21 魅惑の蕾
ファントム=レディ号の上には、ローランド卿の部下も数人いた。水を含んで重くなった服を絞り、ローランド卿はふらふらと甲板の奥にいる部下のもとへ行った。疲れた。足が重い。俺の足はちゃんと立てているだろうか。もう感覚がない。
シアーズの部下が差し出したリボンを受けとり、ローランド卿は髪を結った。少し安心すると、更に疲れが波のように押し寄せてきた。目の前が暗くなる。
「皆いるのか……?」
「負傷者は他の船で今、手当てをしています。遺体の回収は不可能でした。」
ローランド卿は目を伏せた。皆、連れて帰りたかった。大切な部下を――こんな所に沈めて置き去りにせねばならない。そうだ、いつだって私は嘘つきじゃないか。大丈夫だと部下の士気を高めるだけ高めておいて。散っていった部下の家族は何て思うだろう。所詮イギリス人ではないから、とまた妬みの炎に焼かれるか。ああ、気分が悪い。だが、それさえ今は誰にも悟られてはならない。
「いや……お前達が生きていて良かった。これからスペイン軍が追ってくる。また戦わねばならない」
その言葉を言い終えないうちに、マストに登っていた見張りが叫んだ。
「艦隊がきたぞー!」
一気に緊張が走る。シアーズは苦笑いした。
「数が多い。戦うと負ける。俺が保証する!」
「シアーズ……」
ローランド卿がシアーズを振り返った。シアーズは驚いた。戦いにおいて常に強気なこいつが、怯えきった獲物の目をしている。初めて見た。ちょっとまずい、と直感で思った。人数が違うから当然なのだが、艦隊の方が速度が速い。櫂も使っているのだろう。深追いはされることはまず無いだろうが、追いつかれると困る。シアーズは一応、戦闘態勢をとらせたが、積み荷を捨てさせた。
今、ウィルに頼るのは無理だ。なんとかしなければ。せめて、この船だけでも逃げなければ。ウィルには悪いが、俺は海賊だ。クルーとともに生き延びる道を選んで何が悪い。だが、心のどこかに申し訳なさが一点のしみを作る。かつての同胞を見殺しに――その決断が、俺にできるか。




