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私小説事件

作者: 舞如
掲載日:2015/03/04

 ――だめ、書けない。

 わたしは携帯を放り出すと、ベッドに身を投げた。この時期のお布団は最強、なんて言うけれど、今はすっかり冷えきっていて、わたしに手厳しい。ああ布団よ、我が愛しの君。あなたまでも、わたしをのけ者にしたもうか。文学の神をを失った今、わたしにはあなたしかおらぬというのに。……なーんちって。


 某高校の二年生、受験生一歩手前の三月。新文芸部部長のわりに貫禄がないわたしだけれど、部員から原稿を催促するときだけは、充分に圧力を出せる。というかむしろ、怖がられている。ささやかな、地元のコンクールで佳作をとったのが唯一の自慢。言ってしまえばそれだけだけど、わたしは結果を気にしていない。だってわたしは、単に書くのが好きなだけだから。


 長時間ごろごろしていると、お布団があたたかくなってきた。うむ、ぬくいぬくい。ってこれ、元はわたし自身の体温だけどね!



 さて、困った。

 正確には、さっきからずっと困っている。

 いつもなら何も考えずに書ける、あまーいラブストーリーが、いつまでたっても降りてこないのだ。

 とは言え、こんなことをしていても、部長の自分が設定した締め切りを延ばせるはずもなく。とにかく書かなきゃ。そのままの姿勢でむんずとケータイをつかみ、再び画面とにらめっこする。映るのはわたしの顔。……わたしの顔? あ、電源電源。スマホに変えてから、たまに忘れちゃうのよね。横にあるボタンを押すと、ぱっと現れるロック画面。何もセキュリティーを設けていないこれは、ちょんとさわるだけで解除できてしまう。


 フォルダ上に並ぶ、書きかけの物語たち。結末はちゃんと考えてあるのに、どうしても書けない。

 原因は分かりきっている。――失恋だ。



 ほぼ、一目惚れだった。そう言うのが、わたしのあの終わった恋を表すにはふさわしい。

 文芸部誌での世界観に魅せられ、

 部活動紹介での低い声に惹かれ、

 初めて会ったときの会話のユーモアに笑い、

 それぞれ別の個性として、素敵だな、と思っていた。

 ……なのにそれが、すべて同一人物だったと知ったときの衝撃たるや。しかも、自覚するまでにはかなりの時間を要した。それまでにも、気づかない方が不思議なイベントは沢山あったのに、ほんとうに鈍感馬鹿だ。好きな本を訊いたり、苦手教科の宿題を教わったり、お祭りとか行かないのかなあと考えたり。そんなこんなで自分の恋心に気づいたのは一年生のとき、文化祭の始まる三日前。つまり、約半年後。

 でも、結局その壮大な片思いは成就しなかった。昨日、先輩たちは卒業してしまった。告白すらできず、わたしの幼稚な恋は静かに幕を下ろした、というわけ。

 恋愛小説が書けないのも、その失恋のショックが大きい。あんなに自分を占めていたものが、突然なくなったのだから、当然だ。それでなくても、わたしは、気分が作品に反映されやすいところがある。

 あーあ、自分で語って自分で悲しくなってきた。


 もう切ってしまおうと思い、親指を動かす。

 しかし、それを制するかのように、バイブレータが作動した。

 ――メール受信、相手は――



 震える手で画面にふれる、初期設定のままで表示されるメール本文、かすかに唇が動く。


 わたしは飛び起きると、近くにあったマフラーだけは身につけ、走り出した。

 土曜日の午後三時、まだまだ日は高い。



*


「……おせーよ」

「す、みませ、……でも、これでも走って、来ました」

「及第点」

 何が及第点なのかは分からないが、息を切らせたわたしの目の前に居るのが、紛れもなく先輩だということだけは、分かる。

 ――今から学校に来い。

 先輩が寄越したメールは、それだけだった。


「髪、ぼっさぼさ」

「え、うわっ」

 きゃー、と内心焦りながら、急いで整える。くくっていないわたしの髪は、マフラーの端からぴょんぴょん飛び出ていた。

「……ほんっと、何考えてんだろうな」

「はい?」

 髪を直し終え、何かをつぶやいた先輩に聞き返した。

「ま、いいんだけど」

 ぽん、と頭に手を置かれる。思わず、目を閉じた。


「でも、どうしたんですか? 急に」

「ああ。ちょっと、一言だけ」

 そのまま、髪を撫でられる。

「迷ったんだが、やっぱり言いたくてな。もう遅いだろうけど」


 正直、混乱している。

 だって、こんなこと、されたことなかったから。

「驚くなよ、……あー」


 待って、タンマ。

 手が離れたかと思うと、今度は自身の頭を抱えた先輩。その表情はちらりとしか見えなかった。でも、その状況を把握するのには充分で。


「ね、先輩」

「何だこのやろー……、」

「女の子って、変なところで鋭いんですよ」

「……ああ?」

 少々ぶっきらぼうに答える先輩。

 わたしは、かわいいなあ、と思いつつ。


「だって先輩、わたしとおんなじ表情してるんですもん」


 とだけ、答えた。



*


「うっわ」

 後輩のアイちゃんが声をあげた。

 新入生歓迎号を刷り上げ、製本が終わったところだった。時間が中途半端に余ってしまったので、それぞれ好きな作品を読んでいる。アイちゃんはわたしの作風を気に入ってくれているようで、毎回わたしの分から読んでくれる。

「お気に召しませんで?」

「いやいや、いつも通り素晴らしいんですけど、でもあの」

 やけに言葉を濁すアイちゃん。続きを促すと、言いにくそうに、

「いつもより、かなり甘すぎません?」


 どうやらやはり、わたしは作品に気分が現れやすいようだった。

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