父母も同様のようじゃ」
ミオちゃん、お母さんいないんだ。何となくそうかなとは思ってたけど、聞けなかった。こういうの、勝手に知っちゃうのって、なんか罪悪感。
「つまり、孤児ということになるわけじゃが、一般的には賎民街の孤児院に引き取られることになる。幸い、そこは被害を受けなかったようじゃしなぁ」
「孤児院……」
どんなところなんだろう。ミオちゃん、いきなりそんなところで暮らせって言われたら、きっと不安だよね。
見学とかできないのかな。できるなら、一緒についていってあげたい。けど……そこしか選択肢がないのに見学する意味ってあるのかな、とも思う。
「お父さん、別にこのまま、ミオちゃんをお城に置いてあげてもいいんでしょ?」
「うむ、そうじゃな。勇者殿の友人ということじゃから、客人として世話をすることもできる」
「それでもいいけど、せっかくだし働いてもらったら? あの子、歳の割にしっかりしてるし」
「そうじゃの。まあ、本人の希望次第じゃな」
へぇ、そういうのもありなんだ。よかった、色々選べる方がミオちゃんにとってもいいよね。
「ところで、勇者殿の今後の予定はどうなっておるのかの?」
私がホッと胸をなでおろしていると、王様がそんな質問を振って来た。
「えっと、まずは部屋に戻ってミオちゃんと話をして――」
「ああ、いや。魔王討伐についての予定なんじゃが」
そ、そうですよね! 今日の私の予定なんか聞いても仕方ないですよね!
「とりあえず、ガルバルディア帝国に行くよ。だから、獣車と手紙の準備をして欲しいかな」
私が赤面している間に、ジェシカさんがそう答えた。
「ジェシカよ、それは危険なのではないか? あのあたりに出る魔物の強さは、こちらの比ではないと聞くぞ」
「わかってるよ。あたし、そこで三ヶ月修行してきたんだから」
「お前が良くても、勇者殿が問題だろう。もう少し、段階を踏んで経験を積んだ方が良いのではないか?」
「言いたくないんだけどさ。サーシャは私より強いんだよ? 問題あるわけないでしょ」
断言するジェシカさんを思わず見上げると、今はって話ね、と付け足された。
ライバルっぽい発言だけど、ジェシカさんは私を守るために、私より強くなろうとしてくれてるんだよね。
いや、実際はジェシカさんの方が強いんだけど。私、勝ってるのMPとかしこさだけだし。あとふわふわ度。
「むむ……まあ、そこまで言うなら仕方ない。お前と勇者殿の身分を証明する手紙と、移動用の獣車を用意しよう。しかし、移動ならグリフィーネの方が便利ではないのか?」
「短い距離ならいいけど、長旅になるからね。荷物をたくさん積める獣車の方がいいんだよ。それに、サーシャがグリフィーネダメだし」
「あぁ……そうじゃったな……」
やめろ、哀れみのまなざしを向けるんじゃない。あんなものに平気で乗れる方がおかしいんだ。
「じゃあ、準備よろしくね、お父さん。もう戻っていいかな?」
「うむ、こちらからの用事はもうない。ただ、勇者殿。何かあればまた、何なりと言うがよい」
「はい、ありがとうございます」
ぺこり、と礼をしてジェシカさんと一緒に謁見の間を出る。
とりあえず、戻ってミオちゃんと話をしないとね。で、それが終わったら。
久しぶり――でもないけど、あの場所に行ってみようかな。