戦い終わって(1)
手術室のドアが開く。
ミーシャが扉の向こうを見つめる。
「大丈夫か?」
声をかける。
「今は麻酔が効いていますので、会話はもう少し後です」
アンネの代わりにナースが答える。
「安心しろ。単なる骨折の手術だ」
葉月がミーシャを抑える。
「どの位かかりそうなんだ?」
葉月が医者に問う。
「アンネさんはフィルマですからね。ひと月もあれば完治できるでしょう」
「そうか。思ったよりも早いな」
「皆さんは代謝速度が速いですからね。その分骨がくっつくのも早い。まあ、そういうことです」
軽く会釈をして医者は去っていく。
「ひ、ひと月だと」
ミーシャが歯ぎしりする。怒りと悔しさであろうか、真っ赤な顔をしている。
「この程度で済んでよかったじゃないか」
葉月が答える。
「この世界は、命を湯水のように欲する。それは分かっているだろう?」
「これは訓練です!ここまでやる必要はない!」
ミーシャが抗議する。険しい表情、荒い声だ。
「だが、お前たちの今日の目的はアダムをこうすることではなかったのか?」
何も気にしてはいないような風体で、さらっとした声で気楽に葉月が返す。
「ここまではしない!」
つい言葉にしてしまいハッという顔をするミーシャ。
「ここまではねぇ・・・」
先ほどからのしれっとした表情から一転して睨みつける葉月。
ミーシャは言葉に詰まる。
「アダムはある意味剣の化け物だ。昨日の動きを見て気づかなかったのか?」
じとっとした目付きでミーシャを見定めるように問う葉月。
「ま、まあ、動きによどみがないというか、お、思い切りが良くなったというのは感じました」
完全に縮こまったミーシャ。
「実はな、アダムは剣の修行しかしておらんのだ。だからこの基地では銃器を訓練させてきた。アダムはその剣の腕ゆえに銃器にほとんど触れることもなく、その動きの速さゆえにスラスターに頼る必要もなく生きてきたのだ。それを矯正しようというのがこれまでの訓練だった」
いかにも全てを元から知っているかのごとく話す葉月。
しばしの沈黙あと、ミーシャの口が開く
「そうなのですか・・・それを・・・」
「そう。面白半分におもちゃにしようとしたお前達が悪い」
上手いことごまかせたか?と葉月は思う。
「それに、アダムはちょっとな・・・今は精神的に問題を抱えていてな、普段はおとなしいが、キレルと見境がなくなるし、そもそもヤツはこの基地への配属を望んではおらんのだ」
「それで「解放」とか意味のわからない言葉を発していたのですか」
ミーシャが飲み込む、ごまかされたとは気づかずに。
「ま、そういうことだ」
「ですが、そんなやつと今後チームを組むんですか?」
訝しげなミーシャ。不安を感じている。アンネとツートップを組むということか?
「そうなる」
一言に返す葉月。
それと、と言葉を続ける。
「ミーシャ、お前とアンネの階級は何だ?」
「はい。私もアンネも軍曹です」
その瞬間は、ミーシャの背筋がピシッと伸びる。
「まだ内定段階だが、お前には言っておこう、アダムの階級は少尉にあたる」
「え、上官なんですか?!」
驚くミーシャ。
「そうだ。私がこの基地のBB中隊を指揮する際はアダムがこの特務小隊の指揮を務める」
ミーシャ達には辛い言葉だろう。
「くっ何でっ」
歯噛みするミーシャ。
「納得したくない気持ちもわかるが、今回の訓練でアダムの実力は身に染みただろう。お前にも、アンネにもあんな戦い方は出来ん。だろう?」
「あんなペテンまがいの戦術を良しとするのですか?!」
当然のごとくミーシャは反発する。
「愚か者。あらゆる状況下において最小の労力で最大の戦果を上げる。これができるのが士官だ。それに、実弾も、実剣も使っていない」
返す葉月の言葉が冷ややかだ。
何かを反論したそうな表情の後。
ややあって、ミーシャがシュンと気落ちする。
「ま、今日のは、ちとやりすぎだと思ったので私から釘を刺しておいた。さすがにちと反則気味でもあるからな。粉塵爆発は。謹慎だから見舞いにもこれん」
一転して優しい声でゆっくりとミーシャに語りかけ、反応を観察する葉月。
「分かりました。異論はありません」
背筋を伸ばし、言葉を引きずり出すミーシャ。苦い顔を隠しきれていない。
「その言葉、良し。これにて今日の兵務は終了とする。アンネについてやるといい」
葉月が顔を引き締める。だが、その目は穏やかだ。
「ハッ。ありがとうございます」
言うが早いかミーシャはアンネの病室へと駆け出していった。
ミーシャの後ろ姿を見送るとふうとため息をつく。やれやれ、尻拭いも苦労するなとつぶやく。
「にしても。とんでもない奴を拾ったもんだ。私の太刀筋を見事に読み切ったか。アダムは」
実はほとんど手加減らしい手加減をしていなかった葉月であった。
「そうか。おぬしの手におえんのか?」
不意に声をかけられる。
「っ!」
振り返り、目線の先にいる人物を確認するとホッとする。
「司令。心臓に悪いです」
「おぬしには無かろうが」
つっこまれる。
「ま、まあそうですが・・・」
言葉を返す葉月に言葉をかぶせる。
「お主も上手くやったな。これで当分は大丈夫だろうて・・・にしてもアダムが少尉になるとは初めて聞いたぞ・・・?」
「あ、いや、その。実はこれまでの経緯と今後の事を考えるとですね、常に私のそばに置ける地位が良いと思いまして、で、これから相談に伺おうと思ってまして・・・」
困った顔で、しどろもどろに語る葉月。
「お主もタヌキじゃな・・・この状況で認めん訳にもいくまい・・・まあ良い。アダムの謹慎明けには間に合うよう準備しよう」
「ハッ、ありがとうございます」
コツコツと歩き出した司令に敬礼をする、わずかばかり安堵の表情が伺える葉月。
「じゃが、任官するということは、すなわち戦場に出るということだ。どうするのかね?」
ゆっくりと歩きながら話を続ける。
言葉を受け、慌てて後を追う葉月。
「上は認めんぞ」
追いついた葉月に語りかける。
「上にも情報が行ったのですか?!」
疑問形で驚く葉月。アダムの情報の統制は取れていたはずだ。
「上も上。NUN代表直付の情報機関が直接わしにコンタクトを取ってきた」
「どこから漏れたんです」
「恐らくデータベースから直接」
「馬鹿な!あれは完全なクローズドネットワークです」
更に驚く葉月。
「最早もうそんなことは良い。大事なのはここにアダムがいるという情報がどこまで広がっているかじゃ」
じろりと睨めつけるような目線を葉月に渡す。
「我々はヴィジリアンとして団結し、formlessに対抗してきた。この道しか残されていないからだ」
「それがアダムという存在一つで道の選択肢が増えます」
「そう。アダムを所有するということはそれだけで力を持つ。言わずもがなじゃ」
司令の言葉に叩首する葉月。
思わずゴクリとつばを飲み込む。
葉月には恐ろしい未来が一瞬見えた。
それは「NUNの分裂」そして「第2次人類大戦」。
「お主が何を想像しているかはわかる。わしも同じ懸念を抱いておるからのぅ」
さらに続ける。
「今の代表がジャパニーズで良かったのう。同じ懸念をしておった」
「では秘匿せよと?」
葉月が尋ねる。
「ああ、書類上はアダムは霧島コロニーからの志願兵で、ここで訓練し徴兵したということになる。そうするしかあるまいて」
司令の言葉にとりあえずは胸をなでおろす葉月。
確かにそういう隠れ蓑が好都合だろう。
「じゃが、アダムを戦場に立たせる訳にはいかんぞ。それは上からの密命でもある。どうする気じゃ?」
「ハッ、特務小隊は人員が足りません。ですので戦場に積極的には出ることはありません。それに、少尉クラスは基本的にフロントは努めませんので」
「ホッ。我が基地最強の兵達を塩漬けにする気かね?」
「いざという時のアダムの警護を考えると足りないくらいです」
「わかった。その覚悟を見せてもらおう」
ホッホッホと声を上げると司令はエレベーターに乗り込んだ。
「基地の警備は厳にせよ。どこからどのような攻撃があるかわからん。本来クローズドであるはずのネットワークを一時的とはいえ外部に接続したと思われる人物の事も気になる。上手く兵を使いたまえ。」
鋭い眼光でそう言い残すと扉を閉じる。
とりあえずは今日は平和なのであろうか?こんな世界で、こんな毎日で、それでもこのほうが平和であると、いや、平和であったと後に思うことになるのであろうか・・・
最早葉月の顔に暖かみは欠片も残っていない。




