08 揺れる羅針盤
「実は、これは街にいた時に酔っぱらった士官が偉そうに威張り散らしてたのを小耳に挟んだだけなんですけどね。スペイン国王が、ローランドをそのことで領海侵犯だと言っているらしくて……特に、ロン島でシルヴィアを捕える時、あれが決定的になったらしくて……。その時は厳重注意で済ませたはずだったんですが、何度もこんなことをするうちに、スペイン国王が怒ったらしいんですよ」
「ふーん……ってそれ、もしかして俺のせいか!?」
「えーっと、もしかしなくても我々のせいかと……」
「えええええええええ……俺のせい……俺のせい……!?嘘だろお!?」
嫌な予感ほど的中する。シアーズはため息をついた。
「くっそー、ローランドの奴は大嫌いだけどさあ、俺のせいでこんなことになって、万が一スペインで処刑でもされてみろ!寝覚め悪すぎだろーが!」
「えっ、ってことは、助けに行くんですか……!?」
部下が怯えた顔で聞いて来る。その顔には「絶対嫌です」と書いてあった。
「ああ、いや、リスクがでかすぎる……そもそも海軍を助けたところで、俺にメリットはない。スペイン軍にも俺は狙われている。懸賞金目当ての馬鹿のおもちゃじゃねえんだぞ」
「じゃあ、見殺しにするの?あなたの上官だった人でしょう?」
話の途中でシルヴィアが部屋の奥から出てきた。ウェーブした黒髪は相変わらず美しく、着ている服が淡い黄色のため、余計に黒が強調されて見える。
シアーズは首を横に振った。彼の部下は船長の決断にひやひやしている。
「いや……奴を殺していいのは、この世で俺だけだ。他の誰にも、ローランドを殺させない。俺だけなんだ……」
そのために奴を守るのか。矛盾した己の考えに、もう笑うしかない。
シルヴィアはふっと微笑むと、シアーズの左手をとって言った。
「行ってあげて。彼は、前に私達を見逃してくれたわ。殺そうと思えばできたのに。それに……今の私があるのは、彼のおかげよ。あなたも分かってるでしょう?私のことは心配しないで。リクリスの宿で待ってるから」
「シルヴィア……」
シアーズはそっとシルヴィアを抱きしめ、重々しく目を閉じた。そして、彼女の耳元で囁いた。
「お前、まさかウィルと浮気してたりしないよな?」
一瞬時間が止まったかのような錯覚に陥る。次の瞬間、強烈な平手打ちがシアーズの左頬にとんだ。爽快なほどの音がする。
「喰ったってあんな男、細いし美味しくなさそう!」
そう言ってシルヴィアは部屋を出て行った。
頬を押さえ、シアーズは隣で腰を抜かしている部下に尋ねた。
「なんであいつがあんなにウィルのこと心配するんだよ!引っぱたかれるのも納得いかねー!」
「キャプテン、デリカシーなさすぎです」
少しの沈黙があった。
「ってかさ、俺は喰ったら美味そうってことか……?俺って非常食なわけ?」
ぽつんとシアーズが呟いた。
「いやキャプテン……それ、俺らの台詞ですよ」