27 東十字星
空は曇天だった。重く灰色の雲が、憂鬱そうに垂れこめる。スペインで見ていた空とは全く違う。元気の無い空だ。だが、まぎれもなく、これはイギリスの空。よく知っている色ですら、今日は初めてのように感じられる。ここでは、決してあのような澄みきった、眩しい青は拝めない。太陽には届かない。蝋で固めた翼は焼かれるだろう。
ローランド卿が港に降り立つと、軍が整列して迎え出た。軍馬が用意してある。迎えに来たヘンリー卿が、どうぞ、と勧める。その眼はローランド卿の部下に移り、あまりの数の少なさに絶句した。それは人々も同じだったようだ。群衆の中から、私の息子は、とか、夫がいない等、家族を心配する声が次々に聞こえた。似ている。スペインの広場で処刑されそうになった前に聞いたあの人々の狂った様な声。同じことばかり言いやがって。うるさいんだよ。
同時にローランド卿は罪意識を感じながらも、なぜそこまで心配するのか、と疑問に思った。所詮、他人なのに。本当に命が惜しけりゃ、自分の心配だけしていればいいんだ。この世は他人の分まで気にかけて生き延びられるほど優しくなんてない。他人は蹴落として、血にまみれながら地を這いずりまわって生きていくんじゃないのか……?
彼は馬に乗って馬具を調整した。太腿の内側を伝い、馬が動く度にその動きが直に伝わる。目線の高さが懐かしい。馬の蹄の音がなぜか心地よい。石畳にぶつかるこの音。こんなに軽かったか。
馬に乗って宮殿まで駆け抜けねばならない。群衆から野次と物が飛びかう。こんな所をちんたら歩いていたら、そのうち頭をカチ割られるのがオチだ。人々を抑えている兵士が殴られ、蹴られていた。泣いている人がたくさんいる。ローランド卿は青ざめた。これは俺のせいなのか?俺が憎まれているのか?なら、部下を巻き込むわけにはいかない。……なぜ俺はこんなにも部下の事を気にかけるのか。所詮他人なのに――。あいつらの命の上に俺は生きている。それはもう変えられないし、今に始まったことじゃないだろう?
「私が先頭を走る。少し間を空けてついて来い。」




