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ADAM  作者: 流風 生海
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始まりの戦い(2)

 異変に気づいたのは隊長だった。

「アダム!下がれっ!」

 一歩遅かった。


 気がつくと目の前には何やら肌色の粘液の塊が2つ。

 ずるりずるりと透明人間がこねくり回すかのように這いずっている。

 訓練場の地面の砂粒が掃除機のように吸い込まれ、その2つの塊が大きくなる。

(何だこれは・・・?)そう感じている間の出来事だった。

 気持ち悪い・・・。背中の毛が逆立つような気がした・・・。

 逃げるどころか完全に動きが固まるペガサス。


 急に上に伸び上がる二つの塊。

 そして、人の高さ程まで成長した塊二つがロウソクが溶けるのを逆回しで、しかもかなりの早回しで見るかのように形ができてくる。

「え?オイ!」


 そこには2体の裸体の女性。全く同じ顔、スタイルの・・・そう。[ヤツ]が2体に増えていた。そして、「足がない」地面の砂を取り込んでいるようにも見える、「化物」・・・。

「ミーシャ!アンネ!」隊長の狼狽した声が空虚に響く。

 いや、間に合わないだろう。

 無駄に広い演習場の隅からアンネが飛び出す。だが。絶望的なまでに遠い。

 ドアの向こうにいるミーシャが答える。「ちょ、ちょっと待て!装備がっ!」珍しくいささか焦っているようだ。


「アダム!戦え!情けをかけるな!」察した隊長が命令を変える。

 分かっているさ。それ位。それしかないんだろう?

[ヤツ]が、アイツの訳がない。

 どういうことだ?所詮「訓練」なんだろう?それにしては相手に「化け物」を使い、俺にとって一番傷つけたくないアイツの姿をさせるなんて、エグイ真似をしてくれるが。


「ブレードを使え!いや、逃げろ!とにかく、時間を稼いでくれ!」珍しく隊長が混乱している。

 

「まともに手をつないだことさえないのに・・・」つい口に出る。我ながら意味不明だ。


 言われるまでもないさ。

[ヤツ]がアイツ、「千文早苗佳」の訳が無い。

 ましてや2体だと?・・・こんな奇っ怪な形に・・・アイツを汚す事は許さない。 ふざけるな・・・。何故かそう心に伝わる。

 その瞬間。心の芯に冷たいモノが降りてきた。

(心)に呼び掛けると同時に、「バンッ!」と音を立ててアクティブバインダーが展開し、ダイヤモンド綱の刀が手に収まる。いわゆる二刀流つてやつだ。

 さらに鋭利になっていく俺の心。

 脳内で通常画像と、サーモグラフィの画像が初めてリンクする。

 なるほど、一体は頭頂部に、もう一体はなんと左手にコアが見える。ということは、最初からコアが2つあったのか。動かずに。なるほど。爆散しても死なない訳だ。


「防御はアクテイブバインダーに一任。」

 そう呟くとスラスターで右に跳ぶ。先ずは距離を詰めると展開した右肩のアクテブバインダーが左手コアの[ヤツ]をはじき、体勢を崩すことに成功する。その直後に腕を切り落とす。その瞬間「ヤツ」の槍状に変化した右腕が俺の眼前で力なく崩れた。

 そしてコアを踏み潰す。ぐしゃっとグミのような弾力のある何かを踏み潰す異様な感覚が足から登ってくる。


 その間、カツカツカツンともう1体の繰り出す槍をバインダーが弾いている。

 俺は振り向き様に左手の刀でなぎ払う。下から斜め上へと振り抜いた刀は「ヤツ」の槍を跳ね上げる。

 そして無防備状態の頭へ右手の刀で一気に降り下ろした。

 その瞬間に目が合った。

 確かに俺の刃はヤツの顔を二分した。手応えもそう伝えている。

 なんという悲しい目をするんだ。

 何かにすがるような、訴えかけるような深い悲しみを湛えた目。

 それが中央から吹き出した赤茶色の液体に飲み込まれていく。

 手が刀を持つ事を拒否する。

 ぱっと離された鋭い刃が勢いのままに「千文」を切り裂いていく。

 そして、「千文」は切り口からめくられるように重力に引かれ左右に別れて崩れ落ちる。

 思わず支えようと手が伸びる。

 その瞬間にアンネのBBボストックが俺を突き飛ばすように割って入り、俺の掌には虚ろな空気だけが残る。



「千文」を殺した。。。いや、本物の千文じゃあない。

 理屈では分かっているさ。だが、俺の心が抉られていく。

「・・・ ちふみっ!ちふみっ!」

 俺の心の叫びを律儀に音声に変えるペガサス。こいつは何だ?全てに「?」マークが付くこの状況。

 この世界。

 そして俺。

 俺は今何をした?!

「良くやった。」ふうと安息混じりの声で隊長が語りかけてくる。聞こえてはいるのだが意味を理解できない。

 さらに隊長が何かしら話しかけているようだがことごとく意識のへりをすり抜け、心の闇に吸い込まれていく。


 千文は俺にとって特別な存在だ。

 この狂気混じりの状況下で、いつか再会できると思い込むことだけが自分を支えてきた。

 連日の「訓練」の中、いつも目の前の「千文の姿」に想いを寄せ、実は本物じゃないかと恐れ、裸身を晒し、ペガサスを身にまとっているがために俺とは気づかないはずなのに常に俺にあの「優しい目線」を届け、そして最後には腕を槍に変化させて襲ってくる。嬉気とも悲気とも狂気ともつかないこの「現実」における唯一の心の置き所。

 それが本物の千文に対する想い。


 しかし、今日、初めて彼女を「切り裂いた」。

 多分、俺の心と共に。


 喪失感と共に立ち尽くす俺に「命令」が下る。

「アダム!撤収だっ!ぼさっとするな!」


「俺は宮本蒔司だ!」

 何かに抉られ、ささくれだった心が荒い叫びに変わる。だが、千文を斬った手の感触が、「彼女」の最後の目線がそれ以上の言葉を奪う。戻れない「道」に入ったのだと感じる。


「分かっている。良くやった」落ち着いた声で隊長が応える。城森=サリィ=葉月それが隊長の本名。

 俺は踵を返し、出口へと向かう。

「やればできるじゃない!」

 アンネのボストックが肩を叩こうとする。

 アクティブバインダーが勝手に弾く。

「何それ~っつ!味方も弾く訳~?」

「知らん・・・。」

 今の俺は誰にも降れて欲しくなかった。それを読んだのかこのマシンは。


 俺たち3機が出口をくぐる頃、「千文の形をしていたものたち」が静かに溶けていった。


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