32 過去の代償
何とか息を整え、ローランド卿は涙を袖で拭うと、壇に背を向け、石畳の広場を歩きだした。足の感覚が無いが、一歩を踏み出した。体を向けた方向に、傾いた太陽があった。光の中立ち止り、眩しさよりも痛さに目を逸らした。人々の表情が逆光でよく見えない。だが何人かは、明らかに面倒だ、とでも言いたげな顔をしている。しかしもう何を考える気力もない。全てが悪い夢であってほしい。早く目が覚めて、部下に、そんな縁起でもない夢見ないで下さいよ、と言ってほしい。沼にはまり込んでしまったかのように重い足で、次の一歩を踏み出した。
乾いた音が聞こえた。よく知っている音だ。同時に、ローランド卿は左肩が熱くなるのを感じた。あれは、銃声――。
衝撃で一瞬のけぞり天を見た後、首が勢いよく下を向いた。そのせいで、首の背側の付け根に痛みを感じた。力が抜け、両膝をがくんと地面についた。皆が驚きの眼差しで見ている。涙の痕が乾ききった右手でゆっくりと左肩を触った。何か触れた。掌を目の前に持ってきた。紅い。体が震えている。一体……。おそるおそる振り返った。
「陛下……?」
ヒューストン伯爵が銃を構えていた。こちらに真っ直ぐ向いた銃口からは、一筋のか細い煙が風に溶けている。彼の口元は一文字に結ばれているが、何かをこらえているのか、少々力んでいる。女王は驚くどころか、平然と彼の後ろに立っている。その表情からは何も読めない。
「陛下なのですか……?私を撃った……?なぜ……」
女王が目を閉じて言った。
「あなたは本当に我が国のためによく働いてくれた。感謝しています。今回も……。褒美として、あなたには自由をあげましょう。以前から望んでいましたよね?」
ローランド卿は顔をしかめた。何を言っているのか、その意味が分からない。ああ、だけど、深く考えられない。その真意を汲み取ろうとするが、今自分が何を思っているのかも、頭の中から抜け出していく。左肩から心臓がはみ出してしまったかのようだ。脈打っているのが分かる。ようやく出てきた言葉は、心で思ったそのままだ。自分でも笑ってしまいたくなるほどの、愚かしいまでの赦しを乞う声。
「なぜです……私は命を懸けて尽くしてきた……。こんなにも祖国を、国民を愛しているのに。陛下……私は、何も、望んだりなど……自由など……なぜ……」




