『魔王』様はいつもお仕事熱心です。 〜そんな魔王様チート級の勇者に襲われました〜
「魔王、お前が苦しむ姿が目に浮かぶよ」
勇者は光り輝く剣を俺に向けながら言った。
どうやら、仲間も連れずに1人で乗り込んで来たらしい。
勇者の顔にはよほど自信があるのだろう、笑みが浮かんでいる。
その勇者の言葉に俺は、ゆっくりと答えた。
「――貴様が私を倒す事は不可能だ」
勇者は鼻でふっと笑った後、俺に向かって勢いよく突進して来た。
「どりゃあああああ!」
その勇者の渾身の一撃を俺は敢えてくらう。
「なかなかやるではないか」
そんなキザな台詞を俺は言う。
「まだまだ、こんなの序の口だよ! 魔王さんよ!」
そう言うと勇者は光り輝く剣を天に掲げ、何やら詠唱をし始めた。
......ここは我慢だ。この、詠唱中に攻撃するのは魔王としては禁忌だ。
魔王は常に堂々としていなければならない。例え相手が詠唱中で隙だらけであろうとも、どこかのヒロインのように変身中であろうとも攻撃などしない。どんな攻撃が飛んでこようと避けてはならぬのだ。
勇者の長い詠唱が終わる。
成程。時間を掛けただけあって勇者の持つ剣には先程よりも魔力がこもっている。
しかしこれぐらい、俺の部下でもダメージをあまりくらわないだろうな。
「奥義! 聖なる剣!!」
勇者の放つ奥義を俺は少し苦戦しているふりをしながら、真正面で受け止めた。
そして、キザな台詞を言いながら攻撃をする。
「勇者よ、お前の力はこんなものか! 私を倒そうなど1000年早いわ! 次はこっちからいかせてもらおう。暗黒の槍!!」
青色の鱗に覆われた俺の手の平の上に1mほどの漆黒の槍が構築される。
後は、この槍を勇者に向かって思いっきり投げるだけだ。
しかし、正直言って最大出力で攻撃してしまうと、このレベルの勇者ぐらいなら木っ端微塵になってしまうだろう。
俺は敢えて力を抜き的確に勇者の心臓を狙って投げた。
「そんな、しょぼい投げ方で俺の鎧を貫けると思うなよ!」
そう、勇者が自信満々に叫ぶが俺には結末は見えている。
俺の放った槍が勇者の胸にある鎧に当たった時、その槍は勇者の胸を意図も簡単に貫くのだ。
槍が勇者の胸に飛んでいく。あいつは馬鹿すぎるな。防御もしないし避けもしないとは。これだと、視聴率があまり伸びないじゃないか。
勇者の胸をあっさりと槍が貫く。
「......えっ?何故だ。何故、俺の鎧に穴が空いている」
そう言うと勇者はドサリと倒れた。鮮血が床に広がっていく。
「ハッハッハッハッ! やはり、1000年早かったようだな!」
俺はドヤ顔をしながら、この何回も言っている台詞を大声で叫ぶ。
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「魔王様、お疲れ様でした」
尖った耳に眼鏡をかけ、背中には美しい透明な羽を持っている私の秘書がそう言った。
彼女は妖精族だ。妖精族の女の子が皆可愛いのはこの国では周知の事実だ。
「ああ、それよりどうだ視聴率の方は?」
先程の勇者が弱すぎたため、俺は数字を気にしていた。
「安心して下さい。国民の皆さんはこの番組を2ヶ月に1度毎回楽しみにしているんですから」
「何パーセントだったんだ?」
「いつも通りの50パーセント超えですよ」
「今回は正直相手が弱すぎたと思う。次回少し落ちてしまわないだろうか......」
「大丈夫ですよ! 私も見ていましたが面白かったですよ!」
「そうか、そうだな! よし、次も頑張るか!」
俺はポジティブ思考だ。こういうことはすぐ切り替える。さて、午後の会議に出るとするか。全く、忙しい忙しい。
会議室に入るともう、皆揃っていた。
「魔王様お疲れ様です」
声を揃えて皆が挨拶をする。
「おー、皆もお疲れ!」
国民は皆知っているが、俺は中継のときのようなかっこ良くて、如何にも魔王という感じの魔王ではない。
ポジティブ思考でにこやかで気さくな男って感じだ。その人柄のお陰で竜人族の代表として選挙に出て、見事国民の心を掴み、当選した訳だが。
「さて、皆今日はあっち側の国について話し合いたいと思う」
あっち側の国とはこの国の西にあるブライト国のことだ。
ブライト国と私達の国、ダーク国は元はと言えばひとつの国だった。竜人族も妖精族も獣人族もアンデッド族も皆、仲良く暮らしていた。
それが、天変地異により国の真ん中に突如山脈が現れ、国が2つに分断されてしまったのだ。
その時の国王が国を2つに分けるしかあるまいと言ったため、現在に至っている。
「皆もあっちの国の人達が俺達の国を忌み嫌い、魔王が支配している恐ろしい国だと言っていることは知っているだろ?」
皆が首を縦に振る。
そう、俺達の国はブライト国から忌み嫌われ恐れられているのが現状だ。
何故かって? それはな、率直に言うと俺達のせいではない。俺達はブライト国を滅ぼし征服してやろう、大量虐殺をしてやろう、人里を滅ぼそう、などそういう魔王っぽいことはしていないのだ。
先に攻めてきたのはあっちだ。30年間ほど平和な時が続いていたのが、ある時あっちの国から軍隊が俺の国に迫ってきたのだ。資源が足りなくなった、奪わせてもらう! とか言ってな。
自慢じゃないが俺達は国の守りも強固にしていたし、いつどんな事があっても対抗出来るよう、兵の訓練もしっかりとしていた。
あっちの軍隊は即フルボッコにしてやったよ。こっちの死人は0人だ。
そしたらなんか、虐殺されたやら、俺達の国が先に攻めて来たやら何やらと根も葉もない噂があっちの国で流れてな。
果てには特殊訓練を積んだ勇者なる存在まで作り上げてこの国を攻めてくるんだ。
因みにさっきの勇者、治癒魔法で直してブライト国に転送してやったよ。
まあ、2度と歯向かえないように武器、防具、道具は取り上げ、勇者にはちょっとした脳操作をさせてもらったがね。
大丈夫。安心してくれ。脳操作といっても私達の国に攻撃出来ないようにしただけさ。別に動けなくなったり、話せなくなったり、操ったりしている訳じゃない。
「その、私達を毛嫌いしているあっちの国の人達に女神が手を貸そうとしていることが判明したんだ」
会場がざわつく。
「おいおい、女神ってあの女神かよ?」
「女神っていうのは全ての人々に公平にあるべき存在じゃ無かったのか?」
「女神ってあの巨乳で美人さんの女の人の事だよな?」
騒ぎが収まらないな。そろそろ静かにして下さい! って委員長みたいに言おうか。
俺が迷っていると、
「お前ら、静かにしろ!」
顔にはライオンのような鬣が、頭には2つの大きな角、尻の部分には蛇が生えている3mはある大きな身体が声を上げる。
魔王軍四天王の1人獣人族のキマイラだ。
「ありがとよ、キマイラ」
流石、四天王の1人だ。頼りがいがある。
「それでは、話を続けるぞ。この情報は四天王の1人妖精族のコボルトから聞いた。コボルトによると、あっちの国の人が女神に賄賂を渡していたそうだ」
「その通りです」
犬のような耳を持ったコボルトが答える。身長は170cm程。
勿論、妖精族なのでとても整った顔をしている美人さんだ。
「それは本当なのかコボルトよ」
身長2m50cmほどの全身が黄色の鱗に覆われた四天王の1人竜人族のヴリトラがコボルトにきく。
ヴリトラは俺の弟だ。しかし、俺よりも身長が85cm程高い。俺の方が栄養をしっかりと取っていたはずなのに......不思議なものだ。
「本当よ、ヴリトラ。私の信頼する部下が実際に見てきた事だから間違い無いわ」
コボルトが青色の長い髪をくるくると指でいじりながらそう答える。
ヴリトラは若干腹をたてながらも納得したようだ。
俺は、話を進める。
「そこでだ、あっちの国は俺達の国に女神の力を使って攻めてくると思われる。今までは2ヶ月に1回勇者が攻めてきていたが今後はどうなるかわからん。なので、国力をさらに高めることにする。勿論俺も手伝うぞ。」
会議に参加していたものは皆首を縦に振っている。
その中、
「テレビ中継はどうするんですか?」
と、コボルト。
俺はハッキリと断言した。
「続行するに決まっている。この放送は多くの国民が楽しみにしている。そして、俺が勇者などに負けると思うか?」
キマイラがニヤリとして答えた。
「それは、あり得ねーな」
「ということで、これからも中継を続行し、国力を高めることにする! いいな!」
「了解です!」
皆が声を揃えて答えた。
さて、これからさらに忙しくなるな。自分で言ったものの大変だ。
俺はこの時、自分が最強だと思い油断していたのかもしれない。
なにせ、あいつがこの世界に来るまでは事実、最強だったから。
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「さて、今日は城内にあるテレビ局で先程の戦闘の様子を確認しよう」
俺はそう決めると、すぐに行動に移した。
魔王城は5階建てだ。その内、3階がテレビ局になっている。足早にテレビ局へと向かい、ディレクターに話を聞いてみる。
「先程の勇者との戦闘、ぶっちゃけどうだった?」
「うーん、演技力が少し足りなかったと思います」
「具体的には?」
「相手を魔法で倒すシーンですが、あそこで弱々しく攻撃しない方がいいですね。あれだと、先程みたいに勇者が魔王様の魔法を舐めてしまい、わざとくらったりしちゃいますね」
「なるほどなるほど。あそこは全力で攻撃する演技をしなければいけなかったか」
勇者との戦闘のテレビ中継。これは俺が発案したブライト国のやつらの攻撃を利用してテレビ放送をし、国民の娯楽にしよう!というアイディアだ。
この企画は大当たりで国民の半分以上が見てくれる人気番組になった。
撮影は俺の部屋に仕掛けてある隠しカメラでとっている。
つまり、俺は『魔王』と同時に俳優業もこなしているという訳だ。
この時撮影のため、四天王には勇者と戦わないように命令している。勇者からしてみれば、すぐに魔王城に来れたと言うわけだ。
ディレクターに話を聞いて、改善点が見つかった。やはり、まだまだ素人の俺には演技力が足りない。
今まで10回勇者を倒した。最初の2回は普通に倒したので、まだ8回しか舞台に立ったことが無いのだ。
今日の夜は公園で演技の練習をしよう。
そう決めた俺は早速公園へと向かった。
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32歳という微妙な歳をとったおじさんが黒のコートに黒の長ズボンを履いて夜中に公園を歩き回る。
「なかなかやるな!」
「ハッハッハ! お前の実力はこんなものか!」
「右腕が疼くわ!」
すれ違う人が皆俺を避けていく。まあ、確かに変な人にしか見えないだろう。しかし、俺は演技力を上げなければならない!
俺はラブラブのカップルの前を通ると「ハッハッハ! 結婚は不幸である!」と叫び、可愛い竜人族の女の子を見つけるとさり気なく近寄り「下半身が疼くわ!」などと叫んだ。
勿論、演技力を上げるためだ。決して、カップルをおちょくったり、下心を持って女の子をナンパしようとしている訳では無い。
俺は結局夜12時までこの演技力向上の練習をした。
本当はもっとやりたかったのだが、当然と言えば当然かゴッツイ獣人族の2人組の警察官に捕まってしまった......
理由を話し、必死に弁解して何とか解放してもらった。
現役の魔王をも容赦なく捕まえるとは......良い国になったもんだ。
これからもこの国は平和であろう。
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と思って、妖精族の農業を手伝ったり、獣人族の建設業などを手伝っていたら、なんか五ヶ月後、チート級の勇者が襲ってきた。
ちょっと国力の上昇を試すいい機会だと思って四天王に戦わせたら――全員ぶっ倒された。
嘘でしょ?四天王強いはずなんだけど?
「魔王、お前が苦しむ姿が目に浮かぶよ」
この台詞を聞いたのが俺が最後に聞いた言葉だ。
女神よ。いくら、賄賂を貰ったからと言ってこのチート級の能力はせこすぎだろ!
チート。恐ろしいものだ。
今までちょっとずつ書いてきた短編です。