旅の祈り
蒼い空、雲ひとつない空、旅に出るのに絶好の日だった。まだ寒さの残る春先に旅装をまとって神殿宿舎の入り口に立っていた。
「ここともお別れか・・・」
二年、ここで楽器の扱いと旅について学んでいた。吟遊詩人は街から街へ旅をしながら生きる、旅は日常のようなものだ。二年も過ごした場所から旅立つのは寂しいが、俺が目指したのはそういうものである。
「祭壇に行くか」
神殿の本殿に向かって歩いていく。まだ朝早いが、何人かとすれ違っていく。みんなへの挨拶は昨日のうちに済ませているから、改めて話すことはない。別れの多いこの職だからか、みんなあっさりとした話だけだったけど、応援はしっかりと受け取っている。
本殿前に着くと、誰かが祈りを捧げていたようだ。笛の透き通るような音が鳴り響いている。邪魔になってしまうかと思い、本殿前で待っていると不意に音が途切れ入室を促される。
「どうぞ、入ってください。レオーネ君でしょう?」
「すみません、邪魔しちゃったみたいで。ザイン神官長」
謝罪をしながらザイン神官長と顔を合わせる。歳は50前半で白髪が混じってきているが、まったくそうは見えない精悍な体つきである。その手に持っている小さな笛とがアンバランスで特徴的だ。
「構いませんよ、朝のお祈りですか?」
「はい、ここで祈れるのも最後になるかもしれませんから」
旅をする以上必ず危険を伴うのだ、戻れなくなるリスクは無くなることはない。もちろんそうなってしまう気はないが。
「大丈夫ですよ、私が教えた中で笛も魔法も剣も一番覚えがよかったですからね。さぁ、出発前に神に祈りを」
無言で祭壇の前に脚を進める。この神殿から旅をするものは必ずこの祭壇で祈りを捧げていくのが決まりとなっている。音楽神フェオ様は吟遊詩人に旅の安全を祈って加護を与えて下さるのだ。
神への祈りは、その神によってやり方が異なっている。例えば鍛冶神であれば祭壇である炉で金属を鍛えることが祈りであるし、戦神であれば祭壇上で演舞をするのが祈りになっている。それぞれ神の神殿によって祭壇の形が違うのだ。
祭壇の前に立ち、自分の竪琴を取り出しこの二年培ってきた自分のすべてをここで表現する。先ほど聞こえていた神官長の音色とは雲泥の差ではあるが、自分のすべてを出していく。
そうしているうちに遠いところに何かを感じる。暖かい、見守るような何かを。その暖かさに浸っているうちに演奏が終わってしまった。もっと演奏していたいと思うも、今の自分ではこれ以上には到れないという確信もある。心残りを感じながらも祭壇から離れ、神官長の元へ戻っていく。
「さて、旅立ちの祈りは見届けました。あなたが良い唄を作れるように、旅が様々な音に恵まれるように祈っていますよ」
「ありがとうございます、この旅で必ず"自分だけの唄"を作って戻ってきます」
本殿を出て神殿の門へと向かっていく。何度か振り向いて神殿を見ると寂しさで心が寒くなってくるが、何とか振り切って門から外へ出て行く。そのまま歩き続け、街の外まで出てきたところで再度振り返り、街をしっかりと目に焼き付ける。いつかここに戻ってくるために。
踵を返し、次の街に続く街道を歩いていく。どこか感じる暖かさを胸に。