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ADAM  作者: 流風 生海
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蒔司とフェルティ(1)

 ・・・どれほどの時間が流れたのであろうか。

 蒔司の嗚咽も徐々に弱まり、フェルティを抱きしめる力も今はもうほとんど感じない。


 軽くヒックという息の合間にスーっという寝息のような音も聞こえるようになってきた。


「アダム・・・さん・・・?」そっと声をかけるが返事はない。


(姉さまが恐らく昨夜は寝ていないって言っていたものね・・・)

 

 ゆっくりと蒔司を横たえ膝枕の状態にする。蒔司の髪をすくように頭を撫でながら今までを振り返る。


(私が最初にこの子に会ったのは、特別治療室。目を包帯で覆い、両腕にギブスをはめて・・・それからもう3ヶ月位か・・・男の子だって知った時は本当にびっくりしたなぁ・・・毎日お世話してアダムさんのことは一番分かっているつもりだったけれど・・・)

 蒔司のことは毎日のように診てきた。寝たきりの時も、目の包帯がとれた時も、ギブスが外せるようになってリハビリに励む蒔司もずーっと見てきた。

  それでも本当の意味で蒔司を理解していなかったことに気づく。


 それが何故か心に波風を立てる。


    

 ふう。と、ゆっくりため息をつき、心のさざ波を抑えこむ。

(アダムさん、色々溜め込んでいたのね。言えない状況にしてしまった私たちも悪いわ・・・これからはもうちょっと考えなきゃね)

 そう考えつつも、蒔司を優しい目で見つめる。

(姉さまは私を最初の人類の母にって言っていたけれど、なんか私がアダムさんのお母さんみたい)そう思いつつも不思議な感情に気づく。

 フェルティの胸の中に、暖かくてちょっと切ないような今までにない感情が膨らんでくる。

 ほろりと涙がこぼれる。

(あれ?何故私が泣くの?)


 ぽたり、ぽたりと蒔司のほほに落ちる雫。

(私、アダムさんのお母さんじゃない。それはずーっと昔の人。世界がもっともっと優しくて、暖かい時代に生きていた人。本当のアダムさんのお母さんの優しさにはかなわないよね)

(私、アダムさんに同情しているのかな?でも、この感覚はなんなんだろう)



(アダムさんの心の先にはあのスライムの形の元になった人がいるのよね・・・もう会えない人・・・でもアダムさんはそれを心で・・・)

 更に胸が苦しくなってくるフェルティ。涙が止まらない。


 蒔司の頭を優しく抱え込むフェルティ。

(これからは、私がいる。ううん姉さまだって、アンネさん、ミーシャさんだって‥)

 そう思ってふと気付く。

(そっか・・・。アダムさんに無条件で優しくしてあげられる立場の人って私しかいないんだ・・・)

 想像以上に孤独な日々を蒔司が過ごしていた事に思い至る。

(ごめんなさい・・・私が足りなかったのね・・・)さらに流れる涙。


 曖昧だった気持ちが徐々に形を作ってくる。

(うん。恋愛感情とか私にはわからない。でも、私がしてあげられることは精一杯愛してあげる事・・・多分それが私の役目)

「役目」なんて言葉が浮かんで更に切なくなる。

(違うわ・・・役目とか・・・そうじゃないのね)

「言葉」と「気持ち」が一致しない不思議な感覚。


(・・・私は本当はどうしたいんだろう・・・)

 意識に浮かぶ「いつもアダムが対峙しているスライムの形」。それにつがいのようについてくる不思議な違和感。

(私が、愛したいと思ってるのかしら・・・スライムたちがあの人にならない位)ふと、そこに気付くフェルティ。


 そこまで思って、気持ちが決まる。

(よくわからないけれど、私なりのやり方でアダムさんを愛してみよう。アダムさんがこれから「帰ってきたい」と思える場所を私が作ってみよう・・・)


 涙を拭い、葉月をコールする。画面に葉月が映る。

「どうした?ん?アダムは寝ているのか?」

「はい。今日の姉さまの言葉がよほど応えたみたいです。泣きながら寝ちゃいました」

「そうか。フェル。すまんな」

 あえて多くを語らない葉月。

「ううん、私はこれでいいと思っているわ。いずれはアダムさんも知らないといけないこと。そして私たちも、あるべき形を考えなきゃね。もうそういう時期だと思うんです。」

「そうか。」

「それで、姉さまにお願いがあるんですけれど」

「ん?何だ?」

「アダムさんをベッドに運んで欲しいの。私の力じゃ持てないし、このままじゃアダムさん風邪ひいちゃう」

「わかった。今行く」

 蒔司の部屋に向いながら葉月は思う。(なんか知らんがフェルティ雰囲気が変わってきたな)

 扉が開くとソファに横たわる蒔司とそれを膝枕で見つめるフェルティ。

 不思議で独特の空気が彼らを取り巻いていた。

「フェル」

 優しく声をかける。

「あ、姉さま。ごめんなさい。呼び出して」

「気にするな」

 そっとフェルティの膝から蒔司を受け取るとベッドに横たえる。毛布を取っていたフェルティが優しく蒔司にかぶせる。

「フェル。ご苦労だったな」

 声をかけ、目線を向けると少し目の赤いフェルティがいた。

「ん?お前も泣いていたのか?」

「うん。何か切なくって、アダムさんの事を思うと、悲しくなっちゃって・・・」

「そうか。お前にはいつも面倒をかけるな」

「いいの。私これでいいと思っているわ」

「そうか」

 葉月には静かに微笑む今のフェルティがやけに眩しく見える。

「お前も変わるか・・・」

「うん。アダムさん、いいえ蒔司さんを迎えてこれからみんなが変わっていくのよ」

 柔和な表情でフェルティがそっと話す。

「そうだな。変わっていかなければならん」


 二人で蒔司を見下ろす。それぞれがそれぞれの個性のある優しい顔だ。


「では、行こうか」

 葉月が部屋を出ようと提案する。

「私、残るね」

 優しくフェルティが断る。

 葉月が驚く。そこまでしなくともといいかける葉月をフェルティの言葉が遮る。

「今日は一緒にいてあげたほうがいいと思うの。ううん、私も一緒にいたいの」

「そうか・・・」

 それ以上は言わない。言わないほうが多分良いのだろう。

「じゃあ、おやすみ」

 そう言うと葉月が背中を向ける。お休みなさいという返事に送られる。


 廊下に出て歩きながら葉月が考える。

(この二日で皆変わってきたな・・・本物の恐怖を知ったアンネ。ミーシャはそれを支えながら二人で乗り越えていこうとするだろう。フェルティは・・・我々に欠けていた人類としての優しさ、愛情に目覚め始めたたようにも見える・・・もちろん現実を知ったアダムも・・・さて私はどう変わるべきなのだろうな)


 蒔司という一粒の種。それがこの世界でどのような花を咲かせ、実を結ぶのか。愛の果実か戦乱の仇花か。まだ葉月にもわからない。

    

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