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第4話-1「冥土の土産に教えてやるぎょ」

「トウヤ様、この湖を迂回して、森を抜けると、もうすぐ、パンドラ王国です」

「あっ、ああ」


 ミスティルは額に汗を掻きながらも、元気よく告げるが、俺は対照的に浮かない返事をする。


 初めて会った時とも、村の宴の時とも、昨日森を歩いていた時とも違う、明るく元気なミスティル。

 どうやら、吹っ切れたようだが、俺は逆に気分は最悪だった。


 ミスティルが俺を使い、魔物を刺して、切り捨てる場面を想像すると、吐き気がするのだ。


 だからと言って、戦うのをやめようなんて、ミスティルに言い出すわけにはいかない。

 ミスティルはあれだけの期待を背負って、村を出たのだ。

 魔王を倒すまで、戻ることは村人が許してくれないだろう。


 なら、村を捨てて、別の場所でひっそりと暮らそうと言えばいい。


 名案を思い付いたように思われたが、すぐさま自分の思い付きの馬鹿さ加減に鼻で笑う。


 ミスティルは優しい子だということは、短い付き合いの間でもわかったが、この決意に満ちた表情で進む彼女の意志を曲げられるほど、俺への好感度は高くないとわかっている。


 戦うと覚悟を決めたこの少女に、そんな事を言っても、幻滅されるのが目に見えている。


 移動もままならない俺は、ミスティルに捨てられると、また、孤独に戻る。


 ミスティルのおかげで、孤独な時を過ごすのは短かったが、もう一度、あの寝ることと、思考することと、独り言を呟くしかできない、詰みな状況を味わうのは、戦うことよりも怖い。


 ならば、俺は戦うしかないのだが、それも嫌だ。


 そんな思考が堂々巡りし、ミスティルに話しかけられても、適当な返事しかできなくなっていた。


「トウヤ様、どうかしましたか」


 俺の様子がおかしいのを察したのか、ミスティルが心配そうに聞いてくる。


「何でもねぇよ」


 そんな、ミスティルの気遣いに対し、俺は不機嫌な声で、ぶっきらぼうに答える。


 俺が苦しんでいるのに何を呑気なとか、自分は言いたいことを吐露して、悩みが解消していいですねとか、そもそも、俺がここまで苦悩しているのは、ミスティルが余計なことを語ったせいだ、という責任転嫁する感情まで沸いてくる。


 悪いのは俺で、これは俺が自分で乗り越えるしかない問題だとわかっているが、この感情は抑えることができない。


「・・・」


 ミスティルも俺の苛立った物言いに、押し黙る。


 流石の優しいミスティルも気分を悪くしたのだろうかと、少し罪悪感を感じるが、今の俺は極力話したくなかったので、謝らない。


 すると、突然、ミスティルは立ち止まり、


「少し待っていてくださいね」


 と言って、俺を背中から下し、走り始めた。


「おっ、おい」


 まさか、愛想を尽かされた、と思い俺は慌てて、


 捨てないでくれ。


 と叫びそうになるが、ミスティルが木に登り始めるのを見て、押し留まる。


 ミスティルはあっという間に木に登り、木に生っていたリンゴを二つ採ると、飛び降り、走って戻ってくる。


 そして、唖然としている俺に対し、


「食べましょう、一緒に」


 と言って、ミスティルは湖のほとりに俺を運んで、二人並んで座る。


「お腹が空いたら、腹も立ちますし、ネガティブにもなります。食事にしましょう」


 そう言って、ミスティルは手で削ったリンゴの欠片を摘み、俺の口の前に出す。


 俺は自分の愚かさを呪いたくなった。


 他人を思い遣れるこの少女に比べて、なんて利己的な考えしか俺は持てないのだろうか。


 昨夜、俺が思ったことだ。

 俺が殺めるのも嫌だが、この思いやり溢れる少女に殺めさせるのも嫌だ、という感情もあったではないか。


 それなのに、もう俺は自分のことで、いっぱいでミスティルの気持ちを考えることも忘れ当たり散らしてしまった。


 ミスティルも本当は殺めたくないんだ。


 それなのに、魔王を倒すため、世界の平和を取り戻すため、殺める覚悟をしたのだ。

 俺だけが、覚悟できていない。


「すまん、ありがとう」


 その謝罪と感謝の言葉に俺は、申し訳なさと、こんな俺を気遣ってくれること。

 そして、


 俺に決心する覚悟をくれたこと。


 を込めて告げた。


「気にしないでください」


 そう言って、ミスティルはリンゴを俺の口に入れてくれる。

 甘酸っぱい香りが口の中に広がり、俺は少し泣きそうになった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 

「そろそろ、行きましょうか」


 リンゴを食べ終わり、しばらく休憩した後、ミスティルは俺を背負って、腰を上げる。

 空を見ると太陽がてっぺんにあり、おそらく、すでに昼間の時間帯に差し掛かっているのだろう。


 予定では昼前に着くはずと言っていたが、昨日も今日も、休憩を取りすぎたせいか、予定より遅くなっているらしい。


 湖の周りを道なりに進もうとしたその時、


 ピュッ


 何かが湖の方から飛んできて、ミスティルのすぐ前の地面に着弾した。


 着弾した地面を見ると、水に濡れ、えぐれていた。

 どうやら、圧縮した水の塊を投げてきたらしい。漫画とかでよく見る水弾というものか。

 湖を見ると、そこには緑色の大きなトカゲが湖面から顔を出し、こちらを見ていた。


「ぎょぎょ、外したか」


 そんな、声をあのトカゲは発したような気がした。


 トカゲは泳ぐスピードを上げて、こちらに向かってくると、岸辺で飛び上がり、ミスティルの前に降り立つ。

 トカゲは二足で立っており、右手にはシンプルな短剣を、左手にはドラゴンが描かれている丸い盾を持っていた。


 そして、


「初撃は外したぎょが、剣技は外さんぎょ。聖剣の少女」


 と、気のせいではなく、本当にこのトカゲは言葉を発したのだ。

 言葉をしゃべることにも驚いたが、それより、


「なぜ、ミスティルが聖剣の少女って、知ってるんだ」


 と、驚きのあまり、俺は聞いてしまう。


「ぎょぎょぎょ、おまえしゃべれるのかぎょ」


 俺が話せることに対して、逆に驚くトカゲ。

 それはこっちのセリフで、お前が言うな案件である。


「ミスティル、こいつ何だ」


 トカゲを無視して、ミスティルに聞く。


「リザードマンです。武器や防具を扱い、人語も操る高い知能を持つ魔物です」


 ミスティルはトロルに襲われたときと異なり、怯えた様子はなく、俺を抜いてリザードマンと対峙する。

 しかし、構えは相変わらず、素人臭く成っておらず、リザードマンもわかるようで、


「なんだ、そのへっぴり腰はぎょ。お前まさか、素人ぎょか」


 ぎょぎょぎょと、下品に笑う。


「これはラッキーぎょ。こんな素人を倒して、幹部昇格できるなんてぎょ。ぎょぎょぎょ、笑いが止まらんぎょ」


 なおも馬鹿笑いを続けるリザードマンに、俺は問いかけた。


「俺たちを倒して、幹部昇格って、どういうことだよ」


 答えてくれるかわからなかったが、リザードマンは俺たちのことを舐めているのか、


「冥土の土産に教えてやるぎょ。聖剣の少女と、聖剣には魔王軍で懸賞首を掛けられているぎょ。聖剣の少女を倒す、もしくは聖剣を奪えば六大将軍に昇格、両方達成すれば四天王に昇格ぎょ」


 素直に答えてくれた。


 こちらの勝ちフラグが立つようなセリフを吐いたが、ここは小説の世界ではなく現実だ。

 気を緩めるわけにはいけない。


 それにこいつ、高い知能を持つ魔物らしいが、言動を見ると馬鹿っぽい。

 魔王軍の情報を引き出せそうだ。


「じゃあ、冥土の土産ついでに、教えてくれよ。どうして、俺が聖剣であることがわかったんだよ」

「なんだ、お前たち、自分たちのことなのに知らないのかぎょ。こいつら馬鹿ぎょ」


 馬鹿はお前だと言いたくなるが、堪える。


「いいぎょ、教えてやるぎょ」


 気を良くしたのか、リザードマンは語り始める。


「お前たち、数日前、神からこの者が魔王様を倒す者だと、姿付きで空に晒されてたぎょ」


「ぶっ!!」


 俺は噴き出す。

 あの光景、魔王軍の連中も見ていたのか。

 なんつー、余計なことをしてくれてんだ、あのくそ女神。


「だから、魔王軍の中にお前たちのことを知らない奴はいないぎょ。もうおしまいぎょ」


 リザードマンは、ぎょぎょぎょと高笑いを上げる。


「じゃあ、もう一つ、冥土の土産が欲しいんだが、魔王軍の幹部って……」


 俺はもっと情報を引き出そうとするが、


「土産はもう売り切れぎょ、閉店ぎょ。だから……」


 話はおしまいと、リザードマンは剣を構え、


「死ねぎょ」


 飛び掛かってきた。


初戦闘。続きは明日。時間は未定。

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