41 朽ちた鳥籠
「お前もか」
「え?」
よく分からない問いに、シアーズは間抜けな声で聞き返した。
「お前、父さんと仕事したことあるんだろ。なのに、お前も父さんのこと悪く言うのか」
少年が涙目になった。シアーズはふっと微笑んだ。そういうことか。
「俺達海賊にとっちゃ、あいつはそういう存在なんだよ」
そして、急に真剣な目つきになった。
「でもな、お前がローランドの息子なら覚えとけ。あいつは誰かに分かってもらおうとも、良く言われようとも思ってない。例えそれが息子でもだ。……でも、俺にとっては良い奴だった。あんな奴、どこを探したって見つからないね」
少年は驚きを隠せないようだった。そして、急に泣き始めた。シアーズは焦った。
「なっ、何だよ急に!笑ったり泣いたり忙しいやつだな!」
少年はシャツの袖で乱暴に涙を拭った。
「うるさい!……今、父さんはどこにいるの?」
「え?」
「海賊なら、そういうの知ってるんじゃないの?」
そうか、この子はまだ知らないのか。死んでしまったことを。それも、ついさっき。
「父さんは位が高くて忙しいから……イギリスにいることは少ないんだって。だから、イギリスに帰ってきても、俺の所に会いに来てくれる時間なんてないんだって。きっと今もどこかで戦ってるんだ」
「……会いたいのか?」
聞いてどうなる。シアーズは己を嘲った。
「違う。もし、父さんに会ったら伝えて。俺、父さんが帰って来るの待ってるって。帰ったら、今度はちゃんといっぱいお話しようって。俺だって、寂しくないわけじゃないんだ」
シアーズは目頭が熱くなるのを感じた。少年が不思議そうに見ている。
「どうしたんだ?」
「いや何でもない。それより、お前、名前は?」
「え?」
少年が不審そうな顔をする。
「お前の名前。何ていうんだ」
「ああ、俺の……」
少年は少し誇らしそうな顔をした。
「アートだよ。アート=フロスト」
シアーズは時間が止まったかのような錯覚に陥った。いや、それよりも地面が揺れている気がする。いろんな思いが体中を駆け巡る。息苦しい。
「それ……誰が……」
少年は胸をはって答えた。
「父さんだよ。この名前は父さんがくれたんだ」
シアーズは涙を流した。ウィル、お前、ホントに馬鹿だよ。
シアーズは屈んで少年を抱きしめた。
「なっ、何すんだよお前!放せよ、男のくせに!気持ち悪いだろ!」
少年は照れてじたばたと暴れた。この分じゃあ、誰かにこんなふうにされたこともないんだろう。ましてや父親になど。しばらくすると、少年は暴れるのをやめ、されるがままになっていたが、再び静かに泣きだした。
「父上……」
少年が声を絞り出す。しゃくりあげながら、体中を震わせながら、それでも声を抑えようと努力しているようだ。さっきまで父さんは、あんたは、と生意気に喋っていた子どもはどこかへ行ってしまった。シアーズはふと、ローランド卿が死ぬ間際に言った一言を思い出した。
『……アート……俺の――』
何が言いたかったんだ。こいつのことか。俺のことか。それとも、両方なのか―?なんで俺と同じ名前をこいつに与えた……!
今になって疑問に思う。なぜ、味方以外の者には容赦なかったあいつが、自分を仕留められなかったのか。いや、仕留めなかったのか。




