目覚めた少女(2)
「じゃあさ、蒔司。毎日お見舞いに来てくれる?」
「そうだね。訓練とか色々やることあるけれど、その合間で良かったら、顔を出させてもらうよ」
そう華音の願いに答える。
「大丈夫よ。この調子なら2,3日で退院できるわ」
フェルティも請け負う。
言ってからふと思い至るフェルティ。
「でも、先ずはお母さんに、ご報告しないとね」
「・・・」
そのフェルティの言葉受けて急にしゅんとする華音。
今までの勢いが急激にしぼんでいく。
「お母さんは・・・お母さんが私を生かしてくれたの・・・だから・・・」
徐々に涙ぐむ華音。
華音には辛いことかも知れない。だが、この現実を背負って行きていくのも、また華音の役目なのだ。それがナースとして生きるフェルティにはよく解る。
厳しい現実をなるべく優しく告げるのもナースとしての務め。
「うん、だからね。ありがとうって、おかげで元気だよって言いに行かなくちゃ」
ナースセンターでの会話で華音の母親は彼女の上に、華音の盾になるように覆いかぶさって亡くなっていた事を聞いている二人。
「華音さん。お母様のことは・・・」
「うん。分かってる。言わなくていい・・・」
そう言うとぽつりぽつりと涙をこぼし始める華音。
この小さな体で一生懸命に現実と向きあおうとする華音の姿。
マッサージを止め、華音を腕に抱え込むフェルティ。頭をそっと撫でる。
「うん・・・エッ・・・エッ~」エーンと泣き出す華音。
華音も気丈な素振りをもう見せない。それが空威張りであって、もうその必要はないということに気づいてしまったから。
そっと部屋を出る蒔司。
近くに待機していた看護師に尋ねる。
が、華音の母親は遺体の損傷が激しく、とても見せられるような状態ではなかったこと、華音の意識が戻る保証がなかったことという理由により既に荼毘に付されていた。
他の家族、姉たちに至っては遺体と呼べるほどの形も残していなかったと言われた。
更に今後について訪ねてみると、祖母がいるが、認知症の症状が激しく、施設に収容されていて、会っても華音と認識してくれるかわからないと言う事、華音のもう片方の卵子提供者は超低温で保管されていた卵子であり、既に他界された人であることなどを知る。
「蒔司さん、まあ普通の事ですからね・・・凍結卵子を用いるというのは・・・蒔司さんは違ったのですか?」
「え、まあ、ね。幸いなのか自分には両方ともいましたよ」
問題のある方向に話が行き始めるのに気づきしまったと思う蒔司。。
「それは珍しいですね。ではお二方からご教育を受けてらしたんですか?」
「まあそうなりますか・・・自分をここまで鍛えてくれましたから・・・」
話しの逃げ道を探す。
「あれ?蒔司さんはフィルマじゃなかったのですか?」
別な看護師が口を挟む。いよいよヤバイところに気づかれる。
「うん。まあ、その。これ以上は機密に関わることなんで勘弁して下さい」
そういって逃れる。
「ああ、そうですね。フィルマの育成に関しては軍事機密でしたね」
さらりと納得する看護師。
蒔司がほっと胸を撫で下ろそうというその時。
「でも、ですね。私達ヴィリジアンがお腹を痛めて産む子じゃないですか、フィルマであっても。それを生まれてまもなく強制的に軍に連れて行く。そして10歳になるまで会えない。会った時はいつの間にか成人している。しかも兵士として。そういう状況で私達が積極的にフィルマを産むと思いますか?」
先ほど突っ込んだ発言をしたナースだ。
「そういう話は俺にされても困ります」
「貴女たちフィルマはお腹を痛めたことがないからそんなこと言えるんです!」
言葉がきつくなるナース。
「トリア。控えなさい。フィルマの皆さんは母親になりたくてもなれないのですよ」
先のナースが諌める。
そして蒔司に向き直る。
「すいません。トリアは昔フィルマを産んでまして・・・。それに最近フィルマの数が足りないからまた産んでくれって軍からお願いされているみたいでして」
「そうですか・・・すみません」
それ以上は言えない。
「それで・・・この状況だと、華音はどういう処遇になるのでしょうか?」
話を変える蒔司。
「そうですね・・・身元の引き取り手がいない状態ですから・・・里親か後見人が現れなければ施設で生活することになると思います」
「やはりそうですか・・・すいませんが、華音の身の処遇が決まるまでこの病院で入院扱いという訳にはいきませんか?」
「もしかして、フェルちゃ・・・フェルティを後見人に据える気ですか?」
「それは俺が決めることではありません。ですが話はしてみようと思います」
腕を組むナース。
「まあ、誰かも知らない人にもらわれていくより、フェルティの方が信用できるのは確かです。でも蒔司さんはそれでいいのですか?」
それは、暗に蒔司とフェルティの関係を指している。こんな所まで「二人の関係」が広まっているのか、と頭の痛い蒔司。
「名木沢さんは何故か貴女にご執心の様子。私としてはフェルティに余計な気苦労はかけたくないっていうのもあります」
「そこはまあ、フェルと話して見ないとわかりません」
「まさか二股かける気じゃないでしょうね?」
トリアと呼ばれたナースが再び食いつく。
「トリア!失礼なこと言わないの!」
そして再び蒔司に頭を下げる。
「重ね重ねすみません」
「いえ。気にしてませんよ」
そう答えつつもやはり気になる華音のこと。
何より蒔司の秘密を知っている。下手に放置するのは危険だ。秘密を外部に漏らさぬようじっくりと話す必要がある。それも盗聴の危険のない所で。
かと言って二人きりで話すとなると・・・それはそれで別な危険が伴いそうだ。先ほどのつい見てしまった華音の胸の膨らみを思い起こす。
うん。『問題大アリだ』今の時点で。
「と、とにかく、時間をください」
そう言うとナースたちに背を向ける。
頭に湧いたイメージを追い払い、意識を冷ます。
「そろそろ落ち着いてきたみたいですね・・・華音も」
病室内での泣き声が収まっている事に気付く蒔司。
「そうですね・・・トリアさん、体を拭く準備はできていますね?」
「はい。ここに」
ワゴンに衣類やシーツ、タオル、ポットなどなど色々な物が乗っている。
「では行ってきますね。拒否されないといいのですが」
そういうと会釈をして華音の病室に消えていくナースたち。
程なくしてフェルティが出てくる。
「どうだい状況は?」
「うん。随分大人しくなっちゃった。多分、一人ぼっちの孤独感から強がったりしてたんだと思う」
「そうか・・・」
「だけど!」
そういって蒔司を睨みつける。
「何もあんなにじっくりと華音ちゃんの裸見つめること無いじゃない?」
「相手はまだ学生よ?スケベッ!」
そう言いながら蒔司の腕をつねる。
「アタタって、急に変なこと華音が言うからつい振り向いただけだよ」
必死に抗弁する。
「じっくり見てたじゃない。それともああいう「ずん胴」体型が好みなわけ?」
言葉がトゲトゲだ。
「タタタッ勘弁してくれっ事故だって事故!」
腕を振りほどく蒔司。
「それとも・・・やっぱり自分より若い方がいいの?」
振りほどかれた手を自分の胸元に合わせるフェル。己にすがるような仕草だ。言葉のトーンが沈んでいる。
そんな捨てられている子犬のような目で見ないでくれ。
「だから。もう。気にするなって・・・というか・・・こっちこそゴメン」
なにやらつながりのない言葉になる蒔司。
時計の秒針がとりあえず一周分の務めを終えた頃。
「俺は、今の世界が気に入っている。そういうこと!」
そう言うとフェルの手を握って歩き出す。
(何だかはぐらかされちゃったな・・・)
今まで蒔司から手を繋いできたことはない。だからそれは素直に嬉しい。
だがしかし、これをきっかけに踏み込もうと思っていたフェルティにはちょっと肩透かしだ。
(ま、アンネさんも言ってたものね・・・焦らずゆっくりって・・・これでいいのかな?)そう思うと蒔司の手を優しく握り返すフェルティ。
結局、前にも後にもほとんど進展のない二人であった。




