独り?の部屋。(1)
ふう・・・。急に静かになった室内。
今まで「これが当たり前」だった。
自分一人で、この部屋にこもり、状況を悩み、千文のことを思い起こしては心を焦がし、訓練で千文を倒しては泣いた。そういう部屋だ。
今までこの部屋に愛着など持ったことはない。
いや、いかにしてこの部屋から抜け出すか。それしか考えていなかった。
それが、どうだろう・・・昨夜からのたった一日にも満たない時間。
フェルのおかげで、たった一日で、こんなにも変わるのであろうか・・・今は、一人のこの部屋は・・・空虚でそれを埋めるフェルの存在を欲している・・・そんな気がする。
ベッドに目を移す。巨大で悪趣味ともとれるベッド。だが、これにはミーシャやアンネの優しさが詰まっている。余計なオマケもついてきたが・・・。
そもそも、たかがベッドに「そういう風に考える」ということ自体昨日までの蒔司には考えられない事だった。
(大体、この世界において、たかが男一人で何ができる。俺から生み出される男性は全て俺の子供。近親交配の危険性を考えると、俺一人でこの世界が完全に変わるとはとてもじゃないが思えない。しかもそのこと自体、俺自身にも秘密にされてきた。今まで。本当は俺はこの世界で何を求められているんだろう・・・)
フェルティが与えてくれた、いや、作ってくれた「俺の居場所」。今はそれを受け入れていくしかない。自身のに中もそれを望んでいる声がする。
そして・・・。
結局、俺は俺としてこの世界でやれるだけのことをしていくしかないということに結論がいたる蒔司。
「元の世界に戻れる」という幻想はこれ以上持つことは意味がない。いや、多分許されない。
分かっているさ十分に。
千文と最後に交わした視線。互いに伸ばす手が空を切った瞬間の千文の表情。あの最後の顔が脳裏に浮かぶ。嘆きと叫びが混じった深い悲しみの・・・。
沈もうとする心を振るう。
(千文・・・俺は、こういう環境になったけれど、一応元気でやっているよ・・・ありがとうな・・・)
少々強引にフェルの笑顔に思いを廻す。
そうだ、この世界にも俺の役目はある。守るべきのもがある。多分今からの自分にとって大事にしていかないといけない人達がいる。
(気合を入れていかないとな・・・)そう心が決まる。
電話を入れる。壁に映るのは軍用品を管理する資材課。
「はい。蒔司様どのようなご用件でしょう?」受付嬢が問いかける。
「日本刀はないですか?」
「あるにはありますが、こちらは所定の場所にしかお持ちできません」
「部屋には持ち込めないということですか?」
「はい。残念ながら・・・刃渡り15センチ以上の刃物は個室には持ち込めませんので」ぺこりと頭を下げる受付嬢。
「少々重いですが、トレーニング用の鉄製の模擬刀ならお渡しできます。」
「じゃあそれを大小2つずつお願いできないですか?」
「かしこまりました」そして端末を操作する音。
あ、と声を上げる受付嬢。
「申し訳ありません、局長名で真剣の所持命令が出ています。大太刀小太刀のふた振りです。こちらも一緒にお持ちします。あと、蒔司様には護身用のマシンピストル一丁及び弾倉3つ、ホルスター2種、実弾一箱の支給命令が今日付けで発令されていますので、こちらもお持ち致します」
「なんだいその物騒な装備は?いらないよ」
そう断るが受付嬢はひかない。
「いえ、局長名での所持命令書もついてきていますので。今からお持ちいたしますので少々お待ちください」
それではと画面が切れる。
ほどなくして武器弾薬が運び込まれる。
しかし、太刀も模擬刀も全て柄が短い事に気付く。
「すまないが、握りの部分を長く作ったものはないのかい?」
「すいません。うちの倉庫には無いです」
「作ってもらえないかな?」
「あ、はい、少々お時間をいただければ・・・ひと月程ですが」
詳しく注文を説明し、直しはこちらでするので出来上がった柄だけを持ってくるということに話がまとまり、資材課職員は帰っていった。
腰のベルトに刀を差す。大太刀小太刀と抜き、拵えを確認する。悪くない。
一度鞘に収め、居合の構えを取る。
一つ息を着いてから抜き払う。刃の先を光が走る。重量バランスもまあ上出来と言っても良いだろう。
そのまま中段に構えをとる。
先ずは基本の上段からの振り下ろし、そしてそのまま右の手首を中心として柄をくるりとバトンのように回し逆手に握って横になぎ払う。
そうやって、幾つかの技を試すうちに、自然と雑念が消えていく。
いつの間にか夢中で空気を切り裂いていた。
フェルティが呼び鈴を鳴らす。
だが、返事は無い。ドアに鍵もかかっていないようだ。
(また寝ちゃったのかしら・・・)そう思いつつそっと扉を開くとそこには夢中で刀を振る蒔司がいた。
突き、払い、体をひねって回る。そして振り抜く。上下左右の斬撃が絶え間なく繰り出される。刃の軌跡が蒔司を包み込む。
飛び散る汗とともに、縦横無尽に走る刃が光を反射して蒔司の周りをきらめきが包む。
その剣技はまるで舞を見ているかのようだ。
「か、格好いい・・・」思わず呟く。
その呟きと人の気配に蒔司が反応する。
「だ、」
誰だと言う前にフェルティだとわかる。
「フェル、いきなり入ってこないでよ。びっくりするじゃん」
「え、私チャイム鳴らしたよ。んで返事ないから・・・ごめんねお邪魔だったかしら?」
「あ、ごめん。久々のトレーニングでつい夢中になっちゃって」
大丈夫入ってきてと告げると刀を納める。
「でも、本当にすごいわ。清冽で澱み無くすべての動きに無駄がない。本当。踊りを見ているみたい・・・綺麗でカッコイイわ」
「踊り、か。まあ、一人でやる分にはそう見えるかもね」
「でも本当に一刀しか使わないんだ。ううん、これだけの動きがあれば一刀でも十分ね。アンネさんも敵わないはずだわ・・・」
「いや、二刀構えももちろんあるよ。そもそもうちの家系は二刀流だし。だけれど、基本は一刀。二刀は一種の奥義みたいなものかな」
渡されたタオルで汗を拭う。
「何かつくづく凄いね」感心した顔のフェルティ。
「でもね、ペガサス着てしまうとこうはいかないんだよね・・・やっぱり構造上無理がある動きも入っているから」
「え、そうなの?何かもったいないなぁ。技術さんに見てもらおうよ」
そう提案するフェルティ。
「難しいと思うよ。。。どうしても装甲の幅とか厚みで動きは制限されるし、関節も決まった量しか曲がらない訳だし。そもそもさ、機械を経由して刀を握っているわけじゃない?片手に一刀ならともかく、両手で構えるとね。長さ、腕の開きなんかがおかしいんだ」
何故か悔しげなフェルティ。
「ま、フェルの言うことも一理ある。それに、俺自身がペガサス着てできる形ってのももうちょっと研究する必要もね」
そう言うとフェルティの頭をポンポンと叩く。
「じゃ、ちょっとシャワー浴びるから座ってて」
そう告げるとクリーニングボックスに届いたバスローブを掴み、シャワーを浴びる。
シャワーから出てくると、そこには「どうみても寝巻きにしか見えない」服装に着替えたフェルティ。
「え?」
「だって・・・」テーブルを指差すフェルティ。そこには再び2膳の夕食。そして今度は・・・丸々としたローストチキンとワインだろうか?
フェルティを見やると「ねっ」という笑顔。
この子の笑顔には勝てない。
結局、賑やかな夕餉がスパーリングワインのポンッという音と共に始まる。
「蒔司はまだ未成年だから少しよ」そう言ってグラスにワインが注がれる。
軽くグラスを合わせる。
「大丈夫。この世界でBB要員はさ、10代は大人なんだろう?」そういうとグっと飲み干す。良くわからんが美味いのだろう。
「おーい。そんなに一気に飲むものじゃないぞ。これは。後になって酔っ払っても知らないから」そう言って諌めるフェルティだが、顔は穏やかだ。
「汗をかいたあとってのは美味いね!」
「だから、そういう飲み物じゃないんだって・・・今までお酒飲んだことあるの?」
「いや~無いよ」そう返すとグラスをフェルティに突き出す。
「待って、先にお水」そう言ってお冷を注ぐ。
あっという間に空になるグラス。
「お酒だけは体に悪いよ。とりあえず食べながら飲みましょう」そう言うと少しだけグラスに注がれる。
提供される夕食はいつものとおり何の変哲もない味。しかし、チキンは美味い。勢い二人してチキンに集中する。
「軍の厨房にも腕のある奴がいたんだな~。見直したよ」
「栄養最重視だから・・・仕方ないよ」
「フェルは作れるの?」
「一応昔お母さまに習ったけれど・・・ここに来てから全然やってないから・・・」ちょっと自信なさそうな顔。
「食べてみたい?私の作ったご飯」
「まあね。食べたくないって言ったら嘘だよね・・・あ、でも無理して作る必要はないからね」これ以上俺のことでフェルに負担はかけられない。そう思う。
「よし、明日は料理の日にしましょう!二人で作ったら蒔司も文句言えないものねっ」
またもや「微笑がえし」を喰らう。
うん。負けた・・・。
心地よい敗北と共に楽しい夕食が過ぎていく。




