情報、それは生存ルートに必要なビタミンです
珍しく『男性ゲーマーが乙女ゲームをやってみた結果』、みたいな
――この世界が乙女ゲーム『トライロゼ』の世界だと知った時は、それから一年後の言葉を覚えた時。
唐突に何を言っているのかとのツッコミはさておき、先ずは落ち着いて情報の整理と今後の予定を建てよう。
コホン…親の姓が『ナトラディア』と聞こえた時は一瞬何を言っているのか理解不能だった。
ナトラディア、と言う事は確かオルトヴィーヤ王国の辺境伯の姓だった筈…と。
――肝が冷えた。
と言う事は、だ。
つまり今の僕は『トライロゼ』の悪役令嬢その二『ロザリント・エルネ・オル・エリザヴェト・リア・ド=ナトラディア』だと言う事か、と。
…実際は姉であるエルザ・オリヴィエ・フィオール・ド=ナトラディアが『令嬢』で僕はその“弟”で、父・マイゼラートの“子息”という立場なのだが。
というのもややこしい話、『トライロゼ』作中で彼がどういった立位置且つ設定のキャラなのか語られる所か言及されていないため、ただクリアしただけでは誰も知らないだろう。
原因は祭典で出品された同人ゲームだという事、公式設定集が無かった事、販売後時を置かずして開発陣の企画・及び総監督が事故で帰らぬ人となってしまっていた事、その更に後で大手メーカーから発売された物には一番重要なルートがカットされた事に起因している。
当然僕は当時直ぐに購入してやり込んだため通常のフルコンクリアとは別に彼ことロザリントと作中唯一の女性攻略対象者であり悪役令嬢として活躍するロザリンテのルートをノーヒントで探り当てながら見付けだしてそれもクリアした。
攻略と言うよりは主人公ローゼリッタがロザリント・ロザリンテ両名との仲を修復させようと東奔西走するといった内容だった。
――――ただそれでもラストにはどのエンドでもロザリントは死亡してしまうという真実を付き付けられて心が折れそうになったのはそれこそ記憶に新しい。
唯一の救いはパーフェクトクリアのその後で開発陣の一人からこの作品の事を、ひいては開発に到った経由を聴けたぐらいだろう。
まぁ色々思う事はあるけどロザリントとして産まれてしまった以上、今やるべきは死亡エンドを回避する事。
だからあれこれと布石を打っておく必要がある。
「おとうしゃま、どこにいくにょ?」
時に三歳、姉のエルザは五歳。
あれから三年の月日が流れた訳だけど。
で、今僕等家族は馬車に乗って移動している最中。
当然車両にバンパーとかゴムタイヤとかそんな都合の良いものなんて付いている――なんて事が無い訳で、乗り心地が非常に悪かったので父に抱っこされてる状態だ。
いや、ホント。
というかウチの御両親、この劣悪な環境に慣れ過ぎです。
幸い馬の移動するスピードはゆっくりだから何とかなっている訳だけども、改善しない限り幾ら内部がふわふわの、座り心地の良い材質と作りで出来座席でも思いっきりリバースする自信がある。
無論姉であるエルザもその状況は同じであちらは母・ナトゥーシャに抱っこされている。
…にしてもあの目の前の母にしてあの父親有りとは良く言ったものだ。
どうやって彼女を籠絡させたのやら。
目視ではイマイチ解かり難いけど、魔性の美女と言って良い程で人妻ながらあまたの男を魅了するプロポーションの持ち主だ。
ただその内に隠された筋肉は恐ろしい程のパワーを秘めており、時折何処かに行って来ては帰ってくるなりどこかすっきりした表情になっている。
本人曰くストレス発散、だそう。
気になって父や家令に訊いてみたところ、ほんのちょっと昔に王国で名を馳せた騎士で、無論その地を引き継いでいたのか歴代でも屈指の女傑だったのだとか。
――それを話してくれた時のあの引き攣った笑顔が脳裏に付いて離れない。
だからどうやって彼女をオトしたんだよ。
…どの道理想だけ強くても意味なんて無いというのはキツい。
自衛のために鍛えるだけに留めておくけど出来れば戦いたくは無いね…う~ん、そこ等辺はデキる使用人達に教えて貰おう、そうしよう。
いやいやホント、派手に暴れる悪癖のある人は参考にならないし、僕自身、いずれ令嬢の様に達振る舞わなければならないので、こう言ったら何だけれども、有りがちな、派手目な戦いで目立つのは嫌いだし。
――そもそも戦乙女なんて柄でも無いし。
「うん? 隣領にパパの友達が居るから挨拶に行こうってね」
「おともらち?」
もう三歳児だと言うのに本気で喋ろうとしても舌っ足らずになる。
無理だと思うけど使用人に頼んでもうちょっと発声練習の時間を増やして貰う様にしようかな?
「坊ちゃま。旦那様と奥様は、かなり偉い貴族ですので顔が広のは当然です。国王陛下とだって会おうと思えば何時でも会えると豪語する程ですから」
一緒に乗ってるメイドさんがにっこりと笑顔で説明する。
あ、父さんが顔を反らした…て言うかこの人ドS!?
最後の一文を言い放った時ににんまり笑顔とか(えげつない意味で)殺人級だ、どれだけ父さんに対して何か恨みでもあるのか!?
…げふんげふん、国王云々の話は今はどうでもいいよ。
辺境伯だからそこ等辺は当然…なのかな?
まぁ兎も角隣領と言う事はナグラヴィカ公爵領の事だろう。
と言う事はリンテこと、ロザリンテと遂に会うのか。
不意にやって来たプチ社交デビュー。
にゃある、布石を打っておくには絶好のチャンス、って事なのだろう。
「ふふ。其処までよ、シャーリィ。この人はエルザやロゼと同年代の子供が居るから多分自慢したがってるだけよ。ほら、よくいう「ウチの子が一番」ってね。まぁそう言う所が可愛いのよね」
「あ、ああ。いやぁ~、はっはっは」
「…それ、なんてゆーにょろけ?」
「ぶほっ!? げほげほ…ちょ、どこでその言葉を!?」
――あ、もしかしてこれ地雷?
とと、知らない振り知らない振り。
「えっとね? こないだめぇどしゃんがね? “こーゆーにょをにょろけばなしっていうにょよ”っていってらかりゃ」
「ぐふっ!? いやいや、誰!? ――はっもしかしてメイド長!? いやいや、そんな筈は…」
焦り過ぎだ、マイファーザーェ…。
というか、ここは狼狽えるよりもいっそ開き直って親馬鹿を披露した方がダメージを軽減できたんじゃないのかな…?
あ、今度はシャーリィさんが目を反らした。
この一連の会話だけでどれだけブーメランを投げているんだろうか、もうブーメランじゃ無くて一昔前の鉄製フリスビーモドキだよ、ホント末恐ろしいな。
暫く顔を真っ青にして未だ再起不能な父親とドSメイド、そして現在進行形でどっかから這い寄りそうな程のにこにこ笑顔を振りまいている母親。
唯一の救いは姉であるエルザは母様の膝の上で気持ちよさそうにお昼寝中な事だ。
この光景、下手したら軽くホラー物だぞ?
かく言う僕はマイゼラートに抱っこされている状態。
――――あっ訂正しておくけどシャーリィさんや?
今の僕を呼ぶ時は“お嬢様”、だからね?
もうちょっとだけ両親の観察をしたい…と思ってたんだけど子供の燃費はすこぶる悪い様でそのまま夢の世界へ旅立っていった。
「未プレイ? いいえ、しっかりやってましたが何か?」