31 溶けだした時間
ローランド卿が女王の前に駆けだし、跪いたのだ。青ざめている。眉をひそめ、いつもなら深い優しさを持つ黒い瞳は、潤んだまま怯えたように揺れている。乱れた呼吸のまま、苦しそうな声が、静まり返った広場に軌跡を描く。
「女王陛下……恐れながら……申し上げます。この度の戦で無くなった者達は全て皆、陛下の忠実な家臣として死んでゆきました。なぜ、いま一言、お声をかけて下さらないのです」
女王は心底不思議そうな顔をした。ローランド卿だけにでなく、広場にいる者に聴かせるような口ぶりで問いかけに答えた。声はいつもより低めで、感情を押し込めたように聞こえる。まるで、肖像画が語りかけてくるみたいだ。
「私の僕なら、私のために命を投げ出して当然です。感謝はしていますけれど、当然のことをしたのだから、何も言う必要は無いでしょう。それに勝利したわけでもないのに」
女王はまた一歩踏み出した。なおもローランド卿はすがる。
「陛下!どうか、どうか一言で良いのです!彼らに慈しみの言葉をおっしゃって下さい。そうすれば、彼らは天国なりとも地獄なりとも陛下のお言葉を胸に刻み、再び勇ましく剣をとることもできましょう。英国海軍の誇りを胸に……!」
ローランド卿はそれだけ言うと、うつむいてしまった。肩が震えている。それでも女王はなにも言わない。
「陛下……」
か弱い呟きが、小さく開いた唇の隙間からこぼれ落ちた。潮風に衣ずれの音をさせて、女王は跪いているローランド卿の前を通り過ぎた。ヒューストン伯爵が無言でその背を見送った後、ローランド卿に向かって言った。心にもない優しさのこもった声だ。
「お立ちなさい、ローランド卿。あなたが、彼らに声をかける番です」
ローランド卿は、何かを考えようとするとそれを拒絶する頭を押さえてふらつきながら立ち、壇の前に歩いて行った。先ほど女王の手向けた白い花が、風に花弁をそよがせている。ああ、この花だって咲き誇ってはいるけれど、こうして綺麗な花束になるよりかは、地に根を張ったまま、泥だらけになっても生きていたかったに違いない。白に透ける陽は、暖かな温度を壇の石に残している。風で一枚、小さな花弁が石畳に落ちた。そのまま吹く風に舞うと、一回、二回と身を翻しながら遠ざかっていく。
この場に立ってみると、胸が締め付けられる。本当に、何か少し太い紐が体に巻きついているかのようだ。痣が残るくらいに強い力だ。泣くまい、と必死になっていると余計、涙があふれてくる。
メアリーを殺してしまった時みたいだ。ただ、あの時は泣けなかった。力の入らない片膝をついて呼吸を整えようとするが、息をするたびに嗚咽がもれる。慌てて口元を右手で覆うが、人差し指が熱い水で湿るのを感じた。情けなさと後悔に、えぐり取ってしまいたいほど胸が痛む。少年だった頃はもはや快感に近かったこの痛みは、今は辛いだけだ。
そして結局、他の参列者に順を回すため、女王から席に戻るように言われた。




