03 サンタ・バールバラの戦い
ローランド卿は不敵に笑うと、剣を抜いた。剣が月の光を反射して、顔を白く照らしだす。カニバーリェス卿は思わず見とれた。子どもの頃から変わらない。儚げなところもある、どこか寂しげな表情は見慣れてしまったはずなのに。そういえばこいつは、戦場の花だと噂されていた。その際立って見える美しさに。そして部下、仲間以外の者を人とも思わない冷酷さを持つと聞いた。その冷酷さは、かつての呪いのせいだと。
そして彼は、恍惚とした表情でこう言った。
「受けて立とう」
その言葉を皮切りに、泉の前で両軍は入り乱れた。自然のままに散っていた木の葉は蹴散らされ、血のシミがつく。少し霧がかってきた。見慣れぬ人間の乱痴気騒ぎに驚き、辺りから動物が逃げ出していくのが分かる。
剣を交えるうちに、カニバーリェス卿はふと気づいた。互角か自分以上だと思っていた親友に、たいした手ごたえが無い。最近はイギリスでも海賊がよく出没するらしく、ローランド卿は不眠不休でその対応に追われている、とは聞いていた。そのせいか、早くも相手に疲労が見える。目がかすむのか、時々片目ずつぎゅっと目を閉じている。重心もぶれている。荒い呼吸が聞こえる。いける、と確信できた。疲労が見られるのは彼だけではないらしい。イギリス兵も動きが噂以下だ。
「どうした、ウィリアム!お前、剣術は私よりはるかに得意だったくせに!」
カニバーリェス卿は相手を挑発してみることにした。
「うるさい、何も知らないくせに!」
相手はそう返した。途端に、カニバーリェス卿があからさまに不機嫌な顔をした。
『何も知らないくせに』だと?知るわけないだろうが、お前のことなんか。どれだけこちらから近づいていってやっても、寸前でいつもお前は逃げ出すくせに。自分のことなど知らせようともしないくせに。それでおいて『何も知らないくせに』とは馬鹿の言うことだ。私は全知全能の神にはなれないのだぞ。
よっぽどその台詞を相手に浴びせてやろうかと思った。けれど、カニバーリェス卿はやめた。馬鹿らしい、今更そんなことを言ってどうなる。
そして、その言葉を言う代わりに、強烈な一撃をお見舞いすることにした。
形勢はいよいよ明らかになってきた。どう見てもカニバーリェス卿の方が有利だ。カニバーリェス卿はローランド卿の一瞬の隙を見逃さず、剣を突いた。カーン、と乾いた音がして、剣はローランド卿の手から飛んで行った。きれいな弧を描いて、それは地面に突き刺さった。信じられない、という表情でローランド卿は剣を見ている。
その一瞬の隙を見逃さず、すかさずカニバーリェス卿は相手の足をひっかけ、地面に倒した。ローランド卿は手で庇うこともできずに岩場に倒れたので、右頬にひどい切り傷を負った。その倒れ方たるや、無様なものだった。これが仮にも訓練を受けた兵のものか、と嘲笑を受けるほどだ。
カニバーリェス卿は、ローランド卿の一つに束ねた髪を握り、首筋に剣を当てた。この切っ先は、どれほど冷たいものだろう。想像してカニバーリェス卿は笑った。だが、二人の関係を断ち切ってしまうには、あまりに安物の剣であるような気がした。
ローランド卿は肩で息をして何かを喋ろうとしているが、声が出ないようだ。今の状況からは、かつてこの二人が学友であったことなど、全く想像もつかない。
タイトルのサンタ・バールバラは、ポルトガル沖にある群島の一つで、一番東に位置する、サンタマリア島の一角がモデルです。当時は呼び方違ったんじゃないかなあとか、そもそも当時無人島だったかなんて知識皆無です。あくまでモデルですので……。