第4話-3「ミスティルを絶対に殺らせはしないって」
しかし、
「んっ、水弾を作るには少し水分が足りなかったぎょ、俺も功を焦りすぎてるぎょ。少し待ってるぎょ。その間に聖剣との最期の挨拶でもしているといいぎょ」
リザードマンはそう言って、ミスティルを宙づりにしながら、湖へと向かうと、水を飲み始めた。
「トウヤ様、私がダメなばっかりに、ごめんなさい」
宙づりにされながら、ミスティルが謝る。
俺は目を開けて、ミスティルを見ると、目から涙が溢れ泣いていた。
零れ落ちた涙が俺の刀身に流れ落ちる。
「ダメなんかじゃない、ミスティルは頑張ったさ」
俺も何を言ったらいいかわからず、とりあえず、否定する。
これが最期として、その最期が信頼していた聖剣の無言や罵倒で終わる等、悲惨すぎる。
「頑張ってなんかいません。私、結局、最後まで臆病者でした」
俺は口を挟まず、ただただ、ミスティルの慟哭を聞く。
「私、トウヤ様を振り下ろした時、やっぱり、殺したくないって、思っちゃったんです。そんな、やる気のない想いで振っても、殺れるはずありません」
言葉や態度で、気にしないと、明るく振る舞っていても、やはり、この根っから優しすぎた少女は最期の時まで、敵を気遣うにはいられなかったらしい。
ほとんどの人は馬鹿だと嘲笑するだろうが、俺だけは決して笑うまい。
彼女は自分が殺されても、他者を殺したくないという信念を最期まで通し続けたのだ。
並大抵で貫けることではない。
「トウヤ様、本当にごめんなさい。トウヤ様」
涙を流し続け、謝るミスティル。
そんな彼女の懺悔に応えることができない俺。
無力だ。
無能だ。
何より、無気力だ。
何、諦めてんだ俺。
何、ミスティルが死ぬところを呑気に想像しているんだ俺。
何、わかった気でいるんだ俺。
俺はさっき、決意しただろ、
ミスティルを絶対に殺らせはしないって。
最強になるとか、ハーレムを作るとか、そんな俺のちっぽけな願いなんてどうでもいい。
くそ女神に押し付けられた魔王退治なんて、もっとどうでもいい、
俺はこの優しい少女を、俺を孤独から救ってくれた少女を、俺に人を思い遣る尊さを気付かせてくれた少女を、絶対に死なせないって決めただろうが、一色刀夜!!!!!
向こうの世界でも、うだつが上がらない存在だったが、異世界に来てまで、何グダグダ、グチグチ諦めてんだ。
ここで、必死でやらなきゃ、いつやるっていうんだ。
俺は考える。ない頭で考える。
手段は何でもいい、泥臭くてもいい、考えるんだ。
ミスティルを救う方法を。
学校で学んだ事、趣味のゲームや漫画の知識等、前の世界の知識と経験もフル回転して、何か逆転の策がないか考える。
そして、俺は思いついた。
破れかぶれで、かっこ悪い策だが、この短い時間で俺が考え付く打開策はこれしかなかった。
「ミスティル、俺を耳元に近づけてくれ」
「はっ、はい」
ミスティルは泣きながら、俺を耳元に近づける。
逆転の策がリザードマンに聞かれたら、それこそ詰みだ。
「諦めるのはまだ早い。耳を貸せ」
気付かれないよう小声で、咄嗟に思い浮かんだ、思い付きを話す。
ミスティルは声を上げないものの、驚きで目を白黒させて、俺の話を聞いている。
「単純な打開策だが、諦めるよりずっと、まっしだ」
それは前の世界でやっていたゲームとかで、よくある敵の倒し方を模した、一か八かの賭けのような策だ。もしかしたら、失敗するかもしれない。それでも、嘆いているより、全然いい。
「わっ、わかりました」
俺の言葉に勇気付けられたのか、ミスティルも泣くのをやめる。
前髪が垂れ落ち、すべて露わになったミスティルの碧い瞳は力強く輝いている。
こんな一人では何もできない俺でも、勇気付けられることができて、誇らしく感じる。
「それと、トロルを追い払ったときのことを教えてくれないか」
「トロルの時のことですか」
「ああ、特に何を考えていたとか、教えてほしい」
あのくそ女神が言っていた、俺の能力について考えたいからだ。
「あの時はとにかく、こっちに来ないで、って、必死に振っただけで、特に何も考えていたわけでは」
なるほど、こっちに来ないで、か。
もしかすると……いや、しかし、違っていたら、終わりだ。
もう少し確信が欲しい。
「あと、岩を試し切りしようとした時だけど……」
「お待たせしたぎょ。お別れの挨拶は終わったぎょか」
ミスティルからもっと、情報を聞き出したかったが、リザードマンが許してくれない。
リザードマンは水をチャージし終えたのか、再びガラガラと音を鳴らせ始める。
「ミスティル、幸運を祈る」
俺の能力を考えるのは後だ。
今はこの策を成功させることに全力を尽くす。
「はい」
ミスティルは力強く頷いた後、
「ぎょぎょぎょ!?」
打ち合わせ通り、俺を放し、俺は地面に落ちる。
それを見たリザードマンは驚きの声を上げるが、
「聖剣を放すぎょは、手を滑らせたぎょか、それとも遂に握力がなくなったぎょねぇ。ぎょぎょぎょ、終わりぎょ。幹部昇進、四天王就任。俺の未来、バラ色ぎょ」
ぎょぎょぎょと、リザードマンは俺の人生、最高潮と言った感じに歓喜で高笑いする。
ミスティルが俺を手放す代わりに、腰に手をやっていることを気付かずに。
「それじゃあ、バイバイぎょ。死ぬぎょ」
リザードマンが自分の口に接するぐらい、ミスティルの頭を近づけた瞬間、
「えいっ」
ミスティルはリザードマンの口の中に、腰に付けていた袋の口を開けた状態で、両手で持てるだけ、すべて投げ込んだ。
「んぎょご、ぎょご!?何をするんごーーー!?」
リザードマンは突然、口の中に異物を投げ込まれて、パニックになり、口の中の物を吐き出す。
ミスティルの袋、コイン、石、草、紙切れ、消化されかけの魚の死体、大量の水、そして、何故か服とか下着とかも、出てくる。
リザードマンはミスティルを殺るどころではなかった。
そう、リザードマン自身、気付いていないうちにミスティルを解放していた。
ミスティルは地面に落とされると、すぐに俺を拾い直す。
「やった。うまくいったね」
ミスティルは嬉しさのあまり、丁寧口調を忘れて俺に話しかけて、それも俺の装飾部分に抱き着いてきた。
これが戦闘中でなければ、俺はこの柔らかさをネットリ堪能していただろう。
「ああ、やったぜ」
俺はハイタッチしたい気分だったが、残念ながら手はない。
しかし、一か八かの作戦だったが、成功してよかった。
よくゲームである、口を開けてくる敵に物を入れて倒す奴。
あれが通用してよかった。
「んぎょご、んぎょご、お前たち、ぎょご、もう、んご、許さない、んご」
リザードマンは未だにゲーゲー吐きながら、こちらに向き直る。
長い舌は地面に垂れ落ち、口の中に戻っていない。
顔の周りの体色も緑色から青色に代わり、明らかに異常をきたしていた。
「もうやめませんか」
ミスティルはこの期に及んでも、敵を気遣う。
「そうはいかない、んぎょ」
しかし、リザードマンも退く気はないらしく、ようやく吐くのをやめ、膝に手をつき、体を支えて、立ちはだかる。
このまま、走って逃げられそうだが、それより、
「ミスティル、もしかしたら、あいつを殺すことなく、倒せるかもしれない」
「えっ、どうやってですか?」
驚きの声を上げるミスティルに、俺は説明した。
明日も投稿予定。
今回の引きで、この作品の方針を明らかにしたので、タイトル変更しました。
これからもよろしくお願いいたします。