後始末(5)
ひと通り見舞いを終えた葉月が執務室に戻ってくる。
キュイーネの意識はまだ戻っていないが、他は総じて元気だ。彼らにとって原因不明意義不明の事件ではあるが、押し並べて士気は高い。
そこに安堵を覚える葉月であった。
さてと。
先ずは秘書官に適当な用事を言いつけて部屋から離す。
そして、自室に入る。
ゴソゴソ言っているロッカーを開くと、縛り上げられ猿轡もかまされたエイリィが転がりでてくる。
「大声は出すな」
手首からナイフを取り出しちらつかせながら話しかける。
頷くエイリィ。
猿轡にナイフの切っ先を入れ切り離す。当然エイリィの頬も切れるがそんなことお構いなしだ。
「つう・・・なんだこの待遇は・・・貴様は捕虜の扱い方も知らんのか」
「捕虜?私の眼の前にいるのは重大な犯罪を起こした罪人だが?」
「なら弁護士を呼ッ!グェッ!」
声が大きくなりかけたエイリィを殴り飛ばす。文字通り吹き飛び転がるエイリィ。
痛みにもだえようにもままならないエイリィ。
転がるエイリィの髪をつかみ引き起こす葉月。
「生憎と軍事法廷に関与できる者は皆貴様らに殺されてな・・・お前を裁ける立場にいるのは私のみだ」
「それでは私刑ではないか・・・こんなことが許されるとでも思っているのか」
「ああ、今は非常事態だ。こういう時は略式の軍事法廷も認められる。例え死刑であってもな」
ナイフをエイリィの目の前でギラリときらめかせる。
「お前は大きな勘違いをしている。あの場で殺されなかったことを感謝するべきなのだよ」
落ち着いてはいるが低い声。「怖さ」を含んだ声だ。
ゴクリと唾を飲み込むエイリィ。完全に怯えた表情を見せる。
ようやく口を開くが、先ほどの文字通りの鉄拳で切ったのだろう。口の中が真っ赤だ。
「つまり・・・喋り終えたら殺すということか」
「いいや。そうしたいのは山々だが、立場上お前は敵に拉致されたということになっている。お前の言動如何によっては「我々が救出した」ということで職場復帰も可能かも知れんぞ」
「つまり。取引と?」
その瞬間。間髪をいれずに眼の奥に光が灯るエイリィ。
所詮裏切る人間とはこんなものだ。今度は嬉々として向こうの状況を話すのだろう。
「お前次第だ」
掴んだ髪を引きソファーに座らせる。エイリイの顔を見つめて話す葉月。一応「真摯な顔」を見せる。
「わかった。何をしゃべればいいのだ」
大きく頷いている。これほど忠誠心が無い奴が警察のトップにいるとは。
「この事件の発端から現在「この情報」がどこまで広がっているかを話せ」
その言葉に頷き口を開くエイリィ。
「先ずは、内政において警察が軍を監視する役目を持っているのは知ってのとおりだ。よって我々警察には軍へのアクセス権やルートがある。そこに約4ヶ月前に「軍に異変あり」との通報があった」
蒔司出現で内部が慌ただしかった頃か。
治療のために意識のない蒔司の服を剥ぎ取った瞬間の衝撃が思い起こされる。「股間の突起物」に驚き、何度も検査を繰り返した。確かにあの時期は秘匿するのか公表するのか意見が割れていた。そこを嗅ぎつけられたということか。
「それで?」
「しばらくは泳がせていた。どういう異常事態なのか様子を探るためだ」
「マザーコンピューターにアクセスさせたのはお前か?」
「そうだ。一時的にネットワークを開放し、外部からのアクセスを可能にした。だが、ほとんどのファイルはセキュリティと暗号化で内部までは読むことは出来なかった。周辺情報の解析で「異分子」がこの枕崎コロニーに侵入し、それを軍が知っていながら対処をしていないと言う事しかわからなかった」
それはそうだろう。肝心の暗号解読キーは葉月の立案したものと指令の手書きのキーが複数、しかも文書それぞれであてがう暗号もかける順番も違う。更に正規の解読キーも織りまぜてある。そう簡単に読めるものではない。
「では何故、このような事件を起こした?」
「一月程前だ。これは多分予想どおりと言う事になるかと思うが・・・チャイナエリアの情報部からコンタクトがあった。ジャパンエリアに理由は不明だが「男性」が存在すると。知っての通り、今のチャイナはスライムに追い込まれている。フィルマの計画的生産で凌ぐにしても母親になれるヴィリジアンの絶対数が足りない」
「そこに何故アダムが絡む?」
「とにかく人口の母数を増やす、それが第一。特に戦闘向きとされる「男性」の確保、これが第二。そして何より「精子を生産して輸出する」ことによる国力の維持と示威、これが最も重要だということだ」
「国というものが無くなったというのに相変わらず「自国意識」が高いエリアだな。チャイナは」
ため息混じりの葉月。
「まあ、通常の生殖行動に比べて卵子結合はやはり成功確率が低いし、フィルマの出産は更に難しい。そういうのを考えると安易にこういう事件に繋げようという気持ちも分からんでもない。だが、モノには順序、やり方というのがあるだろう・・・」
「大体にして、このコロニーに男性が居るとの確証を得てはいまい?」
そう問いかける葉月。
「おいおい、私たちの情報網を甘く見ないで欲しいな。99%の確率で宮本蒔司は男性だ」
言葉で抗うエイリィ。
「だが100%じゃない」
「仕方あるまい。様々なルートからの情報を検証して出た答えであり、実際にヤツの裸、もしくは遺伝子情報を見たわけではないのだから」
「ふむ。そこまでの情報は、チャイナの方も知っていると思っていいのだな?」
「全員ではない。チャイナも派閥がある。そのうちの一つだけだ」
「現在チャイナにこのことを知っているメンバーはどれくらい居る?」
「恐らく数名。情報局長で「エリア評議員」の次席の遼子蘭とその部下のみと思われる」
ほう。という顔をする葉月。これなら情報操作で抑えこみもできるかもしれない。
「お前がその遼とやらに直接連絡をつける手段はあるのか?」
「貴様がアクセスしている私の隠しページ。あれはダイレクトに遼氏へのネットワークにつながっている」
その言い方にカチンと来る葉月であるが、ようやく解決口にたどり着いたのだ。張り手をしたい気持ちを抑える。
代わりに現在そのページを表示したままの葉月の端末をエイリィに見せる。
「では、このリスト。全てに「済」と入れてもらおうか」
「それはできない。情報がどの端末からどのように流れているか全て記録されている。つまり、私の部屋の私の端末から入力しないと返って怪しまれる」
明らかに作りましたという風ではあるが、神妙な面持ちでしゃべるエイリィ。つまりは・・・。
「解放と交換条件ということか?」
睨みつける葉月。まだそこまで気持ちが決まっていない。
「どう私を処理するつもりか知らんが、これだけの行動を起こして、誰もその後の報告ができていない。つまり、チャイナ、いや遼氏からするとまだこの作戦は未完了なのだよ。成功、失敗どちらにしてもな」
顔は真面目な顔だ。だが明らかに声が「自分の価値」を謳いはじめている。自分を殺せないと見切ったように。
葉月が覗いていたことを察知していた事を考えても、この秘密情報に誰がアクセスしているかを調べる能力があるのは確かだろう。
仕方がない。
今、エイリィを公的に裁けば、それだけでもチャイナの不信を買う。
おまけに「蒔司がほぼ男である」という情報がチャイナには残ったままだ。
それは次の作戦行動を産むだろう。そして、最早この基地にはそれに対処できる能力はない。




