後始末(2)
ふと気がつくと周りの景色が違うことに気づく蒔司。
暖かい。
右手を誰かが握っている。
それはフェルティだった。
両手で包むこむように、まるで何かに祈るかのように額を押し当て、フェルティが手を握っていた。
「おはよう・・・でいいのかな?」
「気がついたのね・・・よかった・・・」
涙を拭うフェルティ。
赤い目をしながらもにこりと笑顔で返す。
「そうね。もうお昼前よ」
「みんなは?」
「大丈夫。二人には無理させたけれど、おかげでアンネさんもミーシャさんも大丈夫よ」
「二人は?」
「後ろにいるよ」
振り向くとすでにベッドを抜け、アンネの顔を心配そうに覗き込むミーシャと葉月がいた。
「隊長。ミーシャ」
軽く声をかける。
「お、蒔司、気がついたか」
「すまんな蒔司。無理をさせてしまって。私も肉体があればここまでお前を危険に晒すことはなかったのだが」
暖かい顔でこちらを見るミーシャ。深々と頭を下げる葉月。
「危険?」
「うん、今回本当にギリギリだったの。輸血があと数分遅れたら3人とも危なかった。特に蒔司は・・・ごめんなさい」
うつむくフェルティ。
「ああ、蒔司の心臓が止まった時はさすがに焦ったぜ」
ミーシャが後を引き継ぐ。
だが、と言葉を続けるミーシャ。
「そのお前の血がアンネの命をつないだんだ」
「ミーシャもだろう?」
「そうだな。アンネの体には俺達二人の血液が流れている。代わりに俺達の体には沢山の献血してくれた人の血がな」
「今回の事件。失ったものは余りにも大きい。だが、得られたものもあるはずだ。我々はこれからそれを糧にしていかないといけない」
葉月が締めくくる。
身を起こす蒔司。体の動きが重い。
それを見て、自然な動きで支えるフェルティ。
「そうだな。決して良かったとは言えない。けれど、今は「お互いが最善を尽くし現実が答えた」それで納得するしかないね」
ベッドから降りようとする蒔司を止めるフェルティ。
「蒔司。あなたもしばらくはここにいて。いきなり心停止して驚いたわ。そもそも献血できるようなコンディションじゃなかった」
「気が付かなくってごめんなさい・・・あなたのナースなのに・・・本当にごめんなさい」
ひたすら謝るフェルティ。目に涙を溜めている。
それをとどめる蒔司。頬に手をやり、零れそうになる涙を優しく拭う。
「いや、仮にフェルが知っていたとしても、俺は献血を望んでいるよ。強引にでも。あの時はあれで正解だったんだ」
「まあ、フェルにしてみれば蒔司はいろんな意味で特別だからなぁ?ん?気持ちはわかるが結果オーライってやつだ」
ミーシャがからかいを混ぜながらフェルティを慰めようとしている。
「いや、中々どうして堂に入った御姿で」
ミーシャはあまりにも自然体で体を支えるフェルティと体を預け寄り添う蒔司の関係をいじっているのだが。
「あ。」
と思わず口をそろえてうつむく二人。
だが、お互いに体を離さない所も、またそれをおかしいとも思う者もいない。
「蒔司、原因を調べて分かったけれど、貴方体を酷使しすぎよ。骨折を始め、いたるところで肉離れや健を痛めてる。疲労の蓄積で内蔵にもかなり問題があるわ」
「ま、俺は体の調子に関わらず普通に動けるようクセが付いているからね。フェル。君でも気が付かないのも当たり前だよ」
フォローする蒔司。
更に言葉を続ける。
「フェルの言葉は嬉しいし、ありがたいけれど、今、満足に動けるBBが少ない。もうひと踏ん張りしなきゃね」
「ペガサスはしばらく動けんぞ」
いきなり割って入る葉月。
「え?」
「新しい装甲の方が完成しつつある。それにあれほどの事をして機体にダメージが無い訳がないだろう?」
「それじゃあ・・・」
「ああ、ペガサスは改修中だ。当面は休養に専念しろ」
フェルティが再び蒔司に横になるように促す。
「ねえ、蒔司。どうして?普通なら座るのも苦痛なほどのダメージよ?」
「それも修行のひとつでさ、特に苦しさや痛みは・・・なんて言ったらいいのかな・・・あるんだけれど意識の外に置いてしまうというか・・・無視出来るようになるというか」
「でも、苦しさ痛さっていうのは体が出す大事なサインよ。これからはそういう体の声にも耳を傾けてほしいわ」
フェルティの注意の言葉にありがとうとしか答えられない蒔司。
「しかし、痛みや苦しみを無視出来るって。お前どんな修行してきたんだよ・・・想像もつかんな」
ミーシャが半分呆れ顔で口にする。
「俺の剣術ってのは、特に二刀流の瞬間はそれを乗り越えてて初めて出来る剣技だからね」
「己が身を削って相手を倒すか・・・恐ろしい技としか言いようがないな」
「ま、だから二刀流は奥義なんだけれどね」
「奥義か・・・しかし、ここしばらくは休んではいたけれど、それまで毎日のようにやってたんだろう?そりゃキツイぜ」
「うん・・・まあ、本来毎日のようにやることは想定していない技ってのは認めるよ。でも、それが結果的にみんなのためになるって言うならやるさ。・・・まだ披露していない技もあるしね」
「あれだけ種類があって、まだ奥の手があるのかよ・・・蒔司・・・化け物具合もほどほどに頼むよ」
完全に参った顔のミーシャ。
「それは当面出さなくていいぞ」
とは葉月。
「正直、隊員たちは今まで教え込まれた技を習得するので手一杯だ「まだ先がある」と知るのもかえって辛かろう。」
それにと付け加える。
「恐らくその技はお前独特の長い握りの刀というのも要件の一つなのではないか?」
「まあ、そう。ただ、これを習得すれば一機あたりの攻撃範囲がかなり広がる。実稼働BBの数が少ない中では有効な方法ではと思うんだ」
「心配するな。現状でもすでにBB装着者の生存率はすでに世界でもトップクラスだ。それに、現存する完成体のBBは4機しかない。当面は基地の入口の護衛で手一杯という訳だ」
「厳しいな・・・」
「まあ、仕方あるまい。幸いなことに周辺にスライムの群れは見当たらないし、海底地形情報も異変は報告されていない。いきなり大襲来というのはそれほど心配いらんと思うぞ」
「隊長。よその基地からの補充は無いんですか?せめて自分だけでもとは思うんですが」
引き締めた顔で問いを発するミーシャ。
「ミーシャ、気持ちはありがたいが、これから部隊の再編もせねばならん。よってお前に優先的に機体が回ってくる保証はできんよ」
「いえ、だからこそ、仮でいいんです。基地の陣容が固まるまで入り口警護につきたいと。ゲート警護任務では特にスナイパーは大事ですから」
「ふむ。一理はある」
腕を組む葉月。
正直、ミーシャレベルのスナイパーは他にはいない。複数のターゲットをほぼ同時に殲滅できるミーシャの射撃能力。確かにシールドと刀で抑える役目のフロントとの相性は良い。
「現在霧島及び熊本本部からの増援を交渉中だ。近日中にも回答が出る。ただ、知っての通りスナイパー型は工作精度が高いし、損耗率が低いのでストックも少ない。あまりせく必要はない。まあ、お前の気持ちに答えられるよう努めよう」
「ありがとうございます」
「ただし」、と一区切りを入れる葉月。
「自分一人で守る気にはなるなよ?確かにお前にはそれだけの能力がある。でも、生き残るのも我々の役目だ。忘れるな」
ミーシャの「死ぬ気で守り通す覚悟」を見ぬく葉月。
元々ミーシャは責任感が強い娘だ。今回の件で結果的に自分だけのうのうとしてしまったように自分を見ているのが、それを苦痛に感じているのがわかる。だからこそ釘を刺さねばと思う葉月。
「ここ一番という時に働くのが特務だ。だから常に戦場は厳しい。確かに今は緊急事態ではある。だが、私はこういう任務で最早これ以上部下を失うわけにはいかんのだよ。それを心に留めておいてくれ」
それは、言外に「特務小隊の維持」を示す言葉だ。
「特務・・・ですか・・・それで大丈夫なのでしょうか」
「全体の小隊数は減らさざるをえん。だがそういう状況だからこそ柔軟に運用でき、状況を打開できる強大な戦力が必要なのだよ」
すぐには返せないミーシャ。
しかし、ここまで言われると答えは一つしか無い。
「了解しました。生き残ることも任務と捉えます」
「うむ。それでいい」
優しく頷く葉月だった。




