二話
両手を頭の後ろで組み、背筋を伸ばす。
息を吸いながら、ゆっくりと座り込み、息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。
そんなふうにひたすらにスクワットを繰り返している。
――立ち上がれなくなるほど疲れれば眠ることが出来るかもしれない。
晩御飯を食べている最中に突発的に思いつき、お茶碗やお皿を片付けてからすぐに始めた。
何時間続けているかはわからない、回数も数えていない。
わかることは、脚全体が痛みと熱を帯びているということだけだ。
しばらくすると、座り込んだ体勢のまま立ち上がることが出来なくなった。曲げた脚がガクガクとふるえたまま動かない。
立ち上がることをあきらめ、全身の力を抜いて後方のタタミへ倒れこんだ。
目を閉じて手と足を広げて大の字になる。
荒く激しい呼吸を押さえ、鼻から胸に大きく吸い、クチからゆっくりと吐き出す。
時間の経過とともに、呼吸は落ち着き鼓動も通常のリズムへと戻る。
そして、眠ることも出来そうになかった。
酷使した脚の熱さを感じながら、なんとなしに周りの音に耳を傾ける。
自分の心臓の音、近所の住人の生活音、外を走る車の音、爬虫類がならすシュルシュルという音。
――シュルシュルという音?
目を開き、音のした方向に首を傾けると、白く大きなヘビがいた。
ヘビの後ろにあるベランダの窓に隙間が開いている。
配管をのぼって来たのだろう。
たぶん下の階の住人のものだと思う。
大きな白ヘビを飼っていると聞いてはいたが実際に見たのは初めてだった。
カラダを起こして胡坐を組んだ。
ウロコのおうとつが作り出す照りが真っ白なカラダに相まって、なんとも見事だ。
タタミを基準に長さを目測する。
身をくねらせながら一畳を占拠している姿から見て、三メートル以上はありそうだ
胴回りの太さは二リットルのペットボトルほどだろうか。
体重もはかってみようと、テレビ台の中から体重計を取り出す。
すると、ヘビは首を上げて威嚇を始めた。
確かに初対面で体重を量るというのは失礼だったかもしれない。
お茶でも出して機嫌を直してもらおうと準備をする。
テーブルの上の急須に茶葉がはいっていることを確認する。
出涸らしだが問題ないだろう。
いれるための容器も用意できていた。
デザインが同じだが色がちがうマグカップがひとつずつ、ボクが使っているものと彼女が使っていたものだ。
いつ彼女が来てもいいようにいつもきれいにしてある。
彼女のマグカップへお茶を注ぎ、ヘビの前のタタミの上に差し出した。
ヘビは頭付近だけで器用にマグカップに巻きつく。
丁度いい温かさだったらしく、ヘビの表情もまどろんだように見える。
それを見ながら自分のマグカップにもお茶を注いだ。
そのとき、窓の外でモノがぶつかる音がして、
「すいませーんっ」
続けて女性の声がする。
見ると、下の階の住人がベランダの柵の外側に立っていた。
ボサボサの長髪でスウェットの上下を着た高校生ぐらいの女の子だ。
ヘビと同じように登ってきたのだろう。
「もしかしてうちの子が来ちゃって――ますね」
話している途中で、部屋の中にいるヘビを見つけた。
女の子はベランダをまたぎ越え、窓を開けて部屋へと侵入してくる。
裸足だった。
「ニョロ吉ーッ!」
抱きつこうと両腕を伸ばす――と、伸ばされた左腕をニョロ吉が捕らえ、巻きつき、登りあがる。
背中側から胴体を一周して右肩越しに女の子を見る、そして噛んだ。
腕とカラダを締め上げられ、顔の右側面をクチに含まれたこの状況で
「あはっは、は、はッ。いっ、いたづらっこなんですよ」
引きつった笑顔で言いながら、右手ではニョロ吉の胴体を必死でたたいている。
こちらにも、女の子の肋骨あたりからミシミシという音が聞こえてくる。
彼女の左腕のひじも明らかに曲げてはいけない方向へ持っていかれている。
丸呑みを期待していたが、食べ始める様子はなかった。
きっとお腹がすいていないのだろう。
本当にいたずらしているだけに思えた。
――変なことをしていないでさっさと帰って欲しい。
そんな思いが伝わったのか、ニョロ吉は胴体の拘束を一気に強めた。
その瞬間、
「グゲッ!」
女の子は短く濁った声を上げて動かなくなった。
ニョロ吉は拘束を解き、頭だけをくわえたままズルズルと後退しながら玄関へと女の子を引きずっていく。
残されたボクはベランダの窓を閉めてカギをかけ、ふたつのマグカップのお茶を飲み干した。




