16 塗り重ねた過去
「……お前の父、ロバート・シアーズ伯爵は……俺の義父上の仇だ」
シアーズの表情が硬い。青い瞳は一点を見つめたまま、動かなかった。
「義父上は、シアーズ伯爵に殺されたんだ」
「何でっ……」
ローランド卿の言葉を遮り、シアーズが呟く。彼は震えていた。焦りのような感覚があった。自分の父が。まさか。殺した?一体なんのために!嘘だ、嘘だ!頭が熱くなる。心臓が気持ち悪くなるほど拍動している。
「私も詳しくは知らないんだ。地位と権力を手に入れて、私が探し回った答えは、恐らく二人が政敵だったから、ということだけだっだ。たったそれだけだ。どこをひっくり返したって、掘り返してみたって……。シアーズ伯爵は義父上を良く思っていなかった。邪魔だった。だから……」
ローランド卿は唇を噛んだ。こいつにだけは知られたくなかった。伯爵殺しに協力した海賊が死んだ時、フェルディナントが言うはずがない、もう大丈夫だとたかをくくっていた自分を責めたい。ああ、でも、一番知られたくなかったことを……知って欲しくなかったことを、この俺が告げることになるなんて。あいつは何も知らずに生きていてほしかった。世界のこんな身近なところに潜む闇は見えないままで良かったのに。
シアーズは眉間に皺をよせ、地面を見た。カニバーリェス卿が目を閉じて言った。
「シアーズ、分かったか。ローランドは、そんなことの為に平気で人を殺せる。まあ、海賊のお前だって似たようなものだが。そんな奴、助けたって何になる?誰からも感謝なんてされない。こいつは、とうに故郷に見捨てられているというのに……」
「何でよりによって今、そんなことを」
シアーズの言葉にローランド卿はうつむいて、諦めたように呟いた。先ほどまでの力強さは、今や彼に見て取ることはできない。
「どうする?私を殺したかったんだろう?お前は自由の象徴なんだろう?好きにすればいい、助けるのなんか止めて、仇を……」
シアーズはその言葉を笑い飛ばして言った。
「ばーか、忘れたのか?俺がお前を殺したがっているのは、親父の仇だからだ。俺とお前は同じなんだ。俺が気にする資格はない。それに、お前言ったな。俺は自由の象徴だと。なら、好きにさせてもらうぜ。お前と部下を本国へ連れ戻す」
ローランド卿が驚いて顔を上げた。無表情を装ってはいるが、喜びがあふれている。カニバーリェス卿は口をぱくぱくさせている。
「なっ、シアーズ、貴様は馬鹿か!さっきの話を聞いていたのか!?ローランドは貴様の父を……」
「聞いていたよ。少なくとも、てめえらよりはな」
「なら、どうやったらそういう考えになるんだ」




