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海に堕ちた太陽 【蒼碧の鎖-4-】  作者: 沖津 奏
第2章 泡沫の末路
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09 飲み込まれた潮風

 スペイン国王は、イギリスにローランド卿と彼の部下の身柄と引き換えに、多額の金を要求した。しかし、イギリスから返事は帰ってこなかった。

「可哀そうに……一時は国の英雄とも謳われた者が、たかだかこの程度だとでも言わんばかりの扱いではないか。お前の祖国は恩知らずだなあ?」

 ローランド卿は暗い牢の中から、カニバーリェス卿を睨みつけた。彼の部下も牢に入れられているが、別々にされて、ローランド卿の牢の向かい側に押し込まれていた。

「本来なら、将校に対してこのような扱いは不当だが、お前は特別だ。放っておいたら逃げてしまうからな。本当は鎖で壁に磔にでもしておくのが一番安心なんだが……。悪く思うなよ」

 牢を分けるようにと指示をしたのはカニバーリェス卿だった。幼い頃からのことを考えると、こいつはこうでもしなければ、部下と共謀してなんとか脱走を成功させるだろう。

 カニバーリェス卿はくるりと向きを変えて、後ろで手を組んで独り言のように呟いた。

「あとふた月して、イギリスからの承諾の返答が得られなければ、お前達を全員処刑することになった。野蛮なことは嫌いだが、このご時世だ。甘いことをしていると、つけこまれるからね。いずれにしても、イギリスには見せしめになってもらう。ああ、残酷なことは嫌だなあ……」

「おいおい……殺るなら銃殺か毒殺にしてくれ。なるべく苦しまないようにな」

 ローランド卿は冗談めかして笑いながら言った。しかし、カニバーリェス卿は牢を乱暴に足蹴にした。ガシャーン、と重い音が響いて、ローランド卿と彼の部下は、思わず目を閉じた。何事かと表の兵がちらちらと覗く。頭の中に幾重にもこだまする音に、カニバーリェス卿の厭味ったらしい声が重なった。

「分をわきまえろ。お前達は今、捕虜なんだぞ」

 彼はそう言い残して、牢の前から去って行った。コツコツと響く足音で、気が狂いそうだった。


 苦しまないように、か。ローランド卿の口元に笑いがこぼれた。下を向いて、目を閉じた。生きているということは、いつも嫌でも実感させられる。戦場に出て、部下と戦い、笑い、悲しみ。だが、死ぬということはこれまで一度たりとも経験したことはない。死にかけたことは幾度となくあったが、本当にあの世へ逝くということは分からない。部下は幾度となく、数えきれないほど失った。名前を知っている者も、知らない者も目の前で逝った。だが、それがどういうことか分からない。ただ全ての生命活動を停止して、冷たくなって、呼んでも応えないし、二度と生き返らない。知っているのはその程度だ。だから、たった一度しか経験できないなら、それがどういうものか分かりたい。何も分からず消えるのは嫌だった。


「閣下……申し訳ありません、我々のせいで、こんな……」

 考えを巡らしていると、鉄格子二つを隔てた向こうから部下が言った。ローランド卿は下を向いていたのをやめ、目をまっすぐ彼らの見つめた。



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