今日もオレの姫はかわいい
今日もオレの姫はかわいい。
小さなドレスに身を包んで、
「レオ様ああぁぁぁ」
と言って抱きついてくる姿はたまらない。
「まあまあ、アリスったら。レオ様にお会いできてよっぽど嬉しいのね」
姫の後ろでは、母君のアーリア様が微笑みながら見守っている。
「レオ様、抱っこして。抱っこ抱っこ!」
足にしがみつきながら満面の笑みでねだる姿はまさに小さな天使。
ニヤついてしょうがない。
背後にいるアーリア様に視線を向けると、
「してあげてくださいな」
という顔をされていた。
「よし」とオレはしゃがみこんで姫の両脇を手でつかむと、高々と持ち上げた。
「きゃーははははは!」
姫の甲高い笑い声が響き渡る。
軽い。
8歳の少女にしては軽すぎる。
いや、オレの腕力が強いだけなのだろうか。
「ごめんなさいね、レオ様。本来ならば主人の護衛のはずなのに、こんな子守りのようなことまでお願いしちゃって」
「お気になさらないでください、アーリア様。オレも……あ、いや私も姫に会うのが楽しみだったのですから」
オレは姫を胸に抱いたまま、そう言った。
「ふふふ、普段通り『オレ』でいいですよ。今は公務ではないのですから」
「はあ。おそれいります」
オレの仕事はアーリア様の亭主マカドール伯爵の身辺警護なのだが、今回長期出張ということで国内にはおらず、若輩者のオレは任務から外されている。
代わりに、屋敷にいる夫人のアーリア様とご息女アリス姫の身辺警護を任されたのだ。
身辺警護といっても、要は姫が寂しくないように、というマカドール伯爵の親心によるものだが。
しかし、子ども好きのオレにとっては願ってもない話だった。
血なまぐさいいつもの任務とは違い、とても心が安らぐし、何よりも姫が可愛すぎるからだ。
さらさらの金髪に大きな瞳、小ぶりな唇、ふっくらとしたほっぺ。
マカドール伯爵のご令嬢といえば、人懐っこくて可愛らしいと貴族の間でも評判である。将来、ものすごい美人になるに違いないとも言われている。
そのためかどうかわからないが、今から婚姻の申し出があるくらいだった。
ただ、マカドール伯爵はそのすべてを保留にしている。
愛娘を誰かに嫁がせるというのはまだ考えたくない、というのが本音かもしれない。
「ねえねえレオ様。今日はお天気もいいし、お外に行きたい」
「お外? 屋敷の外、ということですか?」
「うん! アリスねえ、レオ様とデートがしたい!」
ブホッとオレは思わずむせた。
い、いいのだろうか。
いくら幼子とはいえ、いっかいの兵士が貴族のご令嬢とデートなど……。
そう思ってアーリア様に目を向けると、ニコニコ笑いながら頷かれた。
「ぜひお願いしますわ。主人の警護を任されているレオ様でしたら安心です。アリスもレオ様にはぞっこんのようですし」
「アーリア様、ご冗談を……」
「ふふ」
まるでいたずらっ子のように目を細めるアーリア様。
オレが姫に振り回されるのが目に浮かぶようで、それが楽しくてしょうがないようだった。
姫との出会いは、3年前のこと。
この屋敷で舞踏会が催された時に、警護に当たった際に声をかけてきたのが姫だった。
当時は新人でガチガチに緊張していたオレに、彼女は屈託のない笑顔で尋ねてきた。
「ねえ、お名前はなんていうの?」
その可憐な笑顔に、オレの心は打たれた。
「レ、レオと申します」
片膝をついてかしこまるオレに、姫は言った。
「わあ、かっこいい! 強そうな名前!」
「強そう?」
「今日は生まれて初めてのパーティーなの。これ、クッキー。食べて。アリスが焼いたのよ」
そう言って差し出されたクッキーは、ほどよく甘く、ガチガチに緊張していたオレの心をほぐしてくれた。
口元を抑えながらモグモグと食べるオレに姫は聞いてきた。
「どう、おいしい?」
「はい、今まで食べた中で一番でございます」
それは、本音だった。
これほどおいしいクッキーはない、そう思えた。
「えへへ」
姫は嬉しそうに笑った。
それからというもの、ことあるごとにオレはこの屋敷に呼ばれては姫のお相手をするようになった。
とはいえ、主任務は屋敷にいるマカドール伯爵の護衛だったので、このように初めから姫のお相手をするのは初めてだった。
「ねえねえ、今日ねえ、レオ様とのデートプランいろいろと考えたの」
「へえ。それはどんなプランですか?」
「えへへ、教えなーい」
そう言ってパタパタと駆け出す姫。
「あ、姫! お待ちください」
オレは笑いながら見送るアーリア様に礼をして、急いで姫を追いかけた。
姫が向かった先はこじんまりとした小さな雑貨屋だった。
ちょうど開店直後だったらしく、店主らしき人が看板を立てかけているところだった。
「おばあちゃん、こんにちは」
姫が声をかけると、店主は「おやまあ」と破顔した。
「アリス様。いらっしゃい」
おばあちゃん、というにはまだ早い初老の女性が満面の笑みを浮かべてオレたちを迎え入れる。
「この前お願いしたの、入った?」
「入ったよう。可愛い可愛いアリス様の頼みだもの。真っ先に仕入れたよう」
「わあい。見せて見せて」
「はいはい、ちょっと待っててね」
そう言って店主が奥に引っ込んで持ってきてくれたのは、シルクでできた赤いマントだった。
つややかなマントは肌触りもよく、なめらかだ。
「レオ様、どう? このマント」
「すごくいいですね。しっかりしていて、破れにくそうだ」
「本当? よかった。これね、レオ様にプレゼントしようと思ってこっそり買ってたの」
「オ、オレに……?」
姫の言葉に目を丸くする。
姫がオレのためにこんな高そうなマントを……。
オレは胸がいっぱいになった。
でも、シルクでできたマント。
いったい、いくらするんだろう。
しかし、すでに会計は支払い済みのようでオレは一文も払うことなく姫からマントを譲り受けた。
「ねえ、つけてつけて」
ワクワクする姫の前で、少し恥ずかしいながらもオレはもらった赤マントを身に着けた。
プライベートな護衛のため、革のジャケットに黒ジーンズという姿だったので、赤いマントを身に着けると、なんというか、かなり恥ずかしい格好になってしまったのだが、姫は嬉しそうに褒めちぎった。
「わあ、かっこいい! 騎士様みたい」
「そ、そうですか……?」
「強いレオ様にぴったり! 似合ってる」
姫にそう言われると、その気になってしまう。
オレは片膝をついてかしこまった。
「アリス姫、このレオ・マクスウェル。身命を賭して、お仕え致します」
調子に乗って騎士の真似事をしていると、姫は最高の笑顔で喜んでくれた。
この格好では似合わないけど、きっと任務中の鎧だったらピッタリだろう。
オレは姫のプレゼントに心から感謝した。
その後、オレは姫に連れられて町中のいろんな店を訪れた。
といっても、マカドール伯爵がいつも行っている店に立ち寄っただけで、特に何をしたわけでもなかったのだが。
「こんにちは! ねえねえ、今日ねえ、アリス、レオ様とデートなの!」
姫は立ち寄る店の店主に、ことごとく挨拶をしてまわった。
どうやらオレを連れて歩くのがよっぽど嬉しかったらしく、いろんな人に自慢したかったようだ。
そんな健気な姫に、オレの心は安らいでいく。
「まあ。かっこいい騎士様だねえ」
店の人たちもよくわかっていて、マント姿のオレを褒めちぎり、そんな騎士を連れて歩く姫をうらやましがった。
姫は大層嬉しそうだった。
そうして、陽が高く昇り、そろそろ屋敷に戻ろうかと言う時に事件は起きた。
姫と手をつないで屋敷に戻る坂道を歩いていると、どこからともなく大勢の刃物を持った集団がオレたちのまわりをぐるりと取り囲んできたのである。
「姫」
オレはすかさず姫を引き寄せて身構える。
「レオ様……」
姫は怯える声でオレにギュッとしがみついた。
「へへへ、マカドール家のガキだな」
正面に立つ大男が下卑た笑い声を上げながら声をかけてきた。
低くて醜い声だ。
「誰だ、お前ら」
オレは身構えながら尋ねる。
「てめえに答える義務なんざねえ。殺されたくなきゃ大人しくそのガキを渡しな」
大男が刃物をチラつかせながら汚い歯をのぞかせた。
彼らの統一性のない格好から見て、おそらくは盗賊集団だろう。
マカドール伯爵が長期出張中なのを見計らって、その娘を人質にとって身代金を要求しようという魂胆に違いない。
「レオ様……怖い……」
姫は怯える声を上げながら震えていた。
オレはしゃがみこむと、安心させるために笑顔を見せた。
「姫、ご安心なさいませ。このような輩にやられる私ではありません」
そう言って、すっくと立ち上がると目の前の大男に顔を向けた。
ビクッと大男の身体が震える。
体つきは大きいものの、武器を構えるその姿は素人そのものだ。おそらく、人数で脅かせばなんとかなると思っているのだろう。
オレは懐にダガーを隠し持ってはいるが、それは必要ないと判断した。
「お前が頭か?」
「ああ? そうだが?」
「逃げるなら今の内だぞ」
「はあ?」
大男は怪訝そうな顔を向ける。
「てめえ、まさか歯向かおうってのか。この人数相手に」
「数が多ければいいってもんじゃない。怪我をしたくなければ、大人しく帰るんだな」
「けっ」
オレの優しい忠告に、大男は言ってはならない一言を言い放った。
「てめえ、ナイトのつもりか! ダセえマントなんて羽織りやがって」
「ダサい?」
ピクッとオレはその一言に反応した。
「おい、もう一度言ってみろ。マントがなんだって?」
オレは姫を抱き寄せながら一歩一歩、正面の大男に近づいていく。
オレの剣幕に、大男が少したじろいだ。
しかし、うろたえながらも、なおも言い放った。
「な、なんだてめえは! だからダセえって言ってんだよ! いまどきそんな赤いマントなんざ、誰も身につけてねえよ!」
その言葉が言い終わるか言い終わらないかのうちに、オレの素手は大男の顎をつかんでいた。
「ふご!?」
「死にたいらしいな、あんた。このマントは姫がオレのために用意してくれた最高のプレゼントなんだ。それをバカにするやつは許さねえ」
「ふ、ふごふご……?」
オレは怒りがふつふつと沸きあがり、片手で大男を持ち上げていく。
「か、頭ぁっ!」
まわりでは顎をつかまれて持ち上げられていく大男の姿に動揺した空気が流れだした。
「な、なんだ、てめえ!」
「頭を放しやがれ!」
口々にわめき散らす男たちに、オレは
「だまれ」
と一喝した。
瞬時に彼らは静まりかえる。
オレは掴みあげている大男にさらに握力をくわえて尋ねた。
「どうした、これでもまだ言うか?」
「い、いででで……! い、言いまぜん……。お、おだずけ……おだずけええ……」
涙目で訴える姿にオレは手を放すと、ドスンと大きな音を立てて大男は尻餅をついた。
悲鳴を上げて倒れるこいつにオレは言う。
「覚えておけ。姫のことを侮辱するやつはこのレオ・マクスウェルが容赦しない」
その言葉に、大男は目を丸くした。
「レ、レオ……。ま、まさかてめえが……」
どうやらそれは他の者にも聞こえたようで、動揺が波のように広がって行った。
「お、おい、うそだろ」
「マカドールの若獅子が護衛についていたなんて聞いてねえぞ……!」
「ひええ、逃げろ、殺される!」
盗賊集団はオレの名前を知って一目散に逃げて行った。
「ま、待て、オレを置いていくんじゃねえ!」
大男はヨタヨタと腰をさすりながら、部下のあとを追って行った。
あーあ、頭の威厳も何もないな、あれじゃ。
さっきまでの怒りはどこへやら。
情けない頭の姿を見て、オレの怒りはどこかへいってしまった。
「姫、終わりましたよ」
気を取り直して足にしがみついている姫に微笑みかける。
しかし、姫はしがみつきながらブルブルと震えていた。
どうしたのだろう。
「姫……?」
恐る恐る声をかける。
もしかして、まだ怖がっているのだろうかと、少し不安になった。
「どうなされました? もしや、どこかお怪我を」
「レオ様……」
ぐいと腕を引っ張られて、オレはしゃがみこんだ。
いぶかしく思っていると、姫はいきなりオレの首に抱きついてきた。
「ひ、姫!」
そして抱きつきながらおおはしゃぎしだした。
「きゃははは! レオ様、すごいすごい、カッコいい!」
「お、恐れ入ります」
姫の笑い声に心底ホッとする。
よかった、怖がってたわけでも怪我をしたわけでもなかったようだ。
「レオ様、怖くなかったの?」
「あのような輩、怖いはずがありません。怖いのは、姫がお怪我をなさることです」
「わああ」
姫はパッと身体を放すと、正面からオレに顔をのぞきこんだ。
「……?」
じーっと見つめられて、オレはだんだんと背中がこそばゆくなる。
吸い込まれるような、青い瞳だった。
こうして見ると、やっぱり姫は抜群のかわいさだ。
お互いに見つめ合っていると、姫は「うん」と頷いた。
「決めた! アリス、大きくなったらレオ様のお嫁さんになる!」
「……は?」
「絶対、絶対、お嫁さんになる! だから待ってて、レオ様!」
「ひ、姫、そのようなことを軽々しく言うものではありません……」
「えへへ、いいの。もう決めたの!」
そう言ってオレのほっぺに熱烈なキスをした。
思わずオレは顔を真っ赤にして引き離す。
「ひ、姫!」
戸惑っているオレに姫が笑いながら言う。
「レオ様、だい好き!」
そう言って、再び首に抱きついた。
ああ、姫。
オレのかわいい姫。
オレも大好きだ。
可憐な唇に可憐な瞳。
顔も声もお姿も、そのすべてが愛おしい。
姫、あなたはこのレオ・マクスウェルが一生かけてお守りしよう。
姫の華奢な身体を抱きしめながらオレはそう誓った。
オレの姫は、今日もかわいい。
お読みいただきまして、ありがとうございました。