殺人気の微笑み
何分経っただろうか? もしかしたら何時間も経っているのかもしれない。その程度の間、私と里奈は泣き叫び、香苗の死を受け入れるのを頭の中で拒否した。
ただ、どれだけ泣こうと喚こうと、現実にあるのは扉の前の赤に染まった手と未だ残るタンパク質の焦げた臭いだけだ。
私はそれを見るたび臭うたび、床に胃の中の物を吐き出した。何度も吐き出した為胃の中のものは空っぽになってしまっている。
只の平凡な10代の学生にこの現実と光景は辛すぎる。恐らく一生このトラウマと呼べるこの光景と付き合うことになるだろう。
ただ、里奈の方がもっと酷い。
学校で出会った1年間の付き合いの私とは違い、十数年と連れ添った親友なのだ。里奈にとっては。生きていくうえで、いて当たり前となった人物。共に泣いて笑って成長した親友だった筈だ。
そんな友人が目の前で気が狂ったように叫び、のた打ち回り、挙句の果てに絶命したのだ。もはやトラウマかどうかの騒ぎでは無い。
今、里奈は友人の死が未だに受け入れらていなかった。
時折、地面に膝を抱えて蹲る隣から、乾いた鳴き声と笑い声が聞こえてくる。
不気味だ。友達の事をそういうのはどうかと思うが、不気味と言うほかなかった。
「香苗、ねぇ~香苗ぇ。なんで動かないの? 早く起きてよぉ、ねぇ。まだ肝試し終わって無いよぉ?」
私は我慢の限界だった。隣でそう何度も重みの無い虚ろな声など聞きたく無かった。私は立ち上がると里奈を横へ突き飛ばし、その驚いている顔の頬を叩いた。
「いい加減に、してよ」
パンッ! と乾いた音が建物の中で木霊する。案外大きな音が出たなと、私は暢気に考えていた。
……ただ、そのあとすぐに里奈は狂い始めた。
「痛い……、痛い痛い痛い痛い! 何するの、唯! 痛いじゃない! 私の事嫌いなの? 香苗みたいに私をいじめるの?」
「ぃ……たっ!?」
私の腕をつめが食い込む程に握りながら叫んだ。
里奈はまだ現実を受け止めていない。香苗が寝た振りをしていじめてるなんて現実逃避をしている。そんな時に私が暴力を振るえば狂ってしまうのは目に見えていたはずなのに。私も気がどうにかしている。
「は、ははは。もういい、香苗も唯も嫌い! 嫌い嫌い嫌い!」
私が跨る下で暴れたかと思えば普段非力なはずの里奈が私の体を突き飛ばしたかと思えばどこかへ走り去ってしまう里奈。
私は小さく悲鳴を上げ、そんな姿の里奈を見ながら血塗れた床に落ちた。
ぬめぬめと手に感触を感じる。気分が悪くなってきた。
「って、それよりも。里奈!」
一瞬、不意をつかれた為少し現実逃避をしたが里奈さえもこんな危険な場所で気をおかしくしてどこかへ行ってしまった。
何があるかわからない。もしかしたら廊下を歩くだけで達磨にされるかも知れないこんな場所で我を捨ててしまっては自殺行為もいいところだ。
だから私は理解してしまった。次に里奈の顔を見る時は青白く、血の抜けた死体の顔だと。
「あ、ああああ」
私は地面に四肢を付いて崩れ落ちる。もう、無理だ。友人二人を目の前で二人も亡くす事になるなんて誰が思うだろうか。
これからどうすればいい? どうやったら外に出れる? どうしたら里奈を助けれる? いや、それ以前に私さえも生き残れる気がしない、どうしてここに来てしまったのだろう。どうして二人を止めなかったのだろう。
わからない、わからない、わからない! もう何もかもわからない!!
「あぁ~あ、君一人になっちゃたねぇ。あは。ふふあはは」
「ひっ。……だ、だれ?」
私はそんな不可解な声を聞きながら頭を動かし上を見上げる。そこには血塗れた白衣をきた20代であろう長い髪に顔を隠した男性が口を微笑で歪ましていた。
「だれ? だれだって? あはっ、面白い事を聞くんだねぇ君は。勝手に人の家に上がっておいてさぁあ?」
「いぎっ?!」
そんな男性は質問に答えたかと思えば私の髪を乱暴に掴み、そのまま体を引きずられる。
どれだけ痛い痛いと叫ぼうとも男性は微笑んで奇妙に笑うだけだった。