02 月明かり
それから数日後、両軍の艦隊は戦場に着いた。広い海だ。辺りには小さな無人島しか見えない。どれも岩だらけでごつごつしている。たまに木の生えたものを見かける程度だ。
両軍はすぐにでも戦闘できる準備がしてある。だが、風上の争奪戦にそこからかなりの日数を費やした。
「休戦信号も和平交渉もなしとは……こちらも士気は下がるし、兵糧は減るし、どうしたものかな。このまま船を滑らせるだけでは埒があかない。水の補給だけでもしておきたいものだ」
船長室で、渋い顔をしながらカニバーリェス卿は呟いた。こちらもこんな状況である。きっと、敵だって内心はうんざりしているに違いない。
カニバーリェス卿は夜のうちに近くの無人島に船をつけて、水の補給をすることにした。無人島といっても少し大きい。高い山があり、麓には森が広がっている。きっと綺麗な水の湧く泉か川が一つくらいあるだろう。
砂浜にボートをつけると、すぐ目の前に森があった。慎重に降り、見張りを残す。夜だけに薄気味悪いが仕方ない。
森の中はまさしく秘境だった。本国スペインでは見慣れない植物、虫。たまにけたたましい鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。道などありはしないし、地図もない。やっと見つけた小さな小川を辿り、上流を目指すことにした。頭上から垂れ下がる蔓を剣で払い、足元にある木の根につまずきながらも前を目指した。兵はすっかり肝を潰しているようだった。
森をしばらく歩くと、幾分か幅のある小川に着いた。といってもまだ流れが小さすぎるうえに濁っていて、飲めるような代物ではない。上流へ向かって再び歩くように指示した。
上流へ行くと、水の気配が強くなってきた。どうやら泉があるらしい。しかしここでカニバーリェス卿は、ふと何かひっかかった。何が、というわけではない。虫の知らせのようなものだ。部下に警戒態勢をとらせた。そのまま足音を立てないように指示して、再び小川の上流へ向かって歩き出した。しかし、地面で落ち葉を踏む音、枝にぶつかる音がしていた。警戒するように指示しているせいか、ほんのわずかな音でさえも気に障る。
「動くな」
闇の中から澄んだ声がした。知っている、この声は―――。
「奇遇だな、こんな所で会うとは。カニバーリェス卿、戦場で会いたかった」
「ローランド……何だ、貴様らもか」
ローランド卿の後ろには、戦闘態勢をとった部下がいた。もちろんこちらにも警戒態勢をとった兵はいる。だがやはり何かが違う。そのせいでこの男には勝てない。カニバーリェス卿は腰の剣を抜いて、重々しく口を開いた。
「再三の我が国王陛下のご忠告にもよらず、イギリスを拠点とする海賊、アート・シアーズ討伐を目的としたスペイン領海侵犯において、その罪を我が国王陛下の名の下に知らしめ、我が国はイギリス帝国に対して制裁として、ここに宣戦布告をする。……覚悟なされよ」