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魔王は魔界を統べる絶対的な存在である。その強さは圧倒的であり、逆らえば命は無い。それは誰が相手であっても変わることはない。クローディアとて例外ではなく、メイドでもある彼女は最も蔑ろにされやすい立場であった。
クローディアは謁見室の扉の前に立って深呼吸する。
そして、扉の前に立つ近衛兵を見て頷いた。
「失礼いたします、陛下。クローディアでございます」
「入れ」
陛下の許可が下りたため、近衛兵は扉を開けた。
他国の使者たちをもてなすためのその場は、大理石の床に赤い絨毯がしかれ、豪奢なシャンデリアが浮かぶ華やかな空間であった。
その空間の奥の玉座には、魔王陛下が座っていた。
クローディアは絨毯の上を歩き、ある位置まで来るその場で跪いた。
「我らが魔王陛下、本日も………ッ!!」
頭を垂れ、挨拶の言葉を口にしようとしたとき、突然後頭部を押さえつけられ、床の絨毯にぐりぐりと押し付けられた。
「へ、いか……」
クローディアの頭を押さえつけているのは魔王その人であった。
ああ、すごく怒っている。何故か、機嫌が悪い。あと、額が擦れて痛い……(泣)
「なげぇ挨拶はいらねぇよ。………それよりもてめぇ、俺の世話放って何してやがった?」
「痛い、痛いです!陛下!」
「聞こえねぇな。答えないなら、足で踏んでやっても良いんだぞ?」
「本日は明日の春爛祭の準備でお傍に控えることができないと申し上げたではありませんか!」
痛みに半泣きになりながら、クローディアは答えた。これで思いっきり踏まれたりしたら頭蓋骨割れる………。
春は多くの魔族が発情期となる。春になれば暫くの期間は舞踏会が多くの場所で行われ、魔族は淫欲の日々に耽り、爛れた生活を送ることとなる。その日々の始まりを告げるのが、城で行われる春爛祭である。
「あぁ、もうそんな時期か。………でも、だからってな、」
「………っ…た…」
床に頭を押しつけられていた圧力が消えたかと思えば、髪を掴まれ顔を上げさせられる。
綺麗に整った魔王陛下のご尊顔がぐっと近づいてきた。
「俺の専属メイドが他の仕事してどうすんだよ。お前の仕事は俺の世話だろーが」
魔族の象徴的な紅目が獰猛に光っている。
「いつも言ってんだろ?お前は俺の世話だけしてればいいんだよ」
「ですが陛下、そういうわけには………」
「周囲を気にする必要はない。お前の主は誰だ?クローディア」
「我らが魔王陛下、サイラード様です」
クローディアの答えにサイラードは満足気に笑みを浮かべた。
「いつもの」
「かしこまりました。お部屋にご用意いたします」
「ん」
一礼して、謁見室を素早く退室する。
クローディアはひっそりと思う。
リーユは逆らってもいいのだと言ったけれど。
私が逆らうわけがない―――いや、逆らうつもりが無いと言った方が良いだろうか。
クローディアにとって、サイラードは至上の存在。そしてそのサイラードが言うことは絶対なのだから。