好きな人にふられた女の子が優しく慰めてくれる親友に冗談で告白したら親友がガチ百合でそのまま食べられちゃう話
「好きです! 付き合ってください!」
漫画やアニメなんかでよくあるシチュエーションだ。
夕暮れ時、落ち行く太陽が彩る夕焼け空を背景に、誰かが誰かへ愛の告白をする。
告白の言葉さえ、なんの工夫もないテンプレートなもの。
だけどそれは余計な装飾を取っ払った本心ゆえのものであり、当人からしてみれば、他のどんな言葉よりも真剣に思いを込めた言葉だった。
「ごめん。俺、他に好きな人がいるんだ」
そしてだからこそ、こうしてその思いが実らなかった時、頭の中が真っ白になって、なにも言えなくなってしまう。
冬に近づきつつある、秋の季節。
冷たい風が、立ち尽くす少女を包み込んだ。
「うぅあああああっ、うぅ、ひっぐぅ……ふ、ふられぢゃっだよぉ……!」
ところ変わって、見事玉砕してしまった少女の親友の家。
振られた現実を認識した少女が真っ先に向かったのは、少女がもっとも親しいと認識している親友の家だった。
少女の親友こと雫が、インターホン越しに泣きわめく少女を見た時は心底驚いたものだったが、結局はなにも聞かずに彼女を自室まで迎い入れた。
「よしよし……辛かったね、陽菜ちゃん」
初めはただただ嗚咽を漏らしているだけだった少女こと陽菜だが、雫が抱きしめて背中を優しく撫でたりとなぐさめているうちに少しだけ落ちついた。
そして陽菜が語る断片的な情報から、雫はすぐに事情を察したようである。
もっとも、泣いている陽菜を見た時から薄々感づいてはいたのだが。
「ご、ごめん、ね。きゅ、急に押しかけだり、っうぅ、し、して……」
「こら。一番辛いのは自分のくせに、人の心配なんてしようとしないの。私なら全然大丈夫だから……ね? 陽菜ちゃんは自分のことだけ考えてればいいの」
「で、でもぉ……! ふ、服とが、うぅ……すごい、汚しぢゃって」
「いいから。服なんかより陽菜ちゃんの方が大事」
「うぅ……ぁうぁあああっ、わぁあああんっ!」
よしよし、と雫は母親のように陽菜をあやし続ける。
陽菜が泣き止んで完全に落ちついたのは、それから二〇分ほど経った後だった。
「はい、お茶いれてきたよ」
「うん、ありがとう……ごめんね、雫ちゃん」
「それは言わない約束。でしょ?」
「あはは。うん」
陽菜が落ちついた頃を見計らってお茶をいれてきた雫は、陽菜に湯呑を渡す。
そうして二人してお茶を飲んでから、ここまで陽菜の話を聞いているだけだった雫は、そろそろ大丈夫かと自分から陽菜の事情に踏み込んでみることにした。
「それで陽菜ちゃん。やっぱり、その……太陽くんに、ふられちゃったの?」
その名前を口にすると、陽菜が目に見えて落ち込む。
「…………うん。ふられ、ちゃった」
「……そっか」
「ごめんね。雫、ずっと応援してくれてたのに……」
「だからそれは言わない約束。それにさっきも言ったけど、一番辛いのは陽菜ちゃんなんだから」
ベッドを背に、下を向いている。そんな陽菜の対面で同じように床に座っていた雫だったが、そっと立ち上がると、陽菜の横に腰を下ろした。
肩と肩が触れ合う距離。少しでも人肌を近くに感じさせることで、陽菜の心の痛みを和らげたいという雫の心遣いを、陽菜はひしひしと感じていた。
陽菜と雫は小学校からの付き合いだ。
口数が少なくおとなしかった雫に、活発で男勝りな陽菜が興味本位で話しかけたことから二人の友人関係は始まった。
まるで正反対の二人だったが、むしろだからこそ歯車が噛み合うように、親友と呼べるほどにまで仲良くなれたのかもしれない。
中学に上がってからは陽菜が野球部のエースだった太陽に一目惚れをして、少しでも女の子らしくしようと努力する陽菜を、雫は常に隣で応援してくれていたものである。
そんな彼女に何度勇気づけられたかわからない。
「……ねぇ、雫はさ、誰かにふられたことってある?」
きっと今の自分は相当うざったいだろうに、雫は一切鬱陶しがらず、ひたすら優しく接してしてくれる。
それはもしかしたら同じ痛みを知っているからなのではないか。
なにげなく問いかけてみると、雫は少し困ったように笑った。
「うーん……ふったことなら何度かあるけど……」
「え。ちょっと待って……え? 雫、告白されたことあったの?」
「年に一回くらいは……」
「そんな……! 雫に変な虫がつかないよう、雫の周りは私が見張ってたはずなのに!」
「あはは。陽菜ちゃんお父さんみたい」
「そこはせめてお母さんにして!」
空元気だが、おふざけができるくらいには回復した陽菜を見て、雫は少し安心したようだった。
「でも、告白されてたのに断ってたんだ。なんで? もしかして……他に好きな人がいるとか?」
「……陽菜ちゃんもしかして、他に好きな人がいるって言われてふられたの?」
「わ、私のことはいいから! 雫のこと!」
反応で図星であることはバレバレだったが、誤魔化すように陽菜は話の続きを促す。
雫は「んー」と少し唸った後、ふるふると首を横に振った。
「え? いないの? じゃあなんで断ってたの? タイプじゃなかったとか?」
「そういうわけじゃない……わけでもない、のかな? なんていうか、私にはそういうの向いてないかなーって」
「いや向いてないって……せっかく雫可愛いのに。もったいない……」
「もったいないって、陽菜ちゃんは私のお父さんじゃなかったの?」
「お母さんです! いやお母さんでもないけど!」
「ふふ。陽菜おかあさーんっ。なんてね?」
がばぁ、と陽菜の胸に飛び込む雫。さきほどは陽菜が雫の胸で泣いていたので、その逆だ。
雫は学校ではいつも大人しい優等生なので、こんなお茶目な雫の姿を知っているのは、きっと陽菜だけだろう。
もう、雫はしかたないなぁ。
と、今度は陽菜が雫の頭を撫でてみたりとかしてあげようとしたところで、雫が小さな声でなにかを呟いていることに気がついた。
「大丈夫だよ、陽菜ちゃん。そんなに強がって、意地を張らなくても……」
「雫?」
「いくらでも泣いていい。どれくらいでも迷惑かけてくれていいから……なにがあっても、私はずっとそばにいるからね。私だけはずっと陽菜ちゃんのそばにいるから」
ね?
そう言って上目遣いで微笑んでくる親友の姿を見て、ほんの一瞬、陽菜の心臓がドキッと跳ねた。
(こ、これはまさか……恋!)
と、一瞬心の中でふざけ気味に叫んでみてから、肩をすくめる。
(って、そんなわけないない。確かに雫は本当にいい子で可愛くて優しいけど、おんなじ女の子だし。でも……ふふ。ちょっとだけからかってみようかな?)
雫なら、こういうからかいをやっても気持ち悪がられたりはしないだろう。
せいぜい後でちょっと怒られるくらいだ。
それくらいなら全然なんてことはない。
よし、と意を決した陽菜は、黙り込んだ陽菜を胸の中で不思議そうに見つめてきている雫に微笑んだ後。
ぎゅっ、と雫を抱きしめた。
「ひ、陽菜ちゃん?」
急な陽菜の行動に、雫はあわあわと狼狽えている。
「雫は可愛いなぁ」
「あ、あの」
「可愛い」
耳元で囁くように言えば、雫はくすぐったそうに身じろぎをする。
「ねえ、雫。私、雫のこと好きになっちゃったかも」
「え? す、好きって……わ、私も陽菜ちゃんのことは、その、好きだよ……?」
陽菜はふるふると首を横に振る。
「そういう好きじゃなくて、もっと特別な意味……わかるでしょ?」
「あ、あの、えっとっ、あの」
「弱ってるところにつけ込んで優しくするなんて、雫は案外悪女だね」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「わかってる。雫はただ、私が心配だっただけなんだよね? だから私も雫を好きになっちゃったんだよ」
「あ、あぅ……」
抱きしめている関係で今の雫の表情は窺えないが、耳が真っ赤になっていることだけはわかる。
これは……少し意外な反応かもしれない。
陽菜としては「もー、陽菜ちゃんってば調子のいいこと言ってー」と頬を膨らませるくらいの軽い反応を予想していた。
しかし、まさかここまで慌てた反応が見られるとは……。
なんだか段々と面白くなってきて、初めは早々に種明かしするつもりだったはずの陽菜も演技をさらに続けてみた。
「雫は昔からそうだったよね。私が落ち込んでたりすると、励ましたり優しくしてくれたり。私がなにかを頑張ろうって思った時なんかは、いつだって一番近くで応援してくれた」
「そ、それは……だ、だって、陽菜ちゃんはいつも私を守ってくれるから……だから私も、せめて陽菜ちゃんを支えたいって、そ、そう思って……」
「雫は優しいね」
「や、優しくなんて」
「私ね、やっと気づいたの。私のことを一番よく見てくれてたのは雫だったんじゃないかって」
「そ……それって……?」
「私が苦しい時、辛い時、雫はいつも私のそばにいてくれた。私を一人にしないよう、ずっとそばにいてくれた。雫が隣にいることが当たり前になりすぎて、よく見えていなかったけど……やっと気づいた。私が本当に好きなのは、太陽くんじゃなくて……」
「あっ」
ここで一瞬だけ雫を引き剥がし、あらわになった雫の顔の両頬を両手で包み込む。
雫はこれでもかというほど顔を紅潮させていて、今まで一度も見たことがないような潤んだ表情をしていた。
「きっと、雫だったんだって」
「…………」
雫は、その言葉に目を見開いて。
そしてその状態のまま、硬直する。
そのまま数秒の時が過ぎて……それでも雫は動かない。
ん? と思った陽菜は、試しに雫の頬をつついたり引っ張ったりしてみるが、まったく反応がなかった。
(……あ、あれ? 雫、動かなくなっちゃった……ちょっと調子に乗ってからかいすぎたかな……)
そろそろ冗談だということを教えてあげた方がいいか。
そう思い、真実を告げるために早速口を開こうとした陽菜だったが、ふと。
「う……うぅ……あうぅ、えっぐ、ひっ、ぅう……!」
「え? え?」
停止状態から再起動したかと思えば、突如泣き出した雫に、陽菜はなにも言えず目をぱちぱちと瞬かせた。
(え? こ、これ……本気で泣いてる? もしかして、そんなに気持ち悪かった……? や、やばい、からかいすぎたかも……これは土下座と奢りくらいは覚悟しないといけないか、って、そんなこと気にしてる場合じゃない!)
下手を打てば今のお互いの関係に致命的な亀裂が走ってしまいかねない、この状況。
とにもかくにも、今は雫を落ちつかさねばならない。
そのためにも、まずはとにかく早急に真実を告げる必要があるだろう。
泣いている雫をなだめながら、陽菜は慌てて口を開いた。
「し、雫? きゅ、急にごめんね……気持ち悪かったよね。本当にごめん。あれは冗だ――」
「違うっ。違うの……うれ、嬉じ、くて」
「え?」
嬉しい? どういうこと?
陽菜の言葉を遮って放たれた雫の言葉に、ぽかんとする陽菜。
そんな陽菜に、流れ出る涙を止めようと目元をさすりながら、雫は続けた。
「陽菜、ちゃん……初めて会った日のこと、覚え、てる?」
「え? う、うん」
「私……ずっと友達が欲しかった。でも誰かに話しかけるのが怖くて、俯いてばっかりで……そんな私に、陽菜ちゃんが話しかけてくれた」
「うん」
引っ込み思案で、いつも自分の席で俯いていた雫。
ただ、隣の席だったから。ただそれだけの興味本位で、陽菜は雫のことをもっと知りたいと思って、雫に話しかけた。
それがまさか親友と呼べるほどにまで仲良くなるとは、あの頃は思いもよらなかったけれど。
「陽菜ちゃんのことね、私、ずっと凄いなぁって思ってた。明るくて、誰とでも仲良くなって……私なんて、陽菜ちゃんにとってはたくさんいるクラスメイトの一人に過ぎないのかもしれないけど。それでも嬉しかったの」
「クラスメイトの一人って……違うよ。私は雫と話してるの、すごい楽しかったもん。他のどんな人と話してるより楽しかった」
「うん……知ってる」
雫は少し落ちついてきたようで、涙はもうほとんど止まっていた。
だけど苦しそうな、だけど幸せそうな、矛盾した顔はやはり、陽菜が知らない雫の顔で。
「陽菜ちゃんが私と話してる時だけ、一番の笑顔を見せてくれる。私を見つけた時に、本当に嬉しそうな笑顔で近づいてきてくれる。それが本当に嬉しくて……いつしか陽菜ちゃんのことばっかり考えるようになってた。陽菜ちゃんのなにげない仕草も、目で追いかけてた」
「私を……?」
「……少し切なくて、でもすっごく温かい。初めはね、この気持ちがなんなのかわからなかったの……ただ、大切な友達だからって、そう思ってた。でも、中学に上がって、陽菜ちゃんが太陽くんのことを好きになったかもって教えてくれた時……どうしようもないくらい、胸の奥が痛んだ」
「あ、あの時……?」
雫がなにを言っているのかは、よくわからない。
でも、陽菜の記憶では、あの時雫は平然としていたように覚えている。
平然と、そうなんだと相槌を打って。
応援してるよ、なんて……笑顔で言ってくれた。
「痛くて痛くて……家に帰ってから、これでもかっていうくらい泣いて……それで、気づいちゃった。私は、きっと、陽菜ちゃんのことが好きだったんだって。友達としてじゃなくて……異性に向けるみたいな、そんな……」
陽菜は、ふられて泣きわめいてばかりの自分を雫は一切鬱陶しがらずにただただ優しくしてくれたのは、同じ痛みを知っていたからなのではないかと思った。
それは間違いではなかったのだ。
雫は陽菜が知るずっと前から、それを知っていた。
その痛みを味わって……否、味わい続けて。でもきっと誰にも明かさず、一人で抱えて、笑ってきた。
「ずっとずっと気のせいだって、勘違いだって言い聞かせてきた。痛みを抑えつけて、笑顔を貼り付けて、陽菜ちゃんの恋を応援して……陽菜ちゃんが幸せならそれでいいじゃないか、って……自分に言い聞かせて……だってこんなの、絶対おかしい。陽菜ちゃんは同じ女の子なのに。この気持ちがたとえ本当だとしても、どうせ叶わない恋なのに……」
「し、雫……」
「でも……でもぉ……」
ぎゅぅ、と雫は陽菜の服の裾を掴む。
「もう無理、だよぉ……こんな、陽菜ちゃんの方から好きだなんて言われたら……ずっとずっと、我慢してきたのに。こんなのダメだって、抑えつけてきたのに……私……もう、自分の気持ちを誤魔化しきれなくなっちゃう……」
「雫っ?」
今度は雫が、陽菜の頬を両手で包み込んだ。
まっすぐに見つめてくる雫の濡れた瞳から、陽菜は目をそらすことができない。
わからない。どうして? このままじゃダメだ。突き飛ばさなきゃ。
突き飛ばさなきゃ、いけないのに。
そうしなきゃきっと、もっと大変なことになるのに。
体が動かない。
段々と、雫の顔が近づいてくる。
「陽菜ちゃん……私も陽菜ちゃんのこと、大好きです。どうか私と……付き合ってください」
「っ、待ってしず――!?」
待って雫、あれは冗談だったの――と、言うはずだったのに。
いきなり唇を奪われて、声が出せなくなる。
いや、いきなりではない。雫はちゃんと自分の思いを語りながら、順序立ててここまでしてきた。
陽菜が口を挟めるタイミングは幾度となくあったはずだ。
なのにそれをしなかった。できたはずなのに、まるで期待するかのように話を聞き続けて。
それは、なぜ……?
(し、舌……は、入ってきてるぅっ……!)
唇を越えて侵入してきた滑らかな感触が、陽菜の口内を蹂躙していく。
陽菜はこんな雫を知らない。陽菜が知る雫はもっと大人しくて、おしとやかで、優しくて。なのにこれは……。
「あっ、し、しずく、んんっ……!」
女の子同士なのに、親友なのに、こんなのはいけない。
そう思って、咄嗟に自分の舌で雫のそれを押し返そうとして。だけどキスなんてまともにしたことがない陽菜は、それが逆効果であることを知らなかった。
まるで贄として差し出されたような哀れな陽菜の舌を、雫のそれは嬉々として絡め取る。
舌と舌が触れ合う感じたことのない未知の感触に、陽菜は目を見開いた。痺れるような快感が全身に伝って、びくびくと体が何度も跳ねる。
次第に体に力を入れることが難しくなって、口の端から、はしたなく唾液が垂れた。
そんな陽菜に、何度も何度も、雫はついばむように口付けを繰り返す。
「れろ……ちゅっ、ひなちゃ、んっ……!」
「し、んっ、し、しずっ、は、んぁっ……く……」
いつの間にか陽菜の体は押し倒され、雫がその上にのしかかりながら、それでもずっとキスを続けていた。
何分もそうしていたのではないかと疑うほどの体感時間の果て、やがて満足したのか、雫がそっと唇を離していく。
何度も何度も触れ合ったお互いの舌がお互いの唾液で糸を引き、それを嬉しそうに舐め取る扇状的な雫の顔を間近で見てしまって、陽菜の心臓が今までで一番大きく音を鳴らす。
あいかわらず、体に力が入らない。顔はこれでもかというほど真っ赤になっているのがわかるくらい熱くて、収まることを知らない。
「ふふ……陽菜ちゃんの、おいしい」
「ぁ、あぅ……」
「……ねぇ、陽菜ちゃん……もう一回、いいよね?」
なんて聞く割に、陽菜が答えを言うよりも早く、再び雫の唇が陽菜の唇に触れる。
雫が好きだと言ったあれは、冗談だ。
そう、冗談……の、つもりだった。
だけど、この胸の高鳴りは本物で。雫をどうしても強く拒絶できない自分がいることも確かで。
まるで貪るように接吻を繰り返す雫のことを、どうしようもなく可愛いと思ってしまっていることも、間違いがなくて。
飲み込まれそうになる意識の中、震える手に懸命に力を入れて、雫の方へと伸ばす。
そうして取った行動は、雫を突き飛ばすこと……ではなかった。
なぜか陽菜は自ら引き寄せるように、雫の背に手を回してしまっていて。
そんな陽菜の健気な仕草に、雫が陽菜を愛する行為がさらに激しさを増す。
しまいには、ブレザーのボタンにまで手が伸びてきていて。
(あぁ……私、もうダメかも……)
結局陽菜はその日、最後まで雫を拒絶することはできなかった。
最後まで……。
「陽菜ちゃん、ご飯できたよー」
「んー……あ、うん……」
「えへへ。居間で待ってるからー」
翌日。
カーテンの隙間から差し込む朝日と、自分を呼ぶ聞き慣れた声で目を覚ました陽菜は、小さくあくびをして起き上がった。
それから周囲を見渡して、自分の格好を見下ろし、一瞬だけ思考が停止する。
しかしその直後、陽菜の頭の中に昨日の出来事のすべてがフラッシュバックして、ぼんっ! と湯気が出そうなくらいに一気に顔が真っ赤に染まった。
結局あの後、外がもうすっかり暗くなっていたこともあり、陽菜は雫の家に泊まっていた。
次の日は土曜だから学業に支障はなく、電話した陽菜の両親も仲の良い雫なら安心ということで、あれよこれよと話が進んでしまったのだ。
なので当然、陽菜が今いるのは雫の家。しかも雫の部屋の、雫のベッド。
陽菜が寝ていた場所が雫のベッドなら、雫はどこで? ……なんて、考えるまでもないことだ。
「し、雫……お、おはよう」
ひょこっ、と廊下と居間の境目から陽菜が顔を出すと、台所に立っていた雫が微笑んだ。
雫の両親はなにやら仕事の用事でしばらくいないらしく、いるのは陽菜と雫だけ。
「おはよう、陽菜ちゃん。今お茶淹れてるから、そこに座ってて?」
「は、はい」
「敬語? 変な陽菜ちゃん」
雫はなんてことないように、くすくすと笑っている。
(……き、昨日のこと、雫覚えてないのかな……?)
あまりに普段通りな雫の様子に、そう疑ってしまう。
それとも……もしかして、夢だった?
――ふふ……陽菜ちゃんの、おいしい。
一瞬、親友の乱れた姿が頭をよぎり、陽菜はぶんぶんと頭を振り乱した。
(いやいや夢なわけないから! こんなはっきり覚えてるのに夢とかありえないから! 第一、夢だったら私親友でなんて妄想してるの? って話だよっ! 失礼極まりない!)
でも現実なら現実で、「なんでこんなことに」ってことになって。
でもでも後悔してるかと言われると、別にそういう気持ちは自分の中から全然感じられなくて。
(そう、親友……親友、だったんだよね。で、でも今は……あぅう、わ、私はどうすればいいの? き、昨日は勢いであんなことになっちゃったけど、今後私は雫にどんな風に接すればいいんだろう? わ、わかんない、わかんないよ……)
陽菜があうあうと一人で唸っているうちに、雫もテーブルにやってくる。
ビクッと震えた陽菜に不思議そうに首を傾げた後、雫が座ったのは、当然のように陽菜の隣だ。
「じゃあ、食べよう?」
「う、うん……い、いただきます」
「いただきます」
隣で食べ始めた雫のことを気にしつつも、いつまでもそうしていたってしかたがない。
陽菜も朝食に手をつけ始める。
「どう? 陽菜ちゃん。ちゃんとお口に合う……?」
「大丈夫。おいしいよ」
「そっか。よかったぁ……」
本当に安心したように笑っている雫は見るからに無害そうで、まったく危険は感じられない。いつも通りの雫。
陽菜は心の中で、ほっと息をついた。
(と、とりあえずいつもみたいに接すれば大丈夫そうかな……昨日はいろいろ驚いたけど……)
しかし、そんな油断した陽菜の心を見透かしたかのように、雫がずいっと陽菜の耳に顔を近づけてきて。
「でも、昨日の陽菜ちゃんも、すっごくおいしかったよ」
「~~~~~~っ!?」
完全な不意打ち発言に、朝起きた時のように一気に陽菜の肌が朱色に染まる。
やはり夢ではなかった。いやわかってはいたけれど。
「き、きのうはっ! そのっ、あの……!」
言い訳をしようと慌てて口を開くものの、次の言葉が出てこない。
(な、なんて言えば……わ、私もおいしかったよとか? いやそれはハードル高すぎるっていうかそもそもよく考えたら別に返事する必要なくないっ!?)
なにを言えばいいのか、どころかそもそもどんなことを伝えたいのかもわからず口を開いたせいで、ただただ吃る。
そんな風に狼狽える陽菜をじーっと眺めていた雫は、口に手を当てて小さく笑った後、そっと陽菜に寄りかかった。
「……ねえ、陽菜ちゃん。この後って……ダメ?」
切なげな顔と瞳で、陽菜を見つめる雫。
その頬は少し、恥ずかしそうに赤らんでいる。
ドキッと跳ねた心臓の音を無視するように、陽菜はそっぽを向いた。
「だ、だめってなにが」
「ダメ?」
「だ、だからダメってなんの」
「ダメ、かな……?」
「……あ、あの……だ、だめ、じゃない……です」
このままとぼけているつもりだったはずが、最後にはそう返事をしてしまう。
完全に縮こまって、耳を澄まさないと聞こえないくらいの、小さな声で。
それでも雫にははっきり聞こえていたようで、まるで花が咲いたように雫の笑顔が今日一番の輝きを放った。
「ありがとう、私の可愛い陽菜ちゃん」
「……雫のえっち……」
「こういう私は、嫌い?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「よかった。私も陽菜ちゃんのこと、大好きだから」
「……うぅー……」
まだ朝なのに、とか。
女の子同士なのに、とか。
昨日その……散々したのに、とか。
いろいろと文句はあるはずなのに、きっとやっぱり……。
冗談ではなくて、本当の意味で陽菜も雫を好きになってしまったから――なのだろう。
キスはセーフ…セーフのはず…。