戦い終わって(2)
アンネの脳裏にペガサスの顔が浮かぶ。複層構造で特殊なフェイスマスク。無表情で無慈悲な顔。
刀の切っ先が飛んでくる。いや、残像がそこに刀があった事のみを告げている。
そして受ける衝撃。
パッと目を見開くアンネ。白い天井が見える。
「お、目が覚めたか」
聞きなれたミーシャの声。向きを変えようとして左肩周りに鈍痛が走る。
「動くな。骨が折れているんだぞ」
顔を覗き込んだミーシャが優しく押しとどめる。
それでもゆっくり上半身を起こすアンネ。それを介助するミーシャ。
「あたし、どうしちゃったの?」
「負けだ。俺たちの。アダムに完全に負けたんだよ」
とたんにアダムと対峙した時の恐怖がよみがえり震え始めるアンネ。
「どうした?痛みがひどいのか?」
心配そうに見つめるミーシャ。
「ううん・・・。怖いの・・・。怖いの・・・」
アンネがか細く口にする。
ミーシャが驚く。アンネは優しい、女の子っぽいやつだ。だが、芯が強く、今までこんな言葉を発したことはない。
どんな苛烈な戦場でも微笑みを残し真っ先に飛び込む。そんなやつだ。優しさと頼もしさを兼ね備えた背中を今まで何度拝んできたことかしれない。
それが、あのたった数分におびえている。
「もう大丈夫だ。大丈夫なんだよアンネ」
かろうじて口にする。優しく手を取り、しっかりと握る。
その手に水滴が落ちる。
小刻みに肩を揺らしアンネが泣いている。
「すまなかった。」
ミーシャが詫びる。元はと言えば軽はずみなミーシャの提案で始まった事だ。ミーシャは深く後悔していた。
「ううん。私も悪いの」
しばらく泣いたあと、軽くヒックと言いながら、アンネも返す。
「あの人、怖かった・・・。恐ろしい結果の可能性を・・・それがあることを、あの空気は告げてたの・・・。でも私はやめなかった」
少しづつ声にするアンネ。
「うんエライよ、アンネはいつもそう。俺のような後ろから狙い打つだけとは違っていっつも真っ先に「一番怖い場所」に飛び込んでいくんだ。アンネは偉いんだよ」
ミーシャもゆっくりと声を紡ぐ。
「スライムなんて怖くはないよ。多分。アダムさんに比べたら・・・」
ゆっくりと話すアンネ。
「そんなに酷いのか。あの馬鹿は」
苦い言葉を口にする。
葉月とのやり取りが思い起こされる。「剣の化け物」というセリフが浮かぶ。
しばしの沈黙のあと、アンネは怖いことを口にする。
「アダムさんはもしかすると人を斬ることが専門なのかもしれない・・・」
「そんな馬鹿な!今の世の中そんなことが、いや、そんな兵士がいるものか!」
即座に真っ向から否定するミーシャ。
「真正面に立ってみればわかるよ・・・あんな殺気、スライム相手には必要ないもの・・・」
「・・・体の捌きだってそう。あの動きは明らかに・・・スライム相手に訓練した技じゃないよ」
ポツリポツリと口にするアンネ。
「最後の打ち込みは私には良く見えなかった・・・だけど自分が死んだって事はわかったの・・・だから、今生きていることが不思議なの」
またも身震いするアンネ。
アンネが嘘をつくはずがない。
ミーシャはアンネほどの剣の使い手に死んだと思わせるほどの強烈な剣気など想像もつかない。
ただ、恐らく最後の一瞬でアダムが力を抜いたのであろうということは理解できた。
「そうか、最後の最後で手加減してくれたんだな。アダムは」
ミーシャの呟きにアンネが答える。
「うん、多分間違いないよ。だから私は生きているんだと思う」
「隊長が言っていた。アダムは銃やスラスターの訓練が必要がないほどに剣術に特化した「剣の化け物」だって。もう一つ言うならアダムは怒るとおっかなくなると」
アンネに説明する。
「そっか・・・じゃあ、私はとんでもないこと言ってたんだね「剣に向いている」だなんて・・・怒るのも当たり前か・・・」
アンネがつぶやく。
そして何か吹っ切れたように顔を上げる。
「私、アダムさんに謝らないと。お礼も言わないとね。生かしてくれてありがとうって」
「まあ、な、俺も謝らないとな」
頷き、同意するミーシャ。
握っていた右手を離しアンネが軽く伸びをする。
「生きてるっていいね」
ニコリと微笑む。そこにはいつものアンネがいた。
「ああ。訓練で実感するってのは初めてだがな」
にやりと笑顔を返すミーシャ。こちらも、もういつも通りだ。
努めて明るい声でミーシャが語りだす。
「しっかし、あんまりだよな~いつものアダムと全くの別人じゃん」
「だよね~最早お嬢さんの面影は無いよね。。猫かぶってたのかな?」
「隊長はバーサークするって言ってたな~」
「狂戦士?」
「多分そうなんだろう。一種の二重人格なのかもな」
「今日のは裏の顔ってことか~・・・というか、そうあって欲しいです。正直」
「ま、隊長から怒られておとなしくなってたからな。大丈夫だろう」
「怒られたの?アダムさん」
「当たり前だろう?こんだけやりゃ。今自室で3日の謹慎食らってるよ」
「ありゃりゃ・・・けしかけたのは私たちなのに。何か悪いなぁ・・・」
「自分の怪我を置いといてアダムに情をかけんなよ。一番怒っていいのはお前なんだぜ?」
「でも、これは自業自得だし」
「あ~あ。アンネ。君にそう言われると俺の立つ瀬がない」
「座る場所ならあるわよ?」
ニコッと笑って自分のベッドのヘリをポンポンと叩く。
額に手を当て軽く天井を仰ぎ見るミーシャ。
葉月に激しい抗議を仕掛けた自分と、それをも乗り越えて笑顔で茶化すアンネ。
ここにも一つの勝敗がついたようだ。
ベッドのフチに移りすっと腰を下ろすとアンネの頭を撫でる。
「ありがとう。俺の居場所を作ってくれて。」
「私のバックはミーシャの席よ。これからもね」
「よろしく」「よろしくお願いします」
二人の声が重なり、思わず二人の笑顔を誘う。
しばしの歓談の後。
柔らかくなった空間の中、ミーシャが切り出す。
「そうそう、アダムはもうすぐ俺たちの上官になるらしいよ」
「そう。うん。能力からいってもそうなるかもね」
最早二人にアダムへのわだかまりは無いようだ。
「じゃあ隊長はこのチームから抜けるの?」
「いや、今までどおり中隊長と特務小隊長兼務らしい。ただ、中隊長としての任務の時間はアダムがこの小隊の指揮を取るということらしい」
「ふーん。まあ、妥当じゃない。・・あ、最初っからその予定だったんじゃない?」
「ん?」
「最初っから士官室に住んでいたものね」
「なるほど」
ここで、ニヤリと笑うミーシャ。
「これでアンネの夜這い計画は練り直しだな」
「あーもう!変なこと蒸し返す!」
「いや、待てよ。あの裏の顔だとこっちに来るか?」
「それは怖いよー」
言葉とは裏腹に笑顔のアンネ。
「心配するな。邪魔はしない」
意地の悪い笑顔のミーシャ。
アハハという笑いの後、ミーシャが切り出す。
「でもアダムって名前誰が考えたんだろうな?」
「確か昔の宗教に出てくる人じゃなかったけ?地上で最初に作られた男性」
「アンネは詳しいな。でも俺たちの世界では「オナベ」じゃねえか」
「お、オナベって・・」
「どうする?言い寄ってきたら」
またも意地悪な笑顔をするミーシャ。
「ホントにもう。本気で気にしているのミーシャじゃないの?」
アンネも反撃する。
「お、俺か?とりあえず股間蹴り上げて確認するさ。潰れたら男、そのままだったらオナベ。わかりやすいだろ?」
中々過激だ。
「あのね~それじゃどっちもダメじゃない。ダメでしょう潰しちゃ。」
「まあ、残念ながら実際に潰れるものは無いんだがな、この世には」
「そもそも私たちフィルマには子供は作れないでしょ」
「ま、それも悲しい現実か」
その割にはあっけらかんとしている二人。
「自分たちが生まれた理由は忘れちゃいかんよな」
「でさ、今後アダムをどう呼ぶかなんだが?」
ミーシャが提案する。
「アダムさんでいいじゃない」
「つまんねーよ」
「じゃあ蒔司さん?」
「もっとつまんねーよ。何か愛嬌のある呼び名はないか?例えば身体的特徴とかで・・・」
ここで、ふいにニヤリと笑うミーシャ。見るとアンネも笑っている。
「せーのっ!」
「ペチャパイッ!」声が揃う。
軽やかな笑い声に包まれる病室だった。
その外では・・・入るタイミングを伺っていた葉月が肩をすくめていた・・・。
くるりと踵をかえし歩き出す。
(先ほど自分を殺そうとした相手を「ペチャパイ」と笑うか・・・強いな・・・ある意味「最恐」はこいつらかもしれんな・・・)
(しかしアダムがペチャパイか・・・そりゃそうだ)ニヤリとしてしまう葉月。
(しかし、今後のことを考えるとアダムにもブラジャー着けさせるか?その方がバレにくかろう)その瞬間ブラジャーをつけたアダムの姿を想像してしまい軽く吹き出す。
こみ上げてくるものがある。いかん、面に出そうだ。
不思議な表情の葉月をナースが見送る「サリィ様。お疲れさまでした」
(本当に疲れるよこの面子は・・・アダムがペチャパイ・・・アダムにブラ・・・クックックッ)
病院棟を抜け出すともう我慢が出来ない。
アハハと笑い出す。
南九州最強ともいわれる3人。その本質はこの心のタフさにあるのかもしれない。




