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高校時代に書いた短編集

HONNE

作者: 井花海月

これは大学のサークルに出した作品です。今はやめましたが(笑)

「「「えぇっ!?」」」


 些細な質問のつもりだ

った。


だが、僕の周りに座るクラスメート達はありえないと言った様子で驚愕の声を上げる。


「「「LINEを知らない?」」」


 なんなんだこの人たちは。僕だって全知全能の神じゃないんだから、知らないことだってあるに決まっているじゃないか。


「じゃ、じゃあキミらはLINEを知ってるわけ?」

「「「知ってるわ!」」」


 前から耳にしていたことはあるけど、どういったものなのかは全く知らない。近頃、LINEに関する問題が多発していると新聞で見たことがある程度だ。


「じゃあ藤崎、サ○エさん知ってる?」

「馬鹿にしてるの!?」


 いくら僕でも、日本の国民的アニメくらい知っている。


「とにかく藤崎、そんくらいヤバいことだから、インストールしとくといいぞ。今みたいなこと言ったら馬鹿にされる」


 周りの人もこくこくと頷いている。日本も随分と住みにくい世の中になりましたな。

 アップルストアを開き、『LINE』と入力すると、それらしきアプリが現れる。無料みたいだしインストールしてみるか。


「まったく、こんな身近に昭和の人がいるとは思わなかったぜ」


 友人の岡森は呆れている。

僕は当然、白黒テレビや洗濯板は知らない世代だ。

 インストールが完了し、アプリを開くとイラストのクマとウサギが現れ「友達を増やしてトークを楽しもう」と表示される。


「そんじゃ、IDを交換するか」

「ID?」

「ええい、貸せ」


 岡森は煩わしそうに僕のスマホを奪い取り、自分のスマホと同時にぶんぶんと振る。何をしているんだこの人は。


「ほら、交換しといた」

「え、今ので?」


 端末を振っただけでID交換できるの? つまり街中で端末を振りながら歩いていたらIDを盗まれることもあるんじゃないか。


「藤崎くん、何も知らないのね」


 隣の席に座る女子、小城さんに呆れられる。憧れの彼女に呆れられた……ショック。LINEなんて滅びてしまえ。


「私とも交換しよう。端末貸して」


 小城さんは僕から端末を受け取り、岡森と同じように端末を振ってIDを交換する。うぉお、つまりそれって、彼女との連絡先を交換できたってことじゃないか! LINE様、先ほどの無礼をお許し下さい。ラーイン(アーメン風に)


「ま、分かんないことがあったらまた聞いてくれ。既読付けずに読む方法とか教えてやるから」

「ちょっと、それダメなやつでしょ」


 岡森が親指を立て、それにツッコむ小城さん。既読とかよく分かんないけど、彼らの仲間に入れたような気がして、少し嬉しい。小城さんとIDを交換できたことは天にも昇るような気持ちです。




「えぇっ! お兄ちゃんLINE知らなかったの?」

「正気なの? 信也」

「嘘だと言ってくれ!」


 夕飯の際、クラスでの話をするとオバケを見るかのような眼差しを浴びる。まさか、家族にまで同じリアクションをされるとは、これまたショックだ。知ってるなら教えてくれたっていいじゃないか。


「どうりでID聞いて来ないと思った」


 妹はあきれ顔で箸を進める。


「じゃあ、ID交換しよう」

「……いいよ」


 妹は箸を口にくわえ、端末を取り出す。


「QRコード見せて」

「ほえ? きゅーあーるこーど?」

「ああもう! 貸して!」


 煩わしそうに僕の端末を奪い取る。岡森もそうだけど、最近の若者は短気で困る。

 


自室でスマホを手にとる。


「あれ、岡森からLINEきてる」


『宿題見せて(笑)』


 こ、こいつ……メールの内容と全く同じじゃねぇかよ。初めてのLINEでドキドキした僕が大馬鹿だったよ。とりあえず、『何の宿題だよ?』と入力して……。



《本音機能をオンにしますか?》



「……んあ?」


 文字を打とうとすると、画面の真ん中に妙なものが表示される。


何だ本音機能って……相手の本音が分かるとか? ハハハ、まさかな。

 僕は好奇心で本音機能を『オン』にしてみる。ちょっと面白そうだな。どれどれ。


『何の宿題?』


 送信すると、すぐ既読がつき、返信が来る。


『数学のプリント。明日提出だろ? 見せてくれ』


 あー、あれか。期限まで三日あったのにまだ終わっていないのかこいつは……仕方ない、写真送ってやるか。


《自分でやるのめんどくせぇし、見せてもらえばいいや》


「ん?」


 岡森の言葉の直後に、悪魔のアイコン消したが現れる。あれ? これグループLINEじゃないよな……誰だコイツ?


『ほら、間違ってても責任は取らんからな』


 プリントを写真で撮り、送信する。


『おー、サンキューな』

《いやぁ、これでやる手間省けたわw》


 だから誰だよコイツ!……って、待てよ。これがまさか、本音機能とかいうやつ?


『まったく、次からちゃんとやりなよ』

『おーけーおーけー』

《やるわけないだろ》


 これもし本当にこいつの本音だとしたら、こいつは次も見せてもらおうと考えていやがるな。次から見せないでおこう。


「つーか、こんな機能がLINEにあるなんてな……あれ?」


 LINEを閉じ、ホーム画面に戻った僕は違和感を覚える。



【HONNE】



 ホーム画面のアイコンには、そう表示されていた。

 え? これLINEじゃないの? HONNE……ホンネ?


 インストールする際にちゃんと文字を見ていなかったみたいだ。これLINEじゃないやん。

それにしても名前が似ている。また中国が真似して作ったパクリアプリなのか?      

まあいいか、ちゃんと会話できるし。それどころか、相手の本音まで分かる。

 つまり、これって憧れの小城さんの気持ちも聞けるってことだよね?……うわぁ、どうしよう。

ID交換したし聞いちゃおうかな。けど、酷いこと言われたら僕の豆腐以下のメンタルは崩壊して生きる希望を失っちゃうよ。

 結局、その日は聞くことができなかった。





「藤崎くん、おはよー」


 教室に足を踏み入れると、小城さんが挨拶してくれる。あぁ、僕は何て幸福なんだろう。朝の眠たい鬱陶しさが嘘のようだ。


「うん、おはよ」


 あああ! それに対して僕はなんて素っ気ないんだ。「おはよ」じゃないよ! そんなんで小城さんが好意を抱いてくれるわけがないじゃないか!


「ゴメン藤崎くん、数学のプリント見せて」


 そういえば、小城さん数学弱かったよね。他ならぬ小城さんに頼まれたら仕方ない。


「ほら、俺の見なよ」


 鞄を開けてプリントを出そうとすると、間を割って岡森が現れる。


「わ、ありがとう」


 少し申し訳なさそうな気持ちでプリントを受け取る小城さん。岡森のやつ、余計なことを……だいたい僕が見せたプリントじゃないか。


「岡森くんの字って綺麗だね」


 プリントを覗き見ると、確かに字がしっかり丁寧に書かれている。こんな綺麗に書く暇があったら問題を解く努力をしろっつーの。


「はい、プリント回収します」


 チャイムが鳴ると同時に、担任がいきなりプリントを回収してしまう。


「まだやっていない生徒は、今日残ってやるように」


 やり終えていないクラスメート達はたちまち苦い顔になる。あの中に岡森も混ざっているハズなのに小城さんにいい顔できて、ドヤ顔で提出している。誰のおかげだと思っているんだ。


「ねぇ、藤崎くん」


 にこりとこちらに笑顔を向ける小城さん。それだけで僕のイライラは宇宙の彼方へ消し飛んでいく。


「藤崎くんも良かったら、クラスLINEに入らない?」

「クラスLINE?」

「うん、このクラスでも30人くらい入っているんだけど、良かったらどう?」

「おお、なら入ろうかな」


 クラスLINEが云々よりも、せっかく小城さんが誘ってくれているのに、断る理由などどこにもありはしない。


「じゃ、招待しておくね」

「ありがと」


 相変わらず素っ気ない返事しか出来ない僕だが、精いっぱいに笑顔を作ってみせる。

 小城さんは美人で誰にでも親切で、僕みたいな地味な奴にでも接してくれる。そんな彼女に憧れを抱いた。

 普段、小城さんが何を考え、僕や岡森にどのような感情を抱いているのか少し興味が出てきた。『そんなことはできない』のなら諦めるが、今の僕には出来る。HONNEを使って話しかけさえすれば。





『今日の夕飯の食材買ってきてくれない?』

《買って来るの忘れたから兄ちゃんに頼もっと》


 下校時、妹からLINEが来た。本音が見え見えだが、だいたい見当のつくものだった。


『了解』


 送信ボタンを押すと、LINE画面に自分の打った文字が表示される。

まさかとは思うが、妹の画面にも僕の本音も一緒に送信されてなんかいないよね? だとしたら気持ち悪いな……その気持ち悪いことを、僕はやっているわけか。


『いやぁ、今日はプリントサンキューな。助かった』

「あれ?」


 いつの間にか、岡森からLINEがきていた。本音も一緒に。


《しかしコイツはほんと扱いやすいな。ちょっと頼めば見せてくれるしww》


 こいつ、全然思ってることと言ってることが違うじゃないか。


『いいよいいよ』


 適当に送信すると、すぐ返事が来る。文字打つのだけは早いな……へ?


『お前、いい奴だな。今後も頼むわ』

《ま、小城の好感度上げるために接してやってるだけだがな。小城がいなかったら誰がお前なんかとつるむかっつーの》


「なに、これ……」


 表情が固まるのが分かる。なんで岡森とのトークに小城さんが登場するんだ?


『考えたら、僕らって二年くらい同じクラスだね』


 強引に話を繋げるため、適当に話を振ってみる。こいつの本音が見たい。


『そーだな、仲のいい証じゃね?(笑)』


 返信の内容は、メールでよく見る『いつもの岡森』だった。


《小城がいるからだっつーのバーカ。ついでだよ、ついで。コンビニ弁当の草みたいなもんだ。お前がいたら色々と便利だからな》


 壮絶に気分が悪くなった。岡森のヤツ、僕のことそんな風に見ていたのかよ。


『だといいね。それじゃあ』

『おう』

《あー、うざうざ。やっと終わったぜ》


 それ以上話す気はなくなり、LINEを閉じようとするとグループ招待がきている。


『小城優香さんから、【仲良し二年四組!】へ招待されました』


 ……ああ、うちのクラスLINEか。ちょっと参加してみるか。

参加のところをタップすると、すぐさまクラスの人々からメッセージが来る。


『おー、藤崎やん』

《なんで来たんだろ……邪魔だなぁ》


 第一声は、岡森だった。


『よし、これでだいぶ揃ってきたね』


 あれ? この人はクラス委員かな。あの人ちょっと苦手なんだよな。先生とか先輩に媚を売ってるようで、気に入らないと言うか。小城さんと違って八方美人で少しムカつく。さて、この人の本音も見られるな。


《うっわ、馬鹿が固まってるわね~》


 案の定、委員長の性格は終わってんな。


『そだね~』


 クラスメートの女子の一人が返信する。


《機嫌取りウゼェ……なんでお前が仕切ってんだよww》


 僕とほとんど変わらない感情を抱いている。


『記念撮影した写真はここに貼るからよろしく』

《学年変わったらこんなところ退会するから思い出とかマジいらねww》

『りょーかい☆』

『うぃー』

『分かりました~(^^)』


 いっぺんにいろんな人から送信がきたためか、本音機能がすぐに機能しない。その代わり、一気にまとめて本音が僕の端末に垂れ流れてくる。


《まじうぜぇ、こいつとは思い出作りたくないわ》

《は? 何コイツ調子乗ってんの?w》

《こういうのが一番ムカつくわ~》


 委員長とは比較的仲が良いと思っていた人々も、本音は腹黒いものばっかりだ。消した

 これが、人間関係ってやつなのか? こうやってみんな猫を被って喋っているものなのだろうか。


 小城さんと話すことが怖くなってきた。

 小城さんももしかしたら、ここで話している人たちと同じなのかもしれない。まさか、小城さんに限って……いや、そうとも言い切れない。


「信也、夕飯できたわよ」


 ノックして、母さんが入ってくる。


「あ、うん。すぐ行く」


 スマホの電源を切り、母と一緒に食卓に向かう。


「ねぇ、母さん」

「ん?」

 母さんはこちらを向いて首を傾げる。

「もし、人の心が分かる機械があったら、どうなると思う?」

「そうねぇ、夢みたいな機械だけど……人間関係が保てなくなると思うわね」

 人間関係が保てない……つまりそれが、今の僕ってわけか。

「人間って嘘をつく動物だから、本音をさらけ出して話すことなんてできない。だからその分、建前は大事よ~」

 そうか……やはり、そういうことだったのか。

 

 

 

夕飯を食べ終えると、自室に戻る。


「さよなら、僕には必要ないや」


 ホーム画面のHONNEのアイコンを長押しし、アプリをアンインストールする。そしてすぐにアップルストアを開き、今度こそ間違いなくLINEをインストールする。


 人智を超えたものなんて必要ない。

それで人間関係が崩壊するなら、今ある者だけでいいや。




 翌朝、LINEのアカウントが消えたと嘘をつきIDを交換し、もう一度クラスLINEに招待してもらった。


「すまーん、日本史のノート見せてくれ!」


 岡森が馴れ馴れしく僕と小城さんの間を割るように入ってくる。この図々しい奴め。お前なんかに僕の天使は渡さないぞ。


「あ、そういえば私、英語のノートを欠席したから写せてないんだった。見せてくれない?」


 今度は小城さんが手を合わせて頼んでくる。この藤崎信也に任せなさい!


「おう、それなら俺のノートを……」

「岡森は日本史を写しなさい」

「……はい」


 リベンジ成功!




 深呼吸で心を落ち着かせ、勇気を振り絞って送信ボタンをタップする。


『小城さん、今大丈夫?』


 こんな些細な一文を送っただけで胸が楽になる。怖くない……大丈夫。


『大丈夫だよ、どうしたの?』


 小城さんからの初めての個人LINE。彼女の言葉の後にはもう、悪魔の言葉は出てこない。

 小城さんが何を今考え、僕にどのような気持ちを抱いているかなんてこれっぽっちも分からない。

 けど、それがいい。それが人間関係ってやつなんだから。


『あのさ……』


 この話について、小城さんはどんな返事をくれるんだろう。そして、どんな気持ちを抱いてくれるだろう。

 そんな期待を込めながら、続きの言葉を入力していった。



『小城さんに聞いてほしい話があるんだ』



END


最後まで読んでくださり有難うございました!

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