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04 敗北の前に

 辺りが静寂に包まれた。遠くで獣の鳴き声だけがする。両軍の兵は戦うのをやめ、将校二人に見入っている。何人かのイギリス兵はカニバーリェス卿の隙を窺っているようだが、カニバーリェス卿の部下がそれを制す。

「哀れだな。名高いローランド卿がこんな無様な死に様だとは、シアーズも浮かばれないのではないかね?」

「殺す気か……」

「だったら何だ?」

 カニバーリェス卿は、つまらない物でも見たような口ぶりで言った。

「私の命と引き換えでいい……部下には手を出すな」

「はっ、これはこれは……自分の命の危ない時に、他人の心配か?ご苦労なことだな。なるほど、貴様が部下から厚い信頼を受けているという噂の正体はこうであったか。私も見習わねばならんな」

 一種の軽蔑さえ覚える―――なんなんだ、こいつは。カニバーリェス卿は顔をしかめた。

「私の部下だ……私の命令に従っていただけだ、罪はない」

 カニバーリェス卿は、更にぐいっと掴んだ髪を引き寄せ、ローランド卿の耳元で囁いた。ローランド卿は痛みに顔をしかめ、観念したように目を閉じた。

 それにしても白い女のような顔をしている。黒の瞳に、二重の馬のように長い睫毛。指だって細いし、本当にこれでいっぱしに将校が務まるのだろうか。まあ、こんなのが将校をしているくらいだ。それほどの価値しかないということだろう。カニバーリェス卿は心の中で、狂ったように笑い出したくてたまらなくなった。

「お前が死んだところで、それが何だと言うんだ?この世は生きている者のものだ。後はどうしようが私の勝手だろう」

 ローランド卿は薄目を開けて呟いた。

「同じこと、か」

 そう言って力なく笑うと、今までだらんとさせていた右手を軍服の中に滑らせ、小さなナイフを取り出した。カニバーリェス卿はそれを見て、嘲るように笑った。

「そんなナイフで何が出来る?反撃でもする気か?笑わせるな!冗談はよしてくれ、私はあまり品のないものは嫌いなんだ」

 カニバーリェス卿につられてスペイン兵から笑いが漏れた。イギリス兵はなすすべもなく暗い表情でローランド卿の右手を見た。

 ローランド卿がちらりと横目で部下を見る。スペイン兵には分からなかった。だが、ローランド卿の部下には分かった。笑うと言えばいつもにこやかに笑う上官が、今夜ばかりは悪魔のように真っ黒な笑みを浮かべていることを。

「ああ……こんなものでも、逃れるには十分だ」

 声は出さなかったが、ローランド卿の口が「よく見ておけ」と動いたのを、彼の部下たちは見逃さなかった。

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