8 =気が付けば争奪戦= 《過去編5》
お姉さまに初めてお会いしたのは繁華街。
立ち尽くして泣いている迷子らしき男の子に声を掛けている所だった。
泣いている男の子に優しく語りかけているお姉さま。
お姉さまの質問にたどたどしく答える男の子、親とはぐれた直後の感情を徐々に思い出したのか
再び泣き出すその子に、オロオロと困った表情を浮かべつつ抱き上げて話しかけている。
視線が高くなった事で、見覚えのある建物を見つけた男の子が「あっち」と指差した。
少し希望が見えてお姉さまの表情も自然と緩む。
「そう、あっちから来たのね」
そちらへ向かって歩いていくお姉さま。
今、思うと小さい子供に話しかけるお姉さまは普段の素っ気ない口調が影を潜めて
女性的な柔らかい口調に変化していたと気付いた。迷子の不安を和らげようと、意図的に口調を直していたのかも知れない。
中性的な雰囲気も捨てがたいが、いかにもお姉さんなこの感じもたまらない。
私も気になって後を追いかける事にした。
建物の前に着いたところで男の子の表情が再び曇る。
「どうかな、ここで間違いないかしら?」
「わかんない…」
じわっと涙が浮かぶ。
「よしワンワンに手伝って貰うからちょっと呼び出すけど驚かないでね」
そう男の子に話しかけると目を閉じて意識を集中し始める。
お姉さまの周囲に薄い粒子が舞い始め、徐々に形を成していく。
「ミソいらっしゃい…」
薄く目を開いて呼びかけると青白い狼が姿を見せた。
召喚獣だ。
お姉さまに良く似合う美しい毛並みの狼だった。
「あの狼、ミソって言うんだ。ふーん、見た目に似合わず可愛い名前」
親しみやすい名前でなんとなく親近感が湧いた。
きっと転生前の姿から引き継いだ名前なのだろう。
周囲の買い物客は、何事だろうと様子を見ていたが慣れたもので召喚獣だと解ると、再び買い物に散っていく。
皇都ではさして珍しくもない情景なのだ。この世界では、多くの兵士が召喚獣を従え、一般人でも戦闘力の殆どない愛玩型召喚獣を従えている人も、結構居るのだ。
「この子の親御さんを探すのを手伝ってほしいの」
お姉さまはそう言うと狼に男の子を近づけた。
男の子は、最初ビクッと引き攣った表情を見せたが、狼の瞳にお姉さまと同じものを感じたのか、抵抗する事なくされるままに大人しくしていた。
狼がじっと男の子を見つめていたかと思うと、スッと虚空へ目を向ける素振りを見せた。
すると、お姉さまが納得したような表情を見せて迷いなく歩いていく。
おそらく、何かしらのスキルが発動して導いているのだろう。
外見からは判別出来ない繋がりで、お姉さまと狼がリンクしていると思われた。
お姉さまが遠くを見つめて目を細める。
「あそこで周囲を見回してる女の人、あなたのママかしら?」
「どこ!?」
「ほら、ちょっと遠いけど噴水の近くね」
「ママだ!お姉ちゃんあれママだよ」
微笑み、そちらへ向かって小走りに進むお姉さま。
近づくと母親らしき女性がこちらに気付いて駆け寄ってきた。
男の子を、そっと降ろすと母親の元へ一目散に駆けていった。
「まあ、どこへ行ってたの?探したじゃない」
「お姉ちゃんとワンワンが一緒に探してくれたよ」
「ありがとうございます」
「いえ、見つかって良かったです」
「お姉ちゃんありがとう!ワンワンばいばい」
笑顔で手を振る男の子と、何度も頭を下げながら去っていく母親を見送る。
「良かった、ミソ帰ろうか」
狼の頭を撫でながら満足そうに微笑んでいる。
(ちょっと素敵かも)
意を決して近づいてみる。
「見つかって良かったですね」
横に立って声を掛けると、お姉さまはびっくりしたような表情をみせた。
「すみません、最初から見ていたんですけど、声を掛ける勇気がなくてずっと気になってついて来てしまいました。
私、今年入学した緑葉柚子と申します」
お辞儀をすると、お姉さまの表情から警戒心が緩むのが感じられた。
「あ、そうなの緑葉さんね。僕は百合車理沙」
「……柚子と、そうお呼び下さって構いません。百合車様、その腰の剣は騎士科でいらっしゃいますか?」
「そう、柚子ちゃんね。僕も、堅苦しいのは好きじゃないから理沙でいい。騎士科の二年だよ」
(ぇ、まさかのお互い名前呼び!?無理無理、恥ずかしい)
「解りました理沙様、私も騎士科です」
なるべく表情を崩さずに平静を装いながら名前を口にしてみる。
(くぅ〜〜嬉しい!!)
「じゃあ、また学校で会うこともあるかな」
「はい、またお会い出来たら嬉しく思います」
「その日を楽しみにしているよ」
そう仰ったお姉さまは、ふわりとても良い香りをその場に残して、穏やかに笑いながら帰っていった。
(…惚れたわ、一目惚れよ!!もうずっきゅんよ!!!)
女学園では上級生が下級生を導く習わしで姉妹の契りを結ぶ事があるという。
「絶対にあの方の妹になってみせるわ!」
今年の第一目標は決まった。
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次の日の朝から理沙様をより詳しく知るべく行動開始。
まずは朝のお出迎えをどこにするか考えながら情報収集。
ご自宅周辺から学園までのルートをチェックし最適な場所に目星を付ける。
「んー、ここかな?この角からパンを咥えながら走ってドンとかやっぱお行儀悪いかな?w
てゆーか、もう出会いは済ませてるんだから普通でいいじゃんね。お淑やかにご挨拶して良い印象を与えないと!」
柚子の家庭は第三都市のバロン位を持つ騎士に仕える従士長の家系で騎士としては平均よりやや上の位を持つ。
女学園に通うだけあって素行教育に関しては厳しめに育てられたが本人の性格もあって型破りな行動をしがちである。
悩んだ末に、結局、学内の当たり障りの無い場所を選び挨拶をする事にした。
「理沙様!おはようございます」
「おはよう柚子ちゃんだったね。キミは何か課外活動とかは考えているのかい?」
「今のところは特に。理沙様はどのような活動をされているのですか?」
「僕のお姉さまが生徒会書記をされていて時々お手伝いしてるくらいかな」
「まぁ!では理沙様は生徒会に立候補なさるのですか?」
「まだその気は無いかなぁ。お姉さまが書記だったのは偶々そうだったってだけだしね」
ちなみに理沙の姉も騎士科だが会長は司法科、副会長は医学科に籍を置く。
(これはまたと無いチャンス、色々とお聞きしなくては)
「理沙様、もし失礼でなければ姉妹の事とか課外活動についてまだ解らない事がありますので、柚子に教えて頂けると嬉しいです」
「そう僕は構わないよ。もうすぐ予鈴が鳴るからお昼休みにでも話そうか」
「是非!!」
「うんじゃあ食事を終えたら僕から呼びに行くよ」
「あ、そんなわたしからお願いしておきながらお手を煩わせるなんて」
「気にしないでまた後で」
またふわりと優し気な香りを残して去っていく理沙を見送る。
離れたところに二人のやり取りを木陰から悔しそうに見つめる影があった。
外見が目立つ割には引っ込み思案な撫子、彼女も理沙の妹の座を狙っている多くの下級生のひとりだった。
「く、なんという事。先を越されて出るタイミングを失ってしまったわ」
結局、この日行動を起こせず後に歯噛みする事になる撫子もふたりが姉妹になるとは予想出来ていなかった。
別グループの下級生もまたひそひそと噂話を始めていた。
「うそ!?理沙先輩に妹?」
「親しげでしたけどそこまでの関係には見えませんでしたわよ?」
「あーショック!わたくし密かに理沙様の妹に憧れてましたのに」
そんな言葉を残しながら校舎の中へ消えていく。
お昼休み、理沙はいつも通りにレイに声を掛けて食事を済ませると、約束があると告げる。
「まあ、珍しい。他の娘と約束だなんてどういう風の吹き回しかしら」
「街で迷子を見かけた話はしたでしょ。あの時に知り合った娘で、学内の事を聞きたいみたいなんだ」
「あらそれなら、わたしも同席して構わない?」
「僕は良いけどどうなのかな、一緒に行って聞けばいいか」
「話が早くて助かるわ」
(疑う訳じゃないけどちょっと女の勘みたいなものに引っ掛かるのよねぇ…何かしら)
すっかり奥様ポジションのレイは、本人も無意識だが理沙周辺の気配の変化にかなり鋭かった。
柚子のクラスへ行ってみると少々奇妙な事が起きていた。
柚子を呼んでもらおうとクラスの子を呼び止めると、既に理沙の使いだと言う人に呼び出された後だった。
「どういうこと…?」
「おかしな話ね、気になるわ」
考え込むふたり。
「呼び止めてすまないありがとう」とクラスの子に声を掛けるとレイに目配せする。
レイは理沙の目を見るとすぐに頷き一目につきにくい場所へ移動して召喚獣を呼びだした。
理沙が意識を集中してレイの鷹へ捜索対象のイメージを送る。
この世界ではお互いの繋がりが深ければ召喚獣への簡単な情報共有も可能だ。
「ヒヨウ行って」
鷹はひと鳴きすると上空へ舞い上がり、レイとのリンクを確かめるように旋回すると高度を上げて探し始める。
鷹の目はすぐに柚子の場所を探し出した。
校舎からやや離れた場所にある水練場の近くだった。
「居た。数人に囲まれてる?」
「嫌な感じだね、行こう」
ふたりは現場に向かった。
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「いったい何なの?理沙様はいらっしゃらないじゃない!」
数人に囲まれ困惑しつつも強気な姿勢を崩さない柚子。
「あなた勘違いされてる様ね、理沙様があなたのような無礼な田舎娘を相手してくださると本気で思っているわけ?」
「…どういう事?」
相手の言葉に動揺する。
憧れているとはいえ、まだ数日前に話をするようになった程度の淡い関係であるのは事実で
相手の深い部分を知っているとは言い難いため容易に自信が揺らいでしまう。
「理沙様があなた如きをお相手するのは時間の無駄とそういう事ですの」
自分は嵌められたのだろうかと不安になる。
「おほほほ…」
「クスクス…あのお顔、ご覧になって」
囲んだ者たちから蔑むような笑いが漏れる。
「り、理沙様はそんな方じゃない!あんたたち何を企んでるの!?」
「あなたが妹になれる訳がないと言っているのですわ」
「言葉で解らないご様子、仕方ありませんわね」
相手がスッと目を細めると召喚の気配が漂う。
「へぇ、その子が僕の妹になれないって?いろいろと興味深い話をしていたようだけど」
囲みのさらに外側から声が掛かると一斉にその方向へ視線が集中する。
召喚の気配も一瞬で霧散してしまった。召喚者の集中が途切れてしまった為だ。
「理沙様…」
「何のつもりか知らないけれど、僕はその柚子ちゃんと姉妹についての話とか、色々教えてあげないとならないんだ。
お昼休みは短いしさ邪魔しないでくれるかな」
「今日は、妹になって貰うお願いをしようかと思っていたところだし」
「!!!?」
一同、その言葉に絶句する。
「理沙、あなた…」
いま思いついただけでしょと理沙の心を正確に悟ったレイはため息をつく。
「り、理沙様あの…?」
顔を真っ赤にして、何が起きているのか呑み込めず困った顔をする柚子。
場の空気に耐えられず動揺する下級生たち。
「本気で仰っているのでしょうか?」
「何、僕が嘘をついてると疑っている訳?」
鋭い視線を向けて威嚇する。
「いえそんな事は全く…し、失礼いたします」
囲みを解いてあたふたと引き上げていく。
元々、理沙に好意的な面々の柚子に対する嫉妬から集まったグループなので、理沙に対しては従順なのだろう。
悔しさから目に涙を浮かべて震えている子もいるようだ。
「…で、この空気どうするの?」
レイがたまらず聞いた。
「え、ああそんな感じで妹にならない?」
実に軽い誘い方をする。
さすがに想定外の展開で思考が追い付かなくなっている柚子。じっと柚子を値踏みする様にみつめるレイ。
再び、はあ、とため息をつく。
「可愛いわね、それも理沙好みの」
「あ、わかる?」
「それはまあ、でも守りたかったんでしょこの子の事。
だけどあなた自覚ないみたいだけど姉妹になるとこの子への影響大きいわよ?」
「なんで?」
「あなた上級生にも下級生にも人気あるもの。目立つのよすごっく」
すっかりカヤの外になっているがうんうんと同意する柚子。
「―――理沙が妹にしたいんですって、あなたの事。どうするの?」
いきなり話を振られてびっくりしてしまった。
「あ、あの」
暫しの沈黙―――やってられないとばかりに手を広げその場を去ろうとするレイ。
「あとはあなた達ふたりの話だからわたしは行くわ」
「あぁ〜待ってよレイぃ」
「何?甘えてもダメ」
「すぐ終わるから!」
そう言うとこちらに振り返り、つかつかと迫ってきて突然目の前に凛々しい騎士が現れた。そう見えたのだ。
片膝をつきこちらを見上げる理沙様。
真っ赤になって答えられなくなってしまう。
「キミを導く役目を僕にやらせてほしい。僕の妹になってはくれないだろうか」
完全におちました…
「―――はい」
これしか返事はできなかった。
そして理沙様は、ご自分の髪に手をやると奇麗な髪留めを外して、わたしにそっとつけて下さった。
「僕なりの姉妹の証」
「ありがとうございます」
天にも昇る気持ちとはこういうのを言うのだろう。
「天然でこれをやるんだから始末に負えない…」
額に手をやり天を仰ぐレイ。
「あの、ではお姉さまとお呼びしても?」
「そうしてくれると嬉しいな」
嬉しさのあまり小躍りしたい気分に舞い上がってしまう。
「はいはい、おめでとう。理沙、やっぱりその場の勢いで決めたでしょ」
冷めた口調で場を収めるレイ。
「失礼だなちゃんと考えてたよ」
目が笑っている。
「嘘仰い!お見通しです」
「ぇー、さすが奥様には敵わないなぁ」
言われて真っ赤になるレイ。
思わず目を逸らす。
(自覚もなしにこういう事をさらっと言うからっ!振り回されて悔しい、もうっ!!)
振り向いて頬にキスをして抱きしめ一言。
「やっぱり誰にもあげない」
ちょっとびっくりした顔をした理沙が柔らかく微笑みながら抱きしめ返す。
「うん、わかってるよ」
「あのー、わたし居るんですけど…」
めっちゃ甘い空気を漂わせるふたりに抵抗する。
そして抱きしめあっているレイ様と視線が合った。
VatunZbababaaaa!!
激しく火花が散る。
「挨拶がまだだったわね、わたしレイ・リナリア。見ての通りで理沙のイイヒト」
妖艶な眼差しでウインクしてみせる。
まだ抱き合ったままだ。
(まけらんないっ、てか、いい加減離れろ!)
この時から、くりくりブロンドとのお姉さま争奪戦は静かに幕を開けたのだった。