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ADAM  作者: 流風 生海
26/74

謹慎明けて(1)

 朝のブリーフィングルーム。

「今日の作戦内容を伝える。が、その前に」

 そう言うと葉月が蒔司に声をかける。

「アダムこっちに来い」

「はい」

 言われるがままに、葉月の横に立つ。

「本日付けをもってアダム、いや宮本蒔司は任官する。階級は少尉だ。同時に特務小隊の隊長補佐を任じる。以降、コールネームは蒔司に統一する。アダムはコードネームとする。異論は認めない。良いな。」

「ハイッ」

「うむ。皆も異論は無いな」


 アンネが固定された左手のぎこちない動作で拍手を送る。横でミーシャが親指を立てて突き出す。

 自然と広がる拍手の輪。


 階級章を渡される。銀のストライプに金色の星が一つ。襟に付けると自然と気持ちが引き締まるような気がする蒔司。ちなみに葉月は金のストライプに星が一つ。少佐はそういう階級章。


「なお、連日の訓練結果を鑑み、蒔司少尉には、剣術指導役及び戦術アドバイザーもしてもらう」


 これには皆も驚く。

「はっきり言う。この基地において、剣術及びそれをフルに活かせる戦術に関しては蒔司の右にでる者はいない。それをこれまでの訓練で確認してある。故の任官だ」

 言い切る葉月。


「中隊長!」

 手が上がる。

「確かに先日、ミーシャ殿とアンネ殿が蒔司少尉と模擬戦闘を行い、蒔司少尉が勝利を収めたのは知っております。ですがそれだけで剣術指南、ましてや戦術アドバイザーとはいささか急すぎるのではありませんか?」


 第5小隊トップアタッカーの遠藤=キュイーネ=美奈だ。アンネを慕い、アンネの次席を謳う。ちょっと鼻っ柱の強い所がある娘だ。

「ましてやアンネ殿に怪我をさせるなどと・・・」

「ビデオは見たのか?」

 厳しい声色で葉月が尋ねる。

「ハッ」

「あの戦術に有効性を認めん。か?」

「恐れながら、あれは訓練場のような密閉空間だからこそ有効な手段と私は見ます」

 思い切ったように言い切るキュイーネ。上官の戦術を堂々と否定したのだ。流石はキュイーネとも言える。

 しかし、葉月から返ってきた言葉は当然のようにキュイーネに突き刺さる。

「では、キュイーネ准曹。お前に、同じ状況下であの戦術が思いつくのか?」

「い、いえ。私はもっと正攻法で挑みます」

「それでミーシャとアンネのコンビに勝てるのか?確実に」

「・・・わかりません・・・」

 最初の勢いとはうって変わり、返事に窮するキュイーネ。

「つまり策が浮かばんのだろう?」

 葉月の言葉が厳しい。

「兵は詭道なり。これも大事なことだ。連日の対formlessのみの戦闘で勘が鈍ったか?」

 あくまでも想定内と言わんばかりの泰然とした態度でキュイーネを突き放す。


「お言葉ですがそれはあんまりかと・・・」

 すかさず横から口を挟むのは、キュイーネの横に座る第5小隊班長エルフレス=マイア=ネイシャン。数少ない旧アメリカからの残存兵だ。

「アンネ殿の実力は誰もが知るところ・・・それをあのように一蹴できる蒔司殿の剣術師としての実力も疑いはしません・・・ですが私の部下に対するその発言は・・・」

 マイアは、実力は元より、大変な部下思いで知られる。故に兵士からの信任も厚い。

そのマイアにこれ以上言わせる訳にもいくまい。左手を上げてマイアの言葉を遮る。

「もう良い。皆まで言うな。」

 こういう意見が出ることがわかっていたかのように葉月は話す。

「キュイーネ、マイア、こちらへ来い」


 二人を前に出させる。

 指揮台に立てかけてあったバッグから模擬刀をふた振りづつ取り出し二人に渡す。

「蒔司。お前は無手だ。相手してこい」

 そう言って蒔司を二人の前に送り出す。

「これは・・・舐められたものね・・・」

 キュイーネが口にする。

「ヘタすると、いや、ほぼ、蒔司少尉に命の危険が生じますがよろしいのですか?」

 マイアも続ける。

 かまわんと葉月が答える。やれるものならやってみろと言わんばかりの表情だ。

「剣が使えない場合を想定した戦術をこれから蒔司に見せてもらおう」

 葉月が口にする。


 昨日の蒔司の「速さ」。あれだけの剣速を生み出せるのだ。正直、普通の兵士が振るう剣先など止まって見えるだろう。

 それに、こういう場合でも利用して、他の兵士に「上の上」を見せつけておかねばなるまい。

 いきなり入ってきた新人が上官になる。それはそれで反発を生みかねないからだ。

 全て計算の上での葉月の判断だった。


 キュイーネとマイアが間合いを計り構える。

 蒔司が構える。居合の構えだ。

 構えを確認するかのように、軽く手元を一瞥した後、キュイーネとマイアに半眼となった顔を向ける。

 蒔司の動きが止まる。

 蒔司の目が一層細くなる。

 その瞬間「何かの突風」を皆が感じる。

 蒔司から放出されているのに皆気付く。

 凍えそうな見えない「何か」。ブリーフィングルームの室温が下がったように感じる。

 蒔司は刀はもちろん持ってはいない。だが、確かに刀があるように思わされる。そういう気迫がそこにあった。


「こ、これよ・・・この心の底が凍るような怖さ。これがアダ・・蒔司さんの怖さよ。」

 アンネが口にする。

「う・・・ヤバイよこれ・・・アンネお前マジでこの「気」の前に立ったのか」

 ミーシャも怯えた声だ。

 直前に対峙するキュイーネ、マイア。構えからピクリとも動けない。動いたら斬られる。何故かそう本能が体に訴え動きを止める。

「お、お前は真に人の子か・・・」

 かろうじて口にするマイア。キュイーネに至っては口も開けない。

 フィルマの年齢からすると恐らく10にも満たないと思われる、どこかしら子供っぽさを残す蒔司の顔つき。だが、それがゆえに一層怖さを引き立てる。


「蒔司、「それ」はやめろ・・・相手を動かさなければ証明もできんだろう」

 葉月の声がかかる。

 言葉を受けて、蒔司から発せられる「殺気」が引き波のように引いていく。

 刹那にマイア、キュイーネが動く。堰を切るかのごとく急激で唐突な動きだ。刀が振られる。蒔司がすっと身を引く。空を切る刀。

「セヤァッ」

 気合のこもった振り抜き。これもかわされる。

 キュイーネは自称アンネの次席を謳うだけのことは事はある、マイアも元トップアタッカーだ。何より二人は同じ小隊。息も合っている。

 二人の息のあった連続攻撃が連発する。しかし、蒔司はその構えを解かず、ゆらりゆらりと左右に揺れるように動いている。

(おかしい、今の攻撃は確実に当たるはず。何故かわせるのだ?)マイアは思う。今では本気で撃ち殺すつもりで剣を振るっている。なのに、当たるはずの刃はかすりもしない。


(しかしっ!)そう思うマイア。

 徐々に攻撃の輪が小さくなってくる。当たりそうで当たらない攻撃ではあるが確実に蒔司のスペースを潰していく。

「アンネ、やばいんじゃねえか?もう行き場がないぞ」

 ミーシャが指摘する。

 そう。蒔司の後ろにはもう「下がってかわす」スペースがない。

「ハァッツ!」

 二人の息のあった刃が両外角から内側へ振られる。もう後ろには下がれない。後は内側の手で止めを刺す。そういう動きだ。

 だが。そのセオリーどおりの動きは全く意味がなかった。

 ガキンッ!

 両外から振られた模造刀がぶつかる音。

 「その瞬間」蒔司が消えていた。

「そこまでっ!」

 葉月が声をかけて止める。

 蒔司は二人の間にいた。二人が振るう内側の腕を握って。

「あれを止めるか・・・」

 感嘆の声を上げるミーシャ。

「ううん。わざと止めたのよ。蒔司さん。多分、本気なら二人は・・・」

 答えるアンネ。

 ブレード使いなら嫌でも判る。・・・この間合いは・・・同士打ちの間合い・・・。

 二人の、内側の刀の軌道の先には、お互いのボディがあった。

「な、何だと・・・」

 声がかすれるマイア。

「どうして・・・同士打ちになるの・・・」

 キュイーネは呟く。

 二人の体から大量の脂汗がドッと流れだす。本気で振るった剣だ。蒔司が止めていなければ模擬刀とはいえ二人とも病院送りだったのは間違いない。


「二人ともBBのセンサーに頼りすぎです。俺はわざと左右に体を揺らしながら下がり、二人の間を詰めました。ですが、同士討ちの間合いになってもあなたたちは刀を振るのを止めなかった。ですので俺が止めました」

 簡潔に説明する蒔司。

「クッツ」

 言い返せないキュイーネ。歯をただ食いしばる。


「さてと、蒔司、もういいぞ。」

 その言葉を受け蒔司は手を離す。すっと立ち上がり軽く会釈をする。まるで訓練のように。

 脱力感むき出しの雰囲気で模擬刀をぶら下げるキュイーネ。

 とりあえずは模擬刀を腰に揃えて姿勢を正し頭を下げるマイア。


「最後の刃を止めに入る動き。あれはともかくだ、その前の体さばき、皆も覚えても損はあるまい?」

 会場に問いかける葉月。


「蒔司少尉、そのさばきは何という?」

 マイアが訊ねる。

「通称ですが「柳の体術」と呼んでいます」

 答える蒔司。

「そうか。参考になった。刀を止めてくれたこと、礼を言う」

 そして言葉を続けるマイア。

「少尉殿、君はもしかして「2世」か?」

 それを聞きほうという顔をする葉月。

「マイア、妙なことを知っているな」

「はっ。我々フィルマは結合卵の段階で遺伝子を操作されており、、故に我々の体質が変化し、我々が母となることはできません。これが定説です。しかし、あくまで噂なのですが、ごくまれに我々の卵子の結合に成功する事もあると。それは2世と呼ばれ、通常のフィルマを遥かに凌ぐ能力を持つと聞いたことがあります」

「ふむ。良く知っているな・・・だがしかし、噂はあくまで噂だ。蒔司はそんなものではない。蒔司、年齢を言ってみろ」

「はい。17歳です」

 その簡潔な一言に、大きくどよめく室内。

 17と言えばヴィジリアン年齢で34歳換算だ。とてもじゃないがそんな風には見えない。

「もう一つ言っておこう。蒔司はフィルマでもない」

 どよめきが更に大きくなる。ありえない、バカなという声があちこちで聞こえる。


「諸君、現在我々フィルマの人員配置状況に問題があるのは理解しておろう?」

 葉月が全員に向かって語りかける。

「本来10小隊編成であるはずの我が基地の現状はたった7小隊しかおらん。しかも特務は定員にも達していない」

「第1、第2、特に貴様らは24時間勤務の2交代はきつかろう?」

 静まる室内。みんながろくに休暇も貰えない現状に窮しているのは確かだ。

「さりとて、ここで我々がフィルマを増やせといったところで始まらん。そこでだ」

 一旦区切る葉月。


「蒔司少尉は霧島コロニーにて徴兵されたノーマルだ」

 再びどよめきと驚嘆の声が上がる。


「馬鹿な・・・そんなことが・・・」誰かの発する声。


「あるのだよ。実際。そもそも、我々フィルマの遺伝子は「運動に秀でたノーマルの遺伝子」が基本だ。一般市民に、同等、いや、それ以上の能力を持つ者がいてもおかしくはない。全世界的にフィルマの人員不足が叫ばれる中、上層部はついにノーマルの中からBB適正のある者を選別するという判断に至ったのだ」

「蒔司少尉は今回の選別で選ばれた初のケースということになる」

 そう言葉を続ける葉月。

「蒔司は、幼少から剣術を叩き込まれてきたのだ、17年も。対して、我々フィルマは2歳から訓練を始め、早い者で7,8歳で戦場に立つ。10歳ともなれば成人として完成したと見られる。悪い言い方をすれば、そこで成長が止まるとも言える。しかし、蒔司はこのとおり長年にわたり鍛錬を重ねてきた。ノーマルであっても、その実力は明らかだ。7年の差、これは大きいとは思わんか?」


 一同を見渡しながら葉月が締めくくる。

「諸君、お前たちもまだまだ成長の余地があるとは思わんか?」


 そして、マイアとキュイーネに向かって声をかける。

「どうだ?お前たちももう一段上を目指してみないか?」


 納得と決意のこもった表情でマイアが答える。

「ハッ肝に銘じます」

 そしてキュイーネを促し席へと戻る。


「さてと、これでも異論がある者はいるか?」

 先ほどの蒔司の殺気と戦慄をも覚えさせるその動きで、皆じっとりと汗をかいているのを自覚している。ましてやこの衝撃の事実。異論が出るはずもない。


 一同を見回して葉月が告げる。

「よろしい。沈黙を持って了承したとみなす。ではこの件はこれで終了とする。蒔司、席に戻りたまえ」

「ハッ」と返事してミーシャの横に座る。

 着席を確認して葉月が口を開く。

「それでは本日の作戦行動を説明する」


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