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ADAM  作者: 流風 生海
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後始末(1)

 エイリィを膝に載せローダーに腰掛けるように跨った葉月を先頭に基地の正門をくぐる。


 衛兵に見送られながら重い足取りで歩く。


 今回の「事件」で無事だった部隊は無い。誰もが誰かを失っている。


 そして、蒔司。

 自分が起こした事、自分が「本当の原因」であるということに心が潰されそうになっている。

(俺はこのままでいいのか?)

 だが、全てを打ち明ける危険は理解している。話せば尚更他の隊員たちにリスクが降り注ぐかもしれない。

 自然と歩む速度が遅くなる。

 自分のせいで引き起こされた惨状を目にするのが怖い。

 最後尾を歩くペガサス。

 その時、前方から何やら飛んでくる。捕まえると例のイヤホンジャックだ。

 「蒔司。気にするなというのが無理だというのは解っている。だが、今のお前は前を向かねばならん」秘匿通話の葉月の声。

 「俺にこの基地にいる資格はあるんでしょうか?」

 「あるに決まっている。例えどんなに厳しい現実だとしても、ここにはお前の居場所はちゃんとある・・・今回沢山の人が亡くなった・・・それは私も辛いし、お前はもっと辛いだろう・・・だがな、死んでいった仲間達はお前の事を結果的に守ったんだ、彼らは決して無駄死にではないし、悔いてもいないだろう」

 「死者の気持ちを勝手に代弁しないでくださいよ」

 「私はな、伊達にこの基地のBBを総括する立場にあるのではないぞ。断言してもいいぞ。今ここにいる者たち、全員が全てを知っても、その上でもお前を守る盾になる。そういうメンバーだ。・・・むしろ責められるのは私だろう。少なくともBB要員には事実を告げても良かったのかも知れん・・・その方がこの事態を・・・もっと被害を抑えられたのかも知れん」苦い声の葉月。

 「それは隊長が個人で決められる範囲の事ではないですよ。」


 通路にはあちこちに血の跡が残っている。肉体はない。医療班だろうか・・・少しでもいい、助かる命があって欲しい、そう願わずにはいられない蒔司。


 「蒔司。受け取れ」その言葉と共にまた何か飛んでくる。

 鍵だ。

 「奥のエレベーターを使え。ボタンの下の鍵穴に挿して右に90度、押し込んで今度は左に90度ひねればカタパルトフロアに行ける」

 「今の俺には会わせる顔が・・・」

 「馬鹿者。お前以外に誰がフェルを迎えに行けると思う」

 そう言うと今度は通常回線で葉月が口にする。

 「全員速やかに武装を解け。そして医療フロアなど加勢がいる所を手伝ってやってくれ」

 「了解しました」

 「2班の二人はそのモノコアの入った容器をラボに置くのを忘れるな。その後すまないが、命令あるまで基地側ゲートの守りに付いてくれ」

 「はい」

 こうして再び活発に動き始める。ただ、沈むよりも、まだやることがある方が気持ちは楽だ。


 取り残された葉月と蒔司。

 「蒔司。姉として頼む。フェルに元気な顔を見せてやってくれ。それがフェルには一番いい・・・そしてフェルを連れて病院棟でアンネを訪ねてやってくれ・・・お前には辛い事かも知れん・・・だが、仲間としてアンネに声を掛けてやってくれ」

 「アンネもやられたのか?」

 「ああ。・・・頼んだぞ」

 そう言うとエレベーターに消えていく葉月。

 意を決して蒔司も奥のエレベーターに向かう。言われたとおりに鍵を操作する。





 フェルティはただ泣いていた。

 蒔司の残した血まみれの防弾コートを抱えて。

 床に座り込み、蒔司のコートを強く抱きしめる。

 顔を寄せると立ち上る血液の臭い。だが、その中に微かに蒔司の匂いも混じる。

 その「蒔司のものの証明」を懸命に感じながら静かに涙を流す。


 辛い・・・これから自分は恐らく死ぬであろうことではない。たた、純粋に蒔司にもう会えないことが辛い。

 胸を締め付けるその感情に抗うすべを知らないフェル。

 怒涛のように押し寄せる今までの記憶。蒔司と出会ってから。

 悲しみという感情の奔流にただ身をまかせる。


 ガコンというエレベーターの音。

 このエレベーターを操作できる鍵は私と姉様、司令しか持っていない。整備員もリフトでfモードのペガサスを上げるだけでこの部屋には来れない仕組み。

 ・・・そうなのね・・・

 姉の戦死を、基地が壊滅したのであろうと覚悟するフェルティ。

 蒔司の防弾コートを胸に抱き銃を構える。

 (蒔司、私、先に・・・)流れる涙で視界がぼやけている。照準が定まらない。

 それでもせめて一発でもいい、敵に一矢を報いたい。その気持ちが銃を構えさせる。


 再びガコンという音がしてエレベーターが止まる。

 ドアが開く。同時に発砲するフェル。キィンと悲しい反響音を残し銃弾がドアに弾かれる。

 フェルティの目が大きく開く。銃を握っていた手がストンと膝の上に落ちる。

 「ただいま」エレベーターの中から声がかかる。

 「うそ・・・」それ以上が言葉にならないフェルティ。

 銃も血まみれの防弾コートも放り投げ走りだす。目線の先にはボロボロのペガサスとその横にそれをを脱いだ蒔司。

 蒔司がゆっくり歩を進める。

 飛びつくフェルティ。

 抱きとめる蒔司。

 「うそ、うそ、うそ・・・」それしか言葉に出来ないフェルティ。だだきつく抱きしめる。

 「嘘じゃぁないよ」優しく言葉をかける蒔司。優しくフェルティを包み込み頭をなでる。

 言葉のいらない時間。感情むき出しの激しい抱擁とそれを包み込む優しい抱擁。

 顔を蒔司の胸に押し付け、言葉にならない声でフェルティが泣き出す。その声もカタパルトルームに吸い込まれ消えていく。


 半時過ぎて。

 泣きやむ様子のないフェルティに蒔司が声をかける。

 「フェル。もう大丈夫だよ。俺はどこにも行かない。ここに、君のそばにいるから。だからもう泣くことも無いんだよ」

 ヒックと引くつくフェルティ。その姿を愛おしく思う蒔司。

 これほどまでに自分を必要としてくれるフェルティ。それが嬉しい。思わず抱きしめる腕に力が入る。

 胸に押し付けられたフェルティの頭に頬を添える。

 「蒔司。痛い。」

 「ああ。ゴメン」

 腕を緩めると二人の抱擁が解ける。

 顔を袖で一生懸命ゴシゴシとこするフェルティ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を整える。

 それでもうつむいたまま、ぽそっと言葉にする。

 「おかえりなさい。蒔司」

 「ああ。ただいま。フェル」

 蒔司としてはフェルティの顔を見たい。

 「フェル。顔を上げてくれないか?」

 「うん。私もそうしたい。けれど、今の私、顔がめちゃめちゃだから・・・」

 頭でコツンと軽く蒔司の胸に頭突きをする。

 拭いた袖には化粧もべったりとついている。厚化粧では全くないのだが、袖に着いた口紅の後を見ると、自分の今の顔が想像できる。蒔司には見られたくない。そういう顔だ。


 「そう・・・。うん。わかった」

 無理強いはしない蒔司。ここで焦って顔を見る必要はないのだから。もう。

 ふと、葉月の言葉を思い出す。

 「あ、しまった!フェル、アンネがやられたらしい。病院棟に急ごう!」

 「え?!アンネさんが?!」

 ビクッと一瞬体を縮こまらせるフェルティ。覚悟していたこととは言え、身に詰まるものがある。

 蒔司の手を取りエレベーターに向かう。何やら鍵で別の操作をしている。再び横に動き出すエレベーター。

 さっきとは違う動きだなと蒔司が思っているうちに扉が開く。そこは病院棟ののロビーだ。

 ・・・「どこでもドア」みたいだな・・・つぶやく蒔司。

 だが、人に埋め尽くされているロビーに驚く。行列は入口を抜け、外まで続いている。

 受付でアンネのことを尋ねるフェルティ。その格好に驚いた顔をされながらも、答えはもらえたようだ。

 うつむいたままのフェルティに手を引かれ、手術室の前につく。そこには無造作に放り出されたボストックと沈んだ顔のミーシャ。

 「ミーシャ」

 その蒔司の声に顔を上げる。

 「あ、良かったな。二人共無事だったか」

 「アンネの状況は?」

 「わからん」

 その言葉を受け、急いで準備室に入るフェルティ。出てきた時には手術衣に着替えている。

 「中を確認してくるね」そう言い残して手術室に入っていく。

 すぐに出てくる。

 「血液が足りない!」

 「何?!」

 「蒔司、ミーシャさん。ゴメン!二人共急いで着替えて中に入って!」

 慌てて準備室に飛び込む二人。急いで着替えて腕周りなど入念に消毒する。

 手術室に入ると2つのベッドが用意されている。カーテンの向こうでは恐らく手術中なのだろう。短く淡々と指示をする声が聞こえる。

 「横になってください。申し訳ないけれど二人から血をもらいますね」

そう言うと手早く準備をする看護師たち。

 「蒔司さんはすでに多量の出血をしているからモニター気をつけて。場合によっては中止、点滴も準備して」

 カーテンの向こうから戻ってきて手早く指示を出すフェルティ。

 「俺はフィルマだから問題ないが・・・蒔司お前血液型は?」

 「O型だ」

 「そうか・・・なら問題ねえ・・・ナースさん、蒔司で足りない分はその分俺から取ってくれ」

 「わかったわ。お言葉に甘えて限界まで採らせてもらうね。正直に言うわ。ぎりぎりの状態よ。」

 「そんなにやばいのか」

 沈んだ声のミーシャ。

 「どういう容態なんだいフェル」

 こちらも心配顔の蒔司。

 「ボストックは内膜を外した状態で装備したのね?ミーシャさん」

 「ああ。そうだ」

 「普通なら内膜がある程度防ぐんだけど、今回は、肩の中で装甲に当たって跳弾してるの、激しく。どこから弾が入ったのかわからない位。残念だけど左腕は諦めるしか無いわね」

 厳しさと寂しさと混ざった表情でフェルティが説明する。

 「それじゃあ命は助かるのか?」

 藁にもすがる、そういう声のミーシャ。

 「わからないわ。葉月隊長が射った弛緩剤で心臓は停止して、今人工心肺につないでる。でも、おかげで最小限の失血に抑えられてる」

 「じゃあ薬が抜ければ・・・」

 「まだそれは無理。跳弾した弾の一つが肺の動脈に刺さってる。人工心肺もとりあえず命をつなげる量の血液しか送れないの。それでも人工血液を入れた分出血しているような状況で、もうすぐストックも尽きるわ」

 「そんな・・・ここは軍病院だろう?アンネ一人分の血液も無いのか?!」

 つい大きくなりそうな蒔司の声を指で優しく押さえるフェルティ。

 「今回ヴィジリアンの軍関係者も大量に負傷してるの」

 それを聞いてミーシャが言葉を返す。

 「そうか。手術室を押さえられただけ運が良かったということか」

 「どういう意味だ?」

 その蒔司の問いにフェルティは複雑な顔をする。

 そしてフェルティの代わりにミーシャが口を開く。

 「俺たちフィルマは元々ヴィジリアンが生き残るために生み出されたんだ。だから互いに競合する場合・・・当然輸血も、手術もヴィジリアンが優先される。まっ先に飛び込んだから手術室は確保できたが、輸血まではそうも行かない。そういう事なんだよ。ヴィジリアンの方は意外と知らないというか知らされてないか」

 言葉で抵抗したくなるのを必死で飲み込む蒔司。半ば祈るような思いでフェルティに尋ねる。それがせいぜいだった。

 「手術の進行状況はどうなんだ?」

 「先生達も頑張ってる。だけど元々アンネさんの体内にある血液の絶対量が不足しているの。今の状況は肩や胸周りの筋肉をなるべく残しながら左腕の切除を行なっている状態よ。もうちょっと血液があれば大きく動けるんだけど、今は出血を抑えながらやりくりしているという状況ね」

 そして蒔司に申し訳なさそうな目を向ける。

 「だから。蒔司。ゴメンね。貴方もすでに危険なくらい出血しているのは知っているわ。それでも、ほんの少しでもちょうだい。多分それが分かれ目になると思う」

 会話の間に簡単な検査も終わり、採血が始まる。

 「気分が悪くなったら言ってね」

 二人の間に、守るかのように立つフェルティの優しい声が、握りしめた拳がかすかに震えている。相当厳しいのだろう。


 採血を始めた途端めまいを覚える蒔司。ごまかすようにミーシャに声をかける。

「ミーシャ。君は大丈夫なんだよね?」

「体だけはな・・・いつもそうだ・・・スナイパーってのは目の前で皆が死んでいくのを見ることしかできない・・・アンネまで失ったら・・・」

 声が厳しい。

 ふと横を見ると険しい顔で上を見上げるミーシャ。流れる涙を隠そうともしない。

 「ミーシャ。アンネを信じよう。それしかできないのは辛いけれど、でも信じよう」 

 優しく声をかける蒔司。

 「そうよ。アンネさんは強い人。私も、もちろん先生達もみんな信じてる」

 ガーゼで優しくミーシャの涙を拭うフェルティ。

 「フェル。俺は死んでもいい。だからせめてアイツだけは、アンネだけはなんとか生かしてくれ・・・」

 呟くような声のミーシャにフェルティが答える。

 「ミーシャさん。ロビーの人達見たでしょう?彼女たちは今回の事件を知って献血に来てくれた人達よ。血液のデータを持っているあなた達と違ってちょっと検査に時間がかかるけれど、それでもいずれはここにも届くわ。それまでを二人の血がアンネさんの命をここにつないでくれるの。わかる?あなた達は皆から生きて欲しいって思われてるの。それを忘れないで」

 固く引き締まった顔で涙を流すミーシャ。

 「フェル。じゃあ、俺達は今、多少無理しても大丈夫なんだな」

 その蒔司の言葉に振り向くフェルティ。目線の先には真っ青な蒔司の顔。

 「ちょ、ちょっと、無理しないで、気分が悪くなったら言ってって言ったのに!採血中止!点滴開始して!」

 「大丈夫だよフェル。もう少し抜いても大丈夫。自分のことは自分が一番詳しい。「落ちる」までやってくれ」

 採血針を抜こうとするナースを止める。

 「そうだな。俺も採血は止めなくていいから。輸血が届くまで遠慮なく抜いてくれ」

 頷くミーシャ。

 この場において、それしか二人にできることはない。

 そういう二人の決意を聞き留めるフェルティ。

 「低体温を二人に施します!」

 そのフェルティの声に慌ただしく動き始める看護師たち。

 急激にベッドが冷たく感じられるようになっていく。更に二人の体に大量の氷嚢が載せられていく。

 「私も覚悟を決めるわ。二人共意識が鈍くなると思うけれど安心して。意地でも3人とも生かしてみせる」


 ここは。フェルティ達医療に携わる者にとっての戦場だった。


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