蒔司とフェルティ(5)
「あの人は怒っているのか?」
どうにも理解しがたい。
「姉さまはね、本当はとても優しくて楽しい、笑顔が似合うそういう人なの。でもね、職責上ヘラヘラしていられるかって、わざとしかめっ面ばかりしているの」
「ふうん」
「これからおいおいわかってくると思うけれど、ミーシャさんだってとっても優しいし、アンネさんだっていつもにっこり元気一杯!て感じで、あの人たちがいると、ああここは大丈夫だなって思えるの」
「そうか」
自分が自分で彼女たちとの間を閉じていた事に気づく。
あのねと言葉を紡ぐフェルティ。
「この世界は確かに外は悲しいことだらけ。みんなが悲しい過去を持っていて当たり前。でも、ううん、だからこそ明るく今を生きようとしてるの」
そっか、自分で「自分だけしかいない悲しみの世界」に閉じ込めていたんだな。
「今回のことだってそう。本当は姉さまも嬉しいのよ。アンネさんだって応援するって言ってくれたし」
「それなんだが・・・「姉と呼ぶ」ってなんだ?それと「応援」って何?」
あ、っと小さく口にするフェルティ。
「いや、あの、今朝シャワーから出たらアダムさんすっごく可愛い顔して寝てるので、アダムさんのシャツ一枚で頭ナデナデしているところをブリーフィングルームに繋げられちゃって・・・」
急にもじもじした仕草をするフェルティ。
「おい、それって」
「んでミーシャさんに聞かれたから「ここに泊まった」って答えちゃって・・・」
「き、既成事実ってヤツですか?」
思わず声が裏返る蒔司。
「ブリーフィングルームってことはほかの皆にも・・・」
「うん」
「おいおいおいおい俺の寝ている間に・・・なんてこった」
思わず天を仰ぐ。
いや、でも、俺のせいでフェルティがここに泊まる羽目になった訳だし。
やっぱり責任は俺にあるのか・・・。
「あ、でも、アダムさんの部屋で私が見つかった訳ですから、どうやら皆さん「私がアダムさんを夜這いした」って思っているみたいです」
「それ、救いにならないよフェル」
「あ、今やっと「フェル」って呼んでくれた!」
そういう事態じゃなかろうに・・・いや?
「もしかしてフェルでいいってのはそういうことか?!」
「はい。」
女性には「微笑がえし」って武器があるのだろうか?この武器には勝てない俺は。
はあ、とため息をつく。そして身の前には問題の紙袋。
「やっぱり、迷惑?」と蒔司の顔を覗き込む。
「あ、いや、こうなったのも元々は俺のせいだし、むしろ本当に困った事態なのはフェルだろう?」
目線は紙袋に向いている。
「あたしは困ってないよ。もう決めたことだし」
「決めたこと?」
ふとフェルティを見やる。
「うん」
短く答える。優しいが決意のこもった顔だ。
「そうか。ありがとう。じゃあ、俺も蒔司って呼び捨てにしてくれないか?」
釣られた言葉が口に出る。
「ありがとう。マ・キ・シ」
ゆっくりと口にする。
満面の笑みを浮かべているフェル。
豊かな温かみのあるフェルティの表情。
ああ、俺これでよかったんだなと思う。
脳裏をかすめる千文の笑顔。寂しいし悲しい。もう君には会えない。それは本当に辛いこと。でも、もうそういうことなんだ。ふとそう思う。
「蒔司。あのね。私は、その、あなたの中の千文さん?と勝負するつもりはないわ」
瞬時にドキっと心臓が跳ねた気がする。
「私は、蒔司がこの世界で帰ってきたいって思える場所を作りたいの。そうなりたい」
なんだろうこの全てを包むような力・・・これがフェルの本当の姿なのであろうか。
「ありがと。救われるよ」
「うん!」
そして二人で見つめる紙袋。
「これって・・・ブラジャー?だよな・・・」
「うん。それとパット」
「パット?」
「うん胸を大きく見せるための詰め物」
「とどのつまり・・・俺の正体を隠すために・・・女装しろと?」
「そうなるわね」
沈み込む空気。
だが。
一理はあるのは確かだ。
「これどうやって着けるんだ?」
「え?着けるの?」
「これも任務と思えば仕方ない。この基地ではみんな着けているんだろう?」
「まあね。子供以外は・・・プッ」
吹き出すフェルティ。
「何も笑うことはないだろう」
思わず顔が熱くなる。
「だ~って」
ケラケラと笑うフェルティ。
「フェル、笑われたら余計に恥ずかしいよ」
ひとしきり笑っておとなしくなるフェルティ。
ちょっとすね気味の蒔司に向かってごめんねと謝る。
「良いよ。もう」
「あ、蒔司傷ついた?」
「ちょっとね」
「ごめん。ごめんね」
「いいよ。もう」
「ほんとにごめんね。・・・そうか・・・つけ方教えないとね。蒔司。上、脱いで」
言われるがままに上を脱ぐ。「装着」の方法を教わる。
「結構めんどくさいな」
「そういうものなの。私みたいにフロントホックにすればちょっとは簡単にになるわよ。ねえ?口紅も引いてみる?」
「いや、兵士にそれまでは・・・?」
目線の先には、既にポーチを開き準備万全のフェルティ。もうどうとでもなれ・・・。
顔をフェルティにあずける。
「こんなものかな?ップッ」
懸命に笑いをこらえるフェルティ。
「かっ、鏡をどーぞ」
姿見を指差す。
映し出された自分の姿にどんよりとする蒔司。
いかにも我慢の限界が訪れたのごとく盛大に笑い出すフェルティ。いや、これは笑われても仕方あるまい・・・。
「や、やっぱりお化粧は過激だわ~破壊力抜群・・・」
何もそこまで言わなくても・・・。
再びフェルティの笑い声に満たされる室内。
しばしの時間を要した。
「あ~笑った~」
ようやく真顔になるフェルティ。
「うん、これはやりすぎ。落とそう。はい。これクレンジングソープ」
洗ってねと言われ、速攻で洗面台へ向かうこととなった蒔司であった。




