射撃訓練と。(2)
蒔司が火薬の匂いの充満した部屋を出ると、フェルティがベンチに腰掛けて待っていた。
蒔司の姿を確認すると待ってましたとばかりに駆け寄ってくる。
「おっそいよ?午後のラボに遅れちゃう。」
そう言うとランチボックスからサンドイッチを取り出す。
「ごめん。歩きながら食べよう」
「お行儀悪いよ~」
そう言いつつも歩き出した蒔司にサンドイッチを差し出す。
「ん、んまあ今日は「新装備」の出る日だからね・・・遅刻すると隊長にどやされる・・・エホッ」
「ほら。慌てて食べるから」
むせ込んだ蒔司に今度はドリンクを渡す。
「き、今日は新しい「型」も見せるんだ。空腹はつらいよ・・・」
喉に流し込む蒔司。
「それなんだけど・・・やっぱり今日も怪我するの?」
フェルティの表情は不安よりも悲しみが優っているかのようだ。
「ああ。心配させて悪いとは思うよ。フェル。でも、新しい柄も届いた。これからが本当の俺の剣術なんだ」
敢えてフェルティの表情を見ない蒔司。
真っ直ぐ前を向いたまま、さも当然という素振りでサンドイッチにパクつく。
フェルティは知っている。蒔司の二刀流は「奥義」。本来、そうちょくちょくやる技じゃない。それをデータを取るために毎日やっている。
目の前では元気なように振舞っている蒔司。
だが、毎日、ベッドの中で死んだように眠る蒔司を見ているのだ。
不安を抱えながらも見守ることしかできないフェルティは正直自分が歯がゆい。
服の袖こそ特殊繊維で補強されているが、手はそうもいかない。普段手袋をして隠しているが、その中はふさがる暇も無い傷が毎日のように増えていく。感触の変化を嫌って、型をやるときは必ず素手にしてしまう。お願いしてもそれだけは聞いてくれない。
蒔司が強くなる、それは本当に嬉しい。生き残る確率が上がるから。
でも、強くなればなるほど、より「最前線を要求される確率」も上がる。姉さまは蒔司は戦場に出さないと言ってくれてるけれど、必ずそうなるのかはわからない。そういう世界だから。
嬉しさと悲しさを象徴するような蒔司の手。
強くなるほど己も傷ついていく。
フェルティは蒔司の手をそっと包む。傷に響かないように。
それを蒔司がギュッと握り返す。
「大丈夫」その蒔司の一言が暖かい。
「うん」それしか言葉が浮かばないフェルティ。
口をもごもごさせながら蒔司が扉を開けると既に葉月が待っていた。
「遅い、と言いたいが、その様子・・・まあ良いだろう」
葉月の言葉。正直、当たり前のように手を繋いで入ってきた二人に何か言葉をかけてやりたいが、残念なのかどうかは知らないが、そういう台詞は葉月のボキャブラリーでは難しいのが本音だった。
チンと工作室のロックの外れる音がする。
そして研究員がゴロゴロとペガサスの乗った台車を押してくる。一見変わったところは無い。
技官が説明する。
「とりあえずはご要望のあった投げナイフですが、胸周りのアクティブバインダーに内蔵することに成功しました」
そういうと代車に付いている操作パネルのボタンを押す。
ガシャリという音と共に、アクティブバインダーが展開し、戦闘形態になる。
顎下から胸周りにかけて横1列に配置されるアクティブバインダー。そこからナイフ状のものがぶら下がる。左右それれぞれ3本計6本。
悪くないな。動きの邪魔にならず、かつ、手に取りやすい配置だ。そう思う蒔司。
「オマケの機能としまして、ワイヤーの接続も可能です。最大50mまでの距離のformlessにヒットさせ、ワイヤーを使って回収することができます」
「ほう。それは良いな。私の機体にも欲しいな」
これに葉月が食いつく。
「ご要望でしたら・・・アクティブバインダーは付きませんが・・・」
「当たり前だ」
「では下腕部の方のアタッチメントオプションとして設定させていただきます」
「うむ。で、カスタムの進行具合は?」
技官の答えに納得した葉月は重ねて尋ねる。
「はっ、アクチュエーターの配列の変更の方は終了しましたが、装甲の形状変更の方は・・・いかんせん材質から見直している最中でして・・・」
「見込みはあるのか?」
「一応、分子レベルで炭素の結晶化したパネルとタングステンの体心立方格子構造内に炭素を組み込んだパネルをシリコンで檻状に結合させることで薄さを保ちながら、硬さと粘りを両立できるのではないかと計算上は出ていますが・・・いかんせんオングストローム単位の作業ですので試作にも時間がかかりますし、タングステンの比重の重さをカバーするための元素配置の工夫、評価試験、さらには製造となるとまだまだかなりの時間がかかる模様です」
「ふむ。現段階ではスピードが出ただけマシということか」
「駆動時間はどうなんですか?」
ここでやっと発言の機会ができた蒔司。
「残念ながらフルスピードでの駆動はやはり10分が限界かと」
「それでは使い物にならんではないか!」
つい厳しい声になる葉月。
「も、申し訳ありません。ですが、隊長機に付属する「ローダー」から急速充電することが可能です。蒔司少尉用に新たに製造しました。更にワイヤレス給電により、ローダー中心に半径10mならリアルタイムで給電できます」
「それではFモ・・・」
さらに厳しい表情になりかけた所で、瞬時におっと、という顔をして葉月が途中で言葉を切る。
「いいえ、一応の応急措置です、今ペガサスの脚部についているエンジンを低回転で稼働させ、その回転から直接発電するユニットを検討しています。蒔司少尉はほとんどスラスターをお使いにならないということですので、燃料の不安はほぼ問題ないと思われます。」
「どうする蒔司、現状で一度装着してみるか?」
「可動範囲は今までと変わらないんだろう?」
先に技官に質問する蒔司。
「はい。残念ながら」
答える技官。
「もう一つ、要望していた刀は?」
「申し訳ありません。形状の問題がありまして、もうしばらくかかります」
それを聞いてから葉月に向き直った蒔司が言う。
「隊長、もうしばらく様子を見たいのですが」
いくらスピードが出ても、可動範囲が限定され、腰に刀を佩けないのであれば、まだまだチューニングの意味が無い。そう考える蒔司。
「そうか。お前が言うならそういうことなんだろう」
あえて「命令」をしない葉月。
「では、今日の型の演舞に行きます」
そう言うと退出する蒔司。扉が完全に閉じたのを見届けてからフェルティが葉月に聞く。
「隊長、蒔司のあの音速を超える刃は、2刀流はスライムには必要ないのでは?」
「そういう訳にもいかんのだ」
難しさと厳しさの混じった表情で答える葉月。
彼女は知っている。警察の方で何やらおかしな事件が起きていると。厄介なことにならねばいいが。
演武が終わった。握りの長さを延長した効果は葉月の予想を上回るものであった。
スピードの向上はもちろんのこと、握りを延長したことで攻撃範囲が格段に広くなっている。更に攻撃の途中での握りを持ち替える動きが多彩になった。幅ができたことで攻撃の種類も増えた。
最早葉月の肉眼では蒔司の動きは霞がかったようにしか見えない。
続いて別の演武が始まる。
息が上がる風でもなく、その蒔司の表情は「無」とも言えるもの。
だが、しかし・・・葉月の目でも見える。腕を振るう度に舞う血飛沫を。「音速の剣」の副作用というのは容易に想像できる。
辺りに自分の血液を撒き散らし、演武を終える。
両刀を鞘に収めすっと構えを解く蒔司。
多量の血液が蒔司の両手から滴り落ち、白い床に赤い水たまりを作っていく。本当の剣技は、本気であるほど蒔司本人にも返ってくるダメージが大きい。
終わると同時にフェルティが駆け寄る。
フェルティの不安は的中した。
今までにない出血量の蒔司の手。
しゃがみこんで蒔司の両手を優しく取り、額に頂くように両手で包み込み静かに泣き出すフェルティ。
肩を震わせ、だが、声を出さずに涙するフェルティ。
「フェル。すまん」
モニター室から二人を眺めつつも、そう呟くしか方法がない葉月。
蒔司が優しい笑顔でフェルティに語りかけている。
本当は立っているのも辛いはずだ。
あれほどの動き。肉体的負担は非常に厳しいもののはず。やはり、休息を取らせるべきであろうか・・・だが、蒔司を守るためにも隊員の練度向上は必須だ。それには蒔司の指導は欠かせない。蒔司の理論的で合理的な「型」が加わる。その意味は大きい。
もうしばらく耐えてくれ。そう願うしかない。




