第3話-2「どうすりゃいいんだ」
「どうして、私が戦わなかったと言いますと、私は臆病者だからです」
「魔物が怖いと言うわけか」
ウサギやキツネ、ハロハロはわからんが、小型動物に襲われても、怖くないというのはわかる。
事実、俺はこの世界で会った魔物は、まだトロルしかないが、あの大きさ、筋肉のゴツさ、醜悪さ、魔物が恐ろしいというのはわかる。
俺もあの時、ミスティルは殺されると思った。
俺は怖いと言うのも共感できると、心の中で頷く。
しかし、ミスティルは、
「それもあるんですが、違うんです」
恐怖を感じることよりも、別の理由があると言う。
「何に対して臆病なのさ?」
全く理由が想像できず、俺は聞く。
だが、ミスティルは視線を逸らし俯く。
よほど話すのを戸惑う理由らしい。
しばらくして、決心が着いたのか、ミスティルは俺の方に向き直り、告白し始めた。
「私、殺したくないんです」
「どういうこと?」
思いもしなかった答えに、ただただ俺は理由を問うしかない。
「魔物も私たちと変わらず、生きています。住むところがあって、家庭があって、子供がいて、言葉や姿が違うけど、同じなんです。だから……」
殺したくないと言うのか。
だが、俺は、
魔物も俺たちと同じ?
いまいち共感できない。
「でも、魔物は俺たちに危害を加えるから、危ない存在じゃないか」
「危害を加える理由も私たちと同じです。生きるために食べる、襲われたから抵抗する、縄張りに侵入されたから守る、何が違うんですか」
そう言われるとそうだ。
人は生きるために他の生き物を食べるし、襲われたり、家に無断侵入されたら、同じ人間であっても抵抗する。
「明日を生きるために、自分の血肉にするべく、命をいただくなら、許容できます。だけど、殺し合うためだけに、魔物の命を奪うようなことを私はできなかったのです」
理屈は理解できるが、やはり共感できない。
「けど、俺、いや人間も生きている。村や仲間を魔物に襲われれば抵抗するし、生きるために生活圏を広げる。魔王を倒すのも人間の生活を脅かされたから、倒すわけであって、むやみやたらに倒すというわけではないんじゃないか」
俺の疑問にミスティルは小さく頷く。
「そうです。それもわかっているのです」
そして、ミスティルは肩を震わせながら言う。
「だから、聖剣様に毎日、この戦乱の時代が終わるよう祈っていたのです。私は自分の手を汚すことなく、誰かに魔王を倒して貰うことを祈り続けていたのです」
それは懺悔。
この優しすぎる少女はずっとその胸に秘めていた葛藤を、誰にも話すことができず、ここまで来たのだろう。
「私は臆病者で、卑怯者で、最低です。私は……」
堰を切ったように自責の言葉を吐き出すミスティルから、涙が零れ、俺へと注がれる。
柄から流れ落ち、装飾部に溜まる人肌で温められた涙の温かさに、生きているという温もりを感じる。
俺も泣きたくなる気持ちになって、
「もういい。わかった。それ以上、自分を責めるな」
涙を流して懺悔するミスティルに、俺は努めて優しい口調で慰める。
「聖剣様、私を許してくれるのですか」
許すも何も、俺は神ではない。
今はこんな姿だが、ミスティルと同じ人間だ。
懺悔されても、許す、許さないなど裁定できるほど、偉くはない。
だから、
「その感情は俺も理解できた。だから、許すも許さないもない。自分を責めなくていい」
共感の意を示す。
「ありがとうございます。ありがとうございます。私、きっと聖剣様のように強くなりますから。平和を実現するという信念のためには、命を奪っても狼狽えない強い女になりますから」
そう強く宣言し、ミスティルは泣き続けた。
だけど、俺の心にはミスティルに対する慈しみの感情とは他に感情が沸き上がり、考えていた。
今の言葉を言い換えると、俺は平和のためには他者を殺しても、何も感じない男ということだ。
それって、かなりサイコパスな人間じゃなかろうか。
俺は前の世界で人はおろか、小動物すら殺したことがない。
食べる目的ですら、生き物を自分の手で殺めたことはなく、食す生き物は他者の手ですでに加工され、食卓に並んでいた。
それに平和への信念とミスティルは言ったが、そんな崇高な気持ちを俺は持ち合わせていない。
元々、俺が異世界転生を望んだ理由は俺tueeeして、チヤホヤされたかっただけで、異世界の人のために役に立ちたいと望んだからではない。
言わば、自己中心的なものだ。
魔物とか、荒くれ者とか簡単にスパッと倒して、女の子を助けて惚れられて、楽しく過ごす、そんな気楽な生活を考えていた。
そのスパッと倒される者のこともそうだが、倒すこと、即ち命を奪うこともある、ということを全然考えてなかった。
今となっては、なぜ、そんな重大なことに気付かなかったのだろうかと、自分の軽薄さを呪う。
旅の疲れと、いろんな思いを吐露したせいで疲れたのか、横で眠りについている少女に目を向ける。
この他者を思い遣れる優しい少女に比べ、自分はなんて薄っぺらで、利己的だろうか。
そんな浅慮な自分を振るって、この思慮深い少女は戦いに身を投じることになる。
彼女にこのまま、殺めさせていいのか。
それに俺もこの少女の考えを聞いて、気付かされ、殺すことに対して、抵抗感を感じている。
「どうすりゃいいんだ」
ままならなくなって、そう呟く俺だが、答えを返す者はいない。
それに俺は手も足もない、ただの剣だ。
自分でどうすることもできない。
できることと言えば、誰かに自分の考えを伝えることだけだ。
戦うことすら自分の意志でできない。
それに、その自分の考えすら、稚拙で底が浅く、方向性すら定まっていないというのだから、役に立たない。
思考機能を放棄して、いっそ、本当にただの剣になりたくなった。
いつの間にか夜が明け、朝日の光が差してきた。
どうやら、一晩中考え事をしていたらしい。
それでも、俺はどうしたいか、何をこの少女に伝えたらいいか、わからなかった。
明日は19:00掲載です。