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05 奈落の底へ

 スペイン兵の高笑いが響く中。ローランド卿はカニバーリェス卿の掴んでいる髪の束に下からナイフをあてがった。そして、全員が彼に注目した時、外側へ向けて一気にひいた。ローランド卿はふらつく足で二、三歩駆け出して、カニバーリェス卿から逃れ、彼に向き合った。

 一瞬だった。そこにいた誰もが息を飲んだ。辺り一面を覆う空気が、急激に冷たくなった。カニバーリェス卿は手に垂れさがる髪を握りしめ、驚きのあまり、口が半分開いていた。彼の手はわずかに震えていた。そして彼の足元には、ローランド卿の使っていた紺色のリボンが、まだ結んだ状態で落ちていた。

「な……なんてことを……」

 カニバーリェス卿は震える声で呟いた。ローランド卿は肩で息をしながら、冷たい視線を投げかけていた。肩より少し低い位置に、先端が不ぞろいなまま黒い髪が流れている。ローランド卿は、少しずつ後ずさりしながら言った。

「言っただろう、逃れるには十分だと」

 そして、疲れ切った表情でカニバーリェス卿に改めて言った。

「……停戦交渉を申し入れる」

 今まで呆然としていたカニバーリェス卿はふっと笑うと、握っていた髪を手放した。黒髪が音もなく、滑らかに地へ落ちた。彼はそれを、右足で踏みつけた。踏みつけたというよりは、踏みにじったと言った方が適切かもしれない。じゃり、と足の下で小石が音を立てた。

「了解した。お前達は、今から我が軍の捕虜とする。武装解除しろ」

 ほっと一息つき、ローランド卿は目を閉じて部下に指示をだした。カニバーリェス卿は、それを見てにやりとした。

「おい、ウィリアム。こっちを向け」

 嫌そうな目をしたはいるが、ローランド卿は素直に従った。彼はこれ以上何かあるのか、と呟いた。カニバーリェス卿は、髪を踏みつけた方の足を半歩差し出した。いかにも偉そうに、どかっと音を立てて足を置く。一呼吸おいて、彼は静かに見下したように言った。

「舐めろ」

 ローランド卿の顔が一気に強張った。イギリス軍だけではない。その場の空気が凍りつくのが分かった。だがスペイン軍はすぐに表情を緩めた。囃し立てる声がする。

「どうした?部下を傷つけてほしくないんだろう?」

 猫なで声で囁いた。ローランド卿の目が見開かれている。迷っている。奴はどうするのか?プライドをとるのか、それとも部下の命か。

 ローランド卿が一歩、踏み出した。



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