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漸く休憩時間を取れたのは日が傾きかけた頃であった。
「あー……つかれたー………」
メイド達の休憩室に入るなり椅子に座りテーブルに突っ伏す。
今日ほど忙しかったのは久しぶりだ。普段であれば、昼食時前後に交代で休憩時間を取れるものなのだが、今日はそんな暇がなかった。
走り回っていたせいか足はじんじんと痛み始めているし、昼食を食べてないお腹は限界値を突破している。いろいろ考えながら動いていたせいか、わずかに頭痛もしていた。
もう動きたくない。でもどうしよう。早いこと何かを口にしないと、やっととれた短い休憩時間が終わってしまう。でも、疲れて動きたくない。いっそこのまま、職務放棄して眠ってしまいたい……。
「お疲れ様」
聞きなれた声と共に、陶器が近くに置かれた音がして、クローディアは顔を上げた。
ティーカップとスコーンの載った皿が目の前にあり、クローディアは目を輝かせた。そしてそれらを置いてくれた同僚を見る。
「ありがとうございます、リーユ!」
クローディアの正面に腰かけた彼女はふふふ、と軽やかに笑った。
「いいのよ。今日は忙しかったものね」
リーユの言葉に頷きながら、クローディアはティーカップに手を伸ばす。茶葉の良い香りが漂った。甘く温かい紅茶を飲むと、頭痛が少し和らいだ気がした。
「美味しいです……さすがリーユ、お上手ですね」
紅茶を飲むと、限界値を超えていたお腹もすいてきたようで、クローディアはスコーンを食べ始めた。そしてすぐに二つを食べ終えてしまった。
よし、お腹は少しばかり満たされた。今日は、あと少し仕事を片付ければ終わりだ。余計な仕事が増える前に、さっさと片付けてしまおう。
「少しは落ち着いたかしら?」
しかし、クローディアが食べるのを静かに待ってくれていたリーユが話し始めたため、椅子を下げただけに終わる。
「はい、ありがとうございました、リーユ。あと少し作業が残っているので......」
「片付けが終わったと言っても、いつもの仕事があるものね。でも少しだけお喋りしましょ」
最低限の食事を済ませたら業務に戻るつもりであったのを気付かれていたようだ。リーユに断りを告げようとしたのを阻まれてしまった。もう少し休憩していきなさいと言わんばかりに笑むリーユは、今日掴んだばかりのネタを披露するつもりなのだろう。
少しなら良いかと思い、「はい」と頷こうとしたときだった。
――――――――――――来い、クローディア。
突如として脳内に響いた低い声に、クローディアは息を吐き出した。あの方がお呼びだ。
「申し訳ありません、リーユ」
「良いのよ。でも、あまり休めなかったのではない?」
心配そうにクローディアの顔をのぞき込んでくるリーユを安心させるように笑った。
「大丈夫です。充分休めました」
「あなたがそう言うなら良いけれど..........。あんな傲慢最低男なんて、さっさとくたばってしまえばいいわね」
「リ、リーユ....誰かに聞かれては大変です…っ」
嘆息し、あの方を平然と貶し罵倒するリーユに、クローディアは思わず辺りを見回していた。
流石に上級メイドであっても、誰かに聞かれたら不敬罪で投獄されかねない。何せ、リーユが貶した相手は……
「あの方は、魔王様なんですよ!」
「あら、あの糞男に酷使されて、私の大事なクロアに何かあった方が問題だわ」
リーユは、平然とした表情で言い切った。先ほどからの発言から分かる通りで、彼女はこの世界の魔王に対してあまり良い感情を持っていない。常日頃、クローディアの前では非難しまくっている。
「今日は忙しかったんだから、無茶してはダメよ?」
「リーユ………」
「あの男は貴女を困らせたいだけなんだから、無理だと思ったことは逆らっていいのよ」
その言葉にクローディアは微笑を浮かべ、部屋を出た。