殺人鬼の仕掛け
「到着! ほぉら唯、遅い遅い早く来て!」
香苗に言われ速度を上げて走って隣に行き、指差す方向を見る。
街道から外れ、川沿いに少し歩いた場所にそこはあった。
線路が通る橋の影に隠れてよく見えないが、懐中電灯で照らすと確かに黄色いテープが何本も見える。
岩と土を削るようにある入り口は黄色いテープに塞がれ奥には錆びた鉄の重々しい扉がそれらしき雰囲気を出していた。
駄目、本当勘弁してよ。そういうの苦手なんだってば。心の中で言ってもどうもなら無いのだが。と、いうより何でここに扉が……。
「確かここって住処以前に何かの研究所の跡とか何とかってお母さん言ってたよ。なんか人体実験とかで研究が中止になってそのまま放置になったらしいけど」
「へぇ~そうなんだ」
心の中の疑問を香苗が答えてくれる。ってちょっと、まて。ここってそんな所なの? ふざけるのも大概にしてほしい。殺人鬼の住処の前にそんな危なっかしい研究所跡だとか。雰囲気を持ち上げすぎだろう。本当に帰りたくなってきた。
「じゃ、早速入ろう!」
「お~!」
二人はそんな私を他所に、べリべりと黄色いテープをはがし中に入っていく。あんたら本当すごい根性だね。私には絶対まね出来ないわ。そんな後ろ姿を懐中電灯で照らしながら追いかける。
重い鉄の扉を二人は一生懸命に開け、中を懐中電灯で照らしながら「おお~これは何かでそう」「すごいねぇ」等と陽気に級友達は意見を言い合うが私はどうも嫌な感じがしてならない。 いや、怖がってるだけかも知れ無いがどうも先ほどから寒気がするのだ。
そんな私の気も知らずにどんどん中へ入っていく二人。正直今すぐに二人を止めて帰りたいが、変にプライドが邪魔して出来ない。ついに私も渋々その場所に足を踏み入れる。と同時にそれは起こった。
バン!と音を立てながら鉄の扉が勢いよく閉まったのだ。
「っひ」「うわっ!」「なっ!」
私達三人は扉に振り振り返る。思ったとおりに扉は一寸の隙間無く閉まっていた。
「ちょっと唯、驚かさないでよぉ」
「そうだよ、そういうのやめてよ」
香苗と理恵は私のせいにしているが、決して私は扉には一度も触っていない。勝手に扉が閉まったのだ。
だけど私はその事を認められずに、心では風のせいにして「ごめんごめん」とふざけるように二人に謝る。
そう、きっと風のせいだ。私はそう結論付けると扉から目を離し中を懐中電灯で照らしながら見ていく。
奥に続く一本の道があり、その左右にはいくつもの部屋がある。そして文字がすれたり、一部が破れたりしている紙が何枚も床に散らばっていた。ここだけを見れば別段と怖く無い。だけど壁の所々に付いている錆か血か分からない赤黒い染みは本当にやめて欲しい。それが怖くて仕方ない。
「うわぁ、一杯部屋があるねぇ」
里奈、なんであんたはそこまで陽気でいられるの。ここ殺人鬼の元住処よ? もっと怖がりなさいよ。
「よし、それじゃどんどん奥に進んでいくよ!」
香苗はそういいながら進んで行くと一つの最寄の扉に手を掛けノブを回し、ゆっくりと開く。里奈はそのすぐ後ろに行ったが私は少し距離を取って二人を見守った。
錆びた扉の軋む音が嫌に耳につく、それだけで恐怖が倍増する。あぁどうして私ここに来ちゃったんだろう。何て考えれてる辺りまだまだ余裕が残ってるわけで。
だけどそんな余裕も次の出来事で根こそぎ奪われた。
シャンッ……、ボトリ。
短く、それでいてなんとも分かりやすい音。金属がこすれる音の次に物が地面に落ちる音。その後にはぴちゃぴちゃと地面に雫が落ちる音がしきりに続く。
「血、血!? 香苗って、て、手が」
里奈が顔を青白くして指差す方向。そこにはさきほどまでノブを握っていたであろう香苗の小さくて白い手がその握る形を残しながら地面の赤い水溜りの中に落ちていた。
香苗は一瞬、唖然として見ていたがだんだんと理解していくとその顔を一瞬にして悲痛に変えて叫びだす。
「あ、ああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い!! 痛いよおおお!」
「か、香苗!」
手が綺麗に手首から切れて落ちているのだ。普通の学生である私の脳ではついていけない程の出来程。もちろん今蹲りながら真っ赤に染まった手首を押さえながら何度も「痛い」と叫ぶ香苗も、そばにいる里奈も同じ事が言える。
それ以上に、 常識では考えられない出来事に体の欠損を真近で見てしまった私たち。混乱と恐怖で一杯になるのが当たり前だ。
「いやいやいやいや!」
堪えられない! もうこんな所嫌!! 私はすぐに二人に背中を向け無我夢中に出口へ出口へと走る。
すぐに扉にたどりつき、扉を力一杯押す。だけどびくともしない。なんで、どうしてよ! さっきは開いたのに!
「いや、もういやああああああ!」
香苗の声が建物の中に響き渡ると同時にどたどたと誰かが暴れまわる音が聞こえる。
私は置いてきた二人に懐中電灯照らして様子を見る。
「香苗、しっかりして、香苗!」
里奈は何度も香苗を呼ぶが混乱と不安と喪失感が募った香苗には到底届かなかった。
地面をのた打ち回る香苗は開けた扉の中に入っていく。私と里奈はそんな香苗を止められなかった。
そして最後に聞こえたのは。バチンッ! と電気がはじけた音と、「っが、」と短い悲鳴。残ったのは焦げ臭い肉のにおいだった。
噂の殺人鬼の話の中にこんなものがあった。
その殺人鬼は警察の手から逃れるために住処には色々な仕掛けを施していると。その仕掛けには掛かった物は残らず殺人鬼の餌になったと。そして……、その仕掛けは数年たった今でもまだ生きていると。
もし、もしその話が本当なら。さっきの音と、このこげた肉のにおい。そして静かになった香苗……。は、ははは、そんなこと無いよね? まさか『死んでる』なんて。
私は何度も頭の中でそう叫んで希望を抱くが、里奈の叫びでそんな淡い希望は無くなってしまう。
「香苗ぇぇえええ! 香苗、返事してよ、ねぇ香苗ええええ!」
「里奈! だめ、行っちゃ!」
私はすぐに里奈の元へ行き、香苗の所へ行こうとする里奈を止める。
「離してよおおお! 香苗が、香苗がああ!」
里奈は羽交い絞めにする私から逃れるために叫びながら暴れる。ここで離したら次は里奈が……っ! 私は混乱する頭の隅に合った冷静さを総動員し、里奈を取り押さえる。
そして私は思い至った。なぜ今でもKEEP OUTのテープが厳重に張られていたのか。そして、夏休み前に行方不明になった級友が目を失って戻ってきたのか……。ここは、この殺人鬼の住処は主人が死のうともまだ、死体を求めているのだと。