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ADAM  作者: 流風 生海
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償い(5)

 執務室の扉を閉め、ロックをかける。

 デスクの端末を開き、情報部からの文面の最後に記されたアドレスを入力する。

 開いたのは文字チャット画面。何の模様もないグレーの地に白い文字枠のみがある画面。 NUNのマークさえ無い。


 自分の方の情報は一切渡さないということか。


 程なくして画面にアルファベットの羅列が走る。暗号か。念のいったことだ。

 最初は落ち着いていた葉月だが、入力され終えた一文を見て思わず両手を机に突く。

 (な、これは・・・私の考案した暗号だと!)

 葉月の頭の中だけにあるはずの解読キーを使うと分かる。至極簡単な問いかけだ。

 『貴殿は城森=サリィ=葉月で間違いないか?貴殿の軍登録番号を入力せよ』

 流石はNUNの情報部というところなのだろうか。こちらの手は・・・抗うだけ無駄ということなのか。

 素直に自分のコードを入力する。

 再び文字列。今度は中町司令の考案した暗号だ。

 これはつまり・・・こちらの所蔵する文書は全て解読されていると思ったほうがいいだろう。

 『確認した。貴殿を城森中隊長と認めよう』

 『ありがとうございます。ではこれから暗号N2からH1への掛け合わせで交信します』

 自分の先程使われた暗号で答える。

 はっきり言って葉月の暗号「H1」とは大したことはない。仲町司令の「N2」もだ。

 これらは他の暗号と組み合わせて撹乱するための暗号。

 だがシンプルであるがゆえに、まさか「そういうトラップがあるとはとは思わない」そういう心理的な暗号である。


 『了承した。では本題に移ろう』

 『まずは、援助の申し出、ありがとうございます。しかしながら、これほどの支援、当基地のみが受ける理由がわかりません。先ずはそこを説明願えますか?』

 一応しらを切ってみる葉月。何の抵抗しないというのも却って怪しかろうし、向こうから少しでも情報を引き出したい。せめて、本当に「アダム」の事を認知しているのかの確認だけでもと思う。


 『それはわざわざ説明せねばならぬことかね?貴殿が故中町司令から聞いていない訳はあるまい』

 『作戦上の機密も含まれる内容ですので形だけでも説明願います』

 『その慎重さ良しとしようか。では端的に説明しよう。目的は宮本蒔司少尉の保護だ』

 『何故宮本少尉が保護の対象なのでしょうか?』

 『いくら何でも「アダムの意味」をここに記すことは危険が生じるとは思わんかね?』

 はっきりした。完全にバレている。

 だが、ここで引けば下手すると、トリスティアの思うつぼとなる。いや、そもそもこの相手は「自分がNUN情報部長のトリスティア」だとは名乗ってもいない。


 返答に窮していると向こうから打ってきた。

 『事態が事態であるが故に慎重になろうというのも分かる。だが、そもそもアダムの秘匿を命じたのは我々だ。今回の件、私達も責任を感じていると取ってもらえまいか?』

 『それでは単純なる支援ということで宜しいのでしょうか?』

 そんな訳があるはずがない。だが一旦下手に出てみるのも方法の一つだ。

 『隠しても話が進まないようだな。私も暇な身分ではない。よかろう。このリンクにアクセスしたまえ。ファイル名がパスワードになっている』

 そのリンクにアクセスするとファイルのダウンロードが始まる。

 ファイル名を入力しファイルを展開する。

 それは「アルゴ」の機体とブラックボックスの設計図、更にはこの枕崎基地での独自開発であったペガサスとの戦闘シュミレーションだった。

 『これで我々の本気度が理解してもらえたかね?』

 チャット画面にはそう表示されている。

 機体の設計図はまあ、分かる。だがブラックボックスのデータを伝えてくるとは意外だった。

 BB制御のブラックボックスは最高機密だ。これらさえあればこの基地でも完璧なアルゴのコピーが作れるといっていい。

 それよりも、どこにも公表していないペガサスのFモードを含めての性能が知られている事に脅威を感じる。

 この段階でこの情報。向こうが誰であれ、「本気」なのは間違いない。

 『理解しました。では、具体的に私たちの方は何を提供すれば良いのでしょうか?』

 『アルゴは性能こそ高いが、NUN情報部の性質上実戦経験がない。そこで貴基地での実稼働データを取りたいというのが一つ、宮本少尉の護衛に役立てたいというのが一つ。それと、宮本少尉の護送の守衛役というのもある』


 来た!と思った葉月。ゴクリと唾を飲み込む。

 本当の狙いは蒔司を取り上げる事。それに間違いない。

 『恐れながら、宮本少尉の戦闘能力は当基地では欠かせないものになっています。また、宮本少尉はようやくこの世界に慣れたばかりであり、むやみに環境を変えていいものか疑問が残ります』

 『そのためのアルゴだ。シュミレーションのとおり、アルゴはそちらのペガサスの性能を上回る。これだけ数がいればペガサスの穴は十分に埋められると判断しての30機なのだが?』

『残念ですが、このシュミレーションデータは普通の搭乗員が乗った場合の結果です。ペガサスもチューンが始まっていますし、宮本少尉は生身でBBを倒せるだけの戦闘能力を持っています。更に戦術に対する知見も深い。恐れながら、実際に宮本少尉が改装されたペガサスを駆るとなると。アルゴでは歯がたたないと思います』

 『大きく出たな。それほど惜しい人材なのかね?』

 『これまでに積み上げてきた実績を考えると。それにうちの隊員が納得するはずがありません。彼女たちはある意味宮本少尉のおかげでこの基地が存続しているということを肌で感じています。正体がどのようなものであれ、宮本少尉の異動は部隊の不協和音を導きかねない。これは中隊を預かる身としてほぼ確信できます』

 『だが、それは宮本少尉を戦闘要員として見た場合の評価だ。我々は本人の「本質的」なスペックを気にしている。それに、以前も伝えてあるが、我々としては宮本少尉の戦闘参加を望んではおらん』


 蒔司の本質を表面だけ見れば、確かに戦闘には参加させたくない。

 だが、奥まで覗くとわかる。仲間のためなら全力を持って、その身が傷つく事も厭わずに「戦いに臨む」。そしてそれを本人がこの世界におけるアイデンティティと認識している。

 彼にとって自分がこの世界で唯一の男という事は条件のほんの一部に過ぎない。


 『人類への復帰計画を重視しろということですか?』

 『当たり前のことを聞くな』

 『ですがそこには宮本の個人の意志はありません』

 『可能な限り選択肢は用意するつもりだ』

 これではチャイナの襲ってきた理由と何ら代わりがないではないか。

 「自然受胎」という名の新たな利権、人類の母になるという栄誉。それはもはや政治的問題ということか。

 『当基地において既に宮本はパートナーを持っています』

 あえて断言する。この状況においては最早そこしか逃げ道はない。

 『だが、懐妊しているという事実はない。それにアダムの役目としてパートナーが一人という事は許されることではない。それは貴殿も理解しているだろう。そもそも「第2のアダム」を懐妊した場合の手段がそちらにはあるまい』

 返答できない。

 『それに我々にはそちらがあてがったパートナーよりも宮本少尉が望むであろう人物もいる』

 その文面に鼻白む葉月。確かにフェルティは「こちらで用意した者」かもしれない。だが選んだのは二人の意志だ。

 だが。「蒔司が望む人物」?何者だ?

 『であろう人物というような推測でこちらのパートナーとの間を勝手に引き裂く訳には行きません』

 『これは我々の将来の問題だ。個人的感傷で語る事ではない』

 『であるとしても、まだ時期が早すぎます』

 『当面は渡すつもりがないということかね?』

 『申し訳ありませんが。少なくとも宮本の意志を尊重せねば事は上手くは行かないと思います』

 『貴殿は「Chihumi」を知っているかね?』

 その唐突な単語に目を見開く葉月。

 馬鹿な。千文という人物についてはどの記録にも残していない。

 これには返答できない。

 『とにかく、先ずはそちらの警備状況を改善せねばならん。アルゴは今日中にこちらを出る。熊本の方には緊急的支援措置かつアルゴの運用データの採取が目的とこちらから話をつけよう。更に20名のフィルマをそちらに送る。これは近日中にリストを送る。人選の判断は貴殿に任せよう』

 とりあずは引いてくれたのか?だが、千文という含みに関しては教えてはくれないということか。

 『了解しました』

 『宮本蒔司に「アダム」としての自覚を持たせたまえ。それを当面の貴殿の課題としよう。今日はここまでだ。また連絡する』


 それ以上は更新のされなくなった画面を見つめながら一息つく葉月。

 一難去ってまた一難。

 しかも、この世界における蒔司の本当の価値という面でみれば、この要求は明らかに正しい。

 葉月の方が駄々をこねているようにも見える。

 「だが、私は二人を引き裂かないと誓ったのだ・・・」

 すべてを知った世界があるなら、盛んに責められよう。

 だが、アダムとしてではなく、宮本蒔司として接するようになった今の葉月たちにとって、「世界が望むもの」それはあまりにも非人権的なものに見えてしまう。


 端末のボタンを押す。スルスルと画面が本体に巻き込まれていく。

 両肘を突き、組んだ両手に額を預ける。

 対チャイナにしても、対NUNにしても、葉月は遅れを取りっぱなしだ。

 不甲斐ない自分に腹が立つ。

 たった一組のカップルでさえも私は守れんのか。

 握る手に力が入る。

 悔しさで滲みそうになる目頭を意志でねじ伏せる。


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