一話
一週間以上前から、眠ることが出来ずにいる。
仕事でもプライベートでもなんの問題も無く、不眠におちいる原因に心当たりがない。
眠りによいとされるものを片っ端から試してみても効果が得られない。
市販薬も効かず、医者に強いものを処方してもらっても眠ることは出来なかった。
夜になりベッドで目をつぶっていても布団の上で朝を待つだけの日々がしばらく続いている。
そして、最近では眠ることをあきらめてしまった。
なにかしたいことがあるわけではない。
あるかもしれないが、モヤのかかった頭では考えることができなかった。
――なにかやるべきことでもあれば。
そう考えつつ、時計が三時を過ぎた現在もひたすらにフリーセルとソリティアを続けている。パソコンに初めからはいっているものだ。
数十回のゲームクリアののちに、玄関のチャイムが鳴った。
幻聴だとして聞き流したが、一分も経たずに玄関のチャイムがふたたび鳴りひびく。
不審に思いつつ、物音を立てぬようにゆっくりと玄関へ向かう。
ドアスコープから外を見ると、灰色のスウェットの上下をきた小太りの男が立っていた。
ぼさぼさの髪の毛でくもったメガネ、目の下にはボク以上にどす黒いクマがある。
男がもう一度チャイムを鳴らす。
すこしだけ考えて、左隣に住んでいる男だと思い出した。
ボクは、玄関をわずかに開いて顔を出した。
四度目のチャイムを鳴らそうとする男と目が合った。
ドアスコープからは見えなかったが、右手にはトランシーバーらしきものを、左手にはアンテナらしきものを持っている。
「あなたの家に盗聴器がある」
男はあいさつもせずにいきなり話を切り出した。
妙に甲高い声で言い放つと、男がトビラに手をかける。
チェーンロックをしていなかったため、トビラはあっさりと開かれてしまった
ボクの脇をすり抜けて男は部屋へとあがりこんでくる。
思考が追いつかず玄関で呆然としていたが、そうしていても仕方がないため男に続いて部屋へと戻った。
部屋のつくりが一緒なのだろう。勝手知ったるといわんばかりに男が歩きまわっている。
「テレビの音がこっちだったから――」
独り言をいいながら機械に耳を澄ませ、アンテナをかざして歩き回る。
その男の姿を見ていると、トリュフを探すときにブタを使う、という話を思い出した。「んぐぇっ」
パソコン近くに立った男がブタのような声を上げる。
もしかしたら本当はブタなのかもしれない。
目を凝らして男を見てもう一度よく確認をする。人間で間違いないと思う。
男が変な声をあげたのは機械に反応があったからのようだ。
パソコンからなにかをはずしてボクの眼前に突きつける。
それは外付けのソリッドステートドライブだった。
付き合っている彼女からちょっと前にプレゼントとしてもらったものだ。
今まで使っていたものが壊れてしまったため、昨日から使い始めた。
男がポケットからドライバーを取り出した。
太くブヨブヨした手からは考えられないほど見事な手さばきで、たちまち分解してしまう。
カバーをはずすと内側には大きな基盤がありその脇に小さな基盤があった
小さな基盤だけを器用にはずした。
「これ、盗聴器」
そういって基盤をボクへ突き出す。
渡されたものをながめる。
百円玉サイズの茶色の基盤には数えられる程度のパーツしか付いていない。
こんなもので盗聴できるのだろうか。
男へ視線を戻すと、分解したものをすでに元通りに組み立て終え、そして、元のようにユーエスビーをつなぎなおしていた。
ボクがお礼を述べる前に男がクチを開いた。
「向かいの棟の子を盗聴してるのにこっちからガチャガチャなられたら迷惑なんだっ」
一息に言い切ると男は玄関へと向かう。
親切心で来てくれたのではないことを残念に思いながら彼の背中を見送った。
一度もボクの顔を見ようともしなかった、ふとそんなことを思う。
一応の発端である彼女に携帯電話で電話をかける。
最近はなぜか、電話がつながらないことも多く、直接会う機会もない。
案の定、電波の届かないところにいるという音声アナウンスが流れるだけだった。
気が付くとすでに朝だった。




