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四話

 雑巾でカベを拭いている。

 汚したわけでも、目立つ汚れがあったわけでもない。

 拭きたくなったから拭いている、ただそれだけだった。

 泡の洗剤を吹き付けて、すこし待ってから拭き取る。

 深夜なため、なるべく音を立てぬように気をつけながらゆっくりと作業をする。

 コツコツ、コツコツ、

 と、窓になにか固いものがあたる音がした。

 視線を向けると鳥がいた。

 全体が黒く、目の下から後頭部にかけて黄色、くちばしがオレンジ色をした九官鳥だ。

 この九官鳥は上の階で飼われているもので、以前からよくこの部屋へ遊びに来ていた。

 ボクの彼女は言葉を教えようと必死で話しかけていたが、そのせいで怖がられ、九官鳥は彼女よりもボクになついている。

 その九官鳥がいま、窓をくちばしで必死につついている。

 ――がんばってるなぁ。

 ボクは数十分かけてゆっくりとカベ拭きを続けて一面だけを終わらせた。

 そのあいだも九官鳥は窓をつつき続けている。

 ココココ、ココココ、

 とペースも上がってきている。

 さすがにこのまま無視して放置すればガラスに穴を開けられてしまいそうだ。

 開錠をして窓を開ける。

 九官鳥は、ヒョコヒョコと部屋へとはいってくる。

 そして羽を大きく広げてボクの足の甲をつつき始めた。

『開けるのが遅いッ』と責めているようにも思えた。

 しばらくつつき続けたが気が済んだのか、九官鳥はつつくのをやめて羽を閉じた。

 すこし離れた場所に腰をおろし、ボクの目をジッと見たまま動かなくなる。

 しかたなくボクも正座をして向かい合うように座った。

「コンニチワ、キューチャン」

 飼い主の声と思われる流暢でハスキーな声であいさつと自己紹介をしてきた。

 初めて聞いたときは、九官鳥は声質やしゃべりかたまで似せられるのかと驚いていた。

「コンニチワ、キューチャン」

 飼い主が飽きたらしく、ボクはキューちゃんからこれ以外の言葉を聞いたことがない。

 向かい合ったまま、キューちゃんのあいさつと自己紹介を何度も聞き続けていた。

 疲れたのか、キューちゃんの言葉が途切れる。

 ボクが作業に戻ろうと立ち上がったとき、

「ゼッタイウワキシテルハズナノー」

 それは、彼女の懐かしい声だった。

「ココカナー、ドコダロー」

 ボクといるときもおしゃべりだったが、ひとりのときにもこんなに独り言をしているとは思わなかった。

「ウワキノショーコー、ココダー、アレナイー」

 なにかを探していたのだろうか。

 彼女の楽しげな独り言をキューちゃんが話し続ける。

「ホーチョーハカクシトコー」

 物騒な言葉の後に、突然キューちゃんは聞き覚えのある爬虫類特有の威嚇音を発した。

 最近聞いたものよりも凶暴で獰猛な音に思えた。

 この音は……

「キャッ、ナ、ナニ?ヘビッ!?ヒッ」

 キューちゃんが、彼女が驚きの声を上げる。

「イヤッ、イタイイタイッ!ヤメテ――」

 固いものを鈍く砕く音を話す。

 気が付いたら、キューちゃんをつかんで窓から放り投げていた。

 キューちゃんは滑空するように闇へと消えていく。

 同時に、玄関のチャイムが鳴った。

 トビラを開けると上の階の住人が立っていて、

「夜分すいません、うちの九官鳥が――」

「来てません」

 流暢でハスキーな声をさえぎり乱暴にトビラを閉めた。

 そして、カベ拭きを再開した。

 音を立てぬように気をつけながら、ゆっくりと乱暴に作業をする。

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